Kiss
親友が消えた部屋はやけに広く見えた。
俺はベッドに倒れ込むとため息を吐いて天井の蛍光灯を見上げる。
復旧作業が功を成したのかもしくは、仁が狙ってあまり重要な施設を攻撃しなかったのかは分からない。
ただ、思ったよりも早く電気は復旧した。
気が付けば電気はついて動いていたし事態はゆっくりと収束に向かっていた。
全身が疲れ切って、眠気が止まらない。
「………」
眠気に押されつつ俺は自分の右腕をじっくりと眺めた。
最終兵器になった今も、人間であった時も変わらないいつもと同じ手。
少し力を入れてレーザー砲に変えてみる。
骨や肉が姿を変え、鋼鉄になった細胞が力を持つ。
レーザー砲となった右腕全体に光が流れ始めうっすらと発光する。
自分の体と言われても正直実感なんてわかない。
金属質で、円形の砲門を中心に複雑な形で絡まりあう右腕のレーザー砲は兵器そのものだった。
今ここで使えば、基地一つぐらい簡単に消滅させることが出来るほどの威力があるのだ。
「はぁ……」
恐ろしい威力を誇る右腕のレーザー砲を閉じると俺は左手を見た。
こちらもこちらで何も変わらない。
だが、確実に最終兵器としての力は持っているだろう。
開いたり閉じたりを繰り返し、いつも感じていた気だるさがないことに気が付いた。
不思議な感覚である。
「…………」
ちょっと気になって俺はベッドの柱を掴んでみた。
金属のパイプになっているこのベッドは、大の男でも壊せないほど頑丈な作りになっている。
軍隊という、荒ぶる男たちの巣ともいえる場所では頑丈さがないとすぐに壊れてしまうからだ。
俺は、そのベッドの柱を思いっきり握ったのだ。
まるで豆腐をつぶすようにめきめきっと指が鉄の柱に食い込んでゆく。
ゆっくりと力を緩めると俺の手の形にひしゃげた柱が手の下から現れた。
いよいよ化け物というわけか。
「…………ふう」
無言で柱を眺めまた息を吐いた。
顔の上に腕を載せて目を瞑る。
少し眠ろう。
睡魔がゆっくりと襲いかかってくると俺は布団を握り締めた。
「波音君……?」
心配そうな震える声が入り口からしたのはそんな時だった。
おそらくアリルだろう。
何もこのタイミングで……。
「んー?」
受け流そうと思って適当に返事を返した
まぁ何か俺に用事があるのだと思うが。
一体どうしたのだろうか。
「あの……聞きましたか?」
第一声がそれだった。
間違いなく仁のことだろうと思う。
それ以外が想像できない。
「何を」
仁のことだと先読みして棘のある返事をしてしまう。
目を閉じているため分からないがおそらく今彼女は、身を縮めたはずだ。
俺の攻撃的な言葉など聞いたことがないからだろう。
今の俺はアリルすらも傷つけてしまいかねない危ない存在だった。
触れるものすべてに攻撃をしてしまいそうなそんな存在。
「園田君が――」
「知ってる」
まだ続けようとしたアリルの言葉を遮った。
何を言いたいのかも分かる。
「仁が死んだんだろ?」
知ってるに決まってる。
だって自分で殺したんだから。
「……ごめんなさい」
謝ると黙ってしまったアリルは次の言葉をどう紡ごうか考えているのだろう。
俺はそれを感じながらも知らないふりをして目を閉じ続けた。
頼むよ、今は俺を一人にしてくれ。
「園田君……。
最後に何か言ってたこととかあるのです?」
「………ねーよ。
あったらわかってた」
だって俺は仁の親友だったんだから。
あいつはどう思っていたのか分からない。
でも、俺はあいつのことを親友と思ってた。
だからきっとあいつも俺のことを親友と思ってくれていたはずだ。
自分勝手かもしれないけどな。
「パソコンに遺言とかそんなのは……」
「はぁ。
ないものはない。
だって仁は俺が殺したんだから」
アリルの質問が煩わしくて事実を述べることにした。
そうだよ、俺は仁を殺したんだよ。
俺が仁を殺したんだよ。
「!?」
アリルははっと息をのんだようだった。
驚くよな、そりゃ。
俺だってまさか仁をこの手で殺すようになるとは思わなかったさ。
「は、話してもらってもいいですか?」
おずおずと俺の顔色をうかがいながらアリルがそう言ってくる。
別に話すも何もないんだけどなぁ。
短く簡潔にまとめて話してあげることにした。
「ん、いいよ。
話してやる」
シンファクシと同じように話してやった。
俺が話している間アリルは身動き何一つせずに真摯に話を聞いてくれる。
仁がはじめから俺のことを殺す気でいたこと。
そして俺の記憶が作り物でまがい物であるということ。
信じれなかったよ。
「――ってこと。
わかった?」
でも、シンファクシに言ってアリルに言わなかったことがある。
それは俺が最終兵器になってしまったということ。
言ったら嫌われる気がしてならなかった。
でも俺は嘘はつけない性分らしい。
「ねぇ、波音君?
何か隠してませんか?」
「っ……」
どうやら俺の配慮は無駄だったらしい。
見事に俺の嘘はばれてしまっていた。
やはり、俺はアリルには隠し事が出来ない。
「やれやれ、御見通しか……」
「何を隠しているんです?
よかったら……言ってみてくれませんか?」
……どうしよう。
迷うところである。
言ったら絶対に嫌われるだろう。
だから、念を押してみる。
「言っても嫌いにならないでくれよな」
「大丈夫ですよ。
私は、全部含めて波音君のことが好きなんですから。
隠し事をされる方がつらいです。
ぜひ、言ってくださいな?」
その言葉を聞いて安心した。
この人になら話しても大丈夫だろう。
俺は自分が最終兵器だってことを話すことにした。
「いいか、アリル。
聞いてくれ。
俺は最終兵器で――」
一言一言、つまりつつ話す。
体勢は崩さず、ずっと同じままで。
目をつぶり、腕を顔に乗せている。
そのままゆっくりと事実を語る。
やがてすべてを話し終えると俺はほっと息を吐いた。
「ってことだよ。
別に……嫌いになるなら嫌いになってくれて構わない」
「波音君……」
アリルの声は落胆に満ちたものだった。
そうだよな、そうだよなぁ。
普通はそうだよな。
最終兵器の彼氏なんて嫌だよな。
「――ありがとうな。
俺が嫌いになったなら嫌いになったで――んむっ!?」
喋っている途中にぬるっとしたものが俺の口に触れた。
頭が痺れて、手足から力が抜ける。
あわてて腕を退かして目を開くとアリルの顔が目の前にあった。
自分の唇とアリルの唇が触れている。
あたたかく、気持ちがいい。
そのまましばらくするとアリルはゆっくりと唇を遠ざけた。
「……嫌いになるわけないじゃないですか」
いつの間に俺の側に来ていたのだろう。
アリルは俺から顔をどけるとにこりと微笑んで見せた。
ファーストキス……?
思わず自分の唇に触れる。
「私のはじめてのキス、あげちゃいました……」
「あ、アリル……」
頭がパニックで埋まる。
今、俺キスしたんだよな?
え、俺今キスしたんだよな?
ちょ、やった……。
いや、やったじゃない。
まてや、俺。
「波音君。
私、それぐらいのことであなたのことが嫌いになると思いますか?
あなたはあなたで変わらないじゃないですか。
ね?
だから、そんな心配いらないんですよ?」
改めて自分の唇を触る。
しっとりと濡れている。
なんかやらしい。
「――ん。
ありがとうな、その……なんだ」
「いいんですよ。
元気のない波音君なんて、波音君じゃありません。
それに、私は永久波音の彼女です。
だから……これぐらい当然なんですよ?」
アリルはにこにこと嬉しそうに自分の唇をなぞった。
そのしぐさがすでにエロい。
落ち着け永久波音。
素数だ、素数を数えるんだ。
えっと、五、六、八、よし。
「ねぇ、波音君?
私、何があっても波音君のことが好きです。
だから……なんでも私に相談してくれてかまわないんですよ?」
その言葉に涙が出そうになった。
ありがたい。
本当に。
俺のすぐそばにこんな人がいてくれて本当によかった。
感謝しか出来ない。
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ありがとうございました。
このタイミングですね。
いつもは邪魔されていたというのに。
このタイミングでかよっていう。
ええ。
まさかのね。
大人の階段ひとつのぼりやがってこんちくしょうめ。