PC遺言
「そんなっ……そんなぁっ……」
あふれた涙が視界を覆い隠す。
俺はあわてて仁に駆け寄った。
地面にへばりつくようにして倒れた仁の両手を掴み顔をこちらに向ける。
しっかり血の気がなくなった顔、赤く染まった口からどんどん血があふれてきていた。
「仁、仁!」
呼びかけても返事がしない。
俺のあまり高くないはずの射撃の腕は、恐ろしいほど的確に仁の心臓を貫いていた。
なんとかして助けたい。
でも、どうやって。
最終兵器にできること……!
「か、回復の光が……!」
でもどうやって?
分からない。
自分の力が分からない。
とりあえず左手を仁に掲げてみる。
回復の光を出せ、と命令してみるが出てこない。
「えっと、ど、どうするんだよ……!?」
頭が混乱してたまらなかった。
分からない、分からない。
全てが分からない。
「えっと、くそ、えっと……」
もどかしさが胸を焦がす。
駄目だ。
分からない。
ぎゅっと、俺の足の服に違和感が生じた。
あわてて顔を見ると仁が俺を見て頷いている。
「仁、仁!」
仁の手が俺の服を握りしめる。
軍服に血が付着して、広がっていく。
「仁、おい!
しっかりしてくれよ頼むよ!!
仁!」
仁は俺を見て二、三度目をゆっくりと閉じた。
俺の服を握りしめていた手が地面に落ちて、人差し指が地面に血文字。を描いた。
『PC』
見ろってこと……なのか?
俺は仁の血の気が失せた手を握りしめた。
「仁、仁っ、おい!」
俺の呼びかけに反してゆっくりとぬくもりが手から零れ落ちてゆく。
親友が、死んでしまう。
回復の光は……。
仁の高速再生はどうなったんだよ。
働かないのか、心臓には。
くそっ、俺はどうすればいいんだ。
どうすれば……。
ぎゅっと手を握りしめる。
俺が力を入れれば入れるほど比例して温度が逃げて行っていた。
「仁……頼むよ……」
枯れかけてきた涙がひりひりと痛む。
祈りをささげ、頼みを繋げようとする。
あざ笑うかのようにゆっくりとぬくもりは消えて行った。
やがて冷たい、肉の塊だけがそこに横たわっていた。
間違いない、親友の死。
目の前に突き付けられた現実を受け入れたくない。
「嘘だぁっ……!」
狩れたはずなのにぽろぽろと涙が出てきて、代わりに言葉が出てこなくなった。
嘘だ。
これは現実なんかじゃない。
俺が、俺が仁を。
初めて殺した人が……親友だなんて。
そんなのって……。
いやだ。
「うああああああっ」
止どめなく流れる涙を抑えることなく、ひたすら泣いた。
いたたまれなくなって壁を殴りつけ、砕けるコンクリートを体に浴びる。
砕けた壁の奥に更衣室があったらしい。
大きな鏡が目の前に現れて俺を正面から映し出した。
一瞬どきりとしたものの
「……っ」
映っている気味の悪いものが何かを理解して複雑な気持ちが沸き起こる。
右手には鼓動するレーザーがあって、青と赤の光が溢れ出している。
複雑極まりない奇妙な模様と、鈍く光る鋼鉄の色。
畏怖の対象としていた最終兵器の姿。
シエラやメイナ。
セズクといった兵器の姿。
まんま自分が恐れ、そして心の奥底で憧れていたであろう姿がそこに映し出されていた。
憧れていた。
そう、俺は力を持つものに知らないうちに憧れていたのだろう。
「……やめろ!」
右手のレーザーで鏡を撃って、ばらばらに砕く。
粉々になったガラスが地面に散らばり百の鏡の中の俺が見返してきた。
青い光、人間離れした右腕。
逃れられない現実の姿。
「うう……」
やだよ。
自分が、永久波音が消えてゆく。
怖い、怖い、怖い。
どうして、どうしてだよ。
分からない。
地面に頭を抱え倒れ込む。
目の端に倒れて冷たくなった友人の姿が見えた。
「仁……」
何を伝えたかったんだろう、あいつ。
PCは確か一番上、屋上にあったはずだ。
仁が死んだということは、戦闘機も消えたということだろう。
階段をのろのろと登り屋上へと移動する。
陽光を浴びて小さな影が伸びている。
仁のPCは変わらぬ姿でそこに落ちていた。
俺が仁のPCの前に座り込むと電子音が鳴る。
空を飛びかう戦闘機はまだそこに存在していた。
仁が死んだらなくなると言っていたが……。
嘘だったのだろうか。
スリープモードに入っている仁のPCの電源ボタンを押してみた。
鋭い電子音が響き空を飛んでいる五機の戦闘機すべて同じタイミングで爆発した。
「…………」
内側から膨れるように爆発したせいか、ばらばらと地上に大量の破片をまき散らしながら鳥たちは落ちてゆく。
流れ星に意識を取られていた俺の注意を戻すかのように続いて電子音が鳴った。
画面に視線を戻すと唐突に一枚のウインドウが開かれ、文字が滝のように流れ出す。
しばらくプログラムのような文字列が流れると、すべてが消え真っ黒になった。
続いてゆっくりと日本語が、黒い背景に白い文字で流れ出してきた。
はじめは謝罪の文章からウインドウの文字は始まっていた。
『ごめんな』
言い方を変えて五回、謝罪の言葉を述べた後がようやく本文のようだった。
さっきまでの滝のような文字はすべて消え、浮き出しては消え、浮き出しては消えを繰り返している。
そういう演出なのだろうか。
しばらく見ていて、これは仁がこの言葉を打った時をそのまま映し出したものだということに気が付いた。
つまり、これを書いている状況がそのまま出てきている感じだ。
なんとも、言葉で説明しにくいな。
『いきなりだけど驚くなよ。
俺はお前が妬ましかった。
うらやましかった』
仁の言葉、最後に俺に残した遺言。
一言も逃さないようにして受け止める。
画面についた埃を取り去り、文字を見やすいようにする。
『俺はお前みたいにクラスのリーダーになりたかった。
輝きたかったんだ。
お前の付属品じゃない。
お前の付き添い人じゃない。
園田仁として、一人の人間としてみんなから見てほしかった。
だから、俺はこの体になった』
最終兵器もどきにか……。
馬鹿野郎。
大馬鹿野郎。
『ずっと感じていた劣等感に悩まされることもなくなった。
そんなときだ。
波音、お前がT・Dって知ったのは』
仁が俺をそんな風に見ていたなんて。
知らなかった。
初めてそう思った。
俺は妬まれていたのだ。
今まで流れていた文字すべてが消え去った。
間違えて俺はデリートキーでも押したかと思ったが、そうではないらしい。
またゆっくりと文字が現れ始めた。
『……みたいに言うつもりはない。
T・D、俺ははじめからお前を殺すためだけに全力を注いできた。
出来そこない最終兵器を逃がしたのも俺、メガデデスなんかを差し向けたのも全部俺だ』
っ……。
あらかた予想はしていたがここまで寂しくなるものだとは思わなかった。
初めからそういう風に書けやアホ。
もー。
『いいか、T・D
お前は記憶が蘇らないはずだ。
大昔の記憶さえも。
鬼灯の野郎がお前をベルカの遺跡から見つけたときな。
起こして、あわよくば自分のままに動かそうと必死にいじくりまわした結果が今のお前なんだからな。
自分の正体も分からない、兵器。
T・D、それがお前なんだよ』
もう見たくない。
嫌だ。
だがPCは文字を次々とつむいでゆく。
『でもな、波音。
俺はお前といれた数か月がとても楽しかった。
ありがとう。
俺の存在する理由はお前を殺すだけだった。
お前と仲良くなった理由はお前を殺す機会が少しでも増えるかと思っただけだ。
初めは偽りの友情だった。
でもな。
俺はなにも知らずに笑っているお前を見るのが好きになっていた。
お前を殺すことに全力を費やしている俺はなんだったんだろう、って思っちまった。
なぁ、波音』
一度文字が止まる。
『俺と一緒にバカやってくれてありがとうよ。
さようならだ、親友』
最後にためらうように付け加えられた言葉が画面に出るとPCが爆発した。
キーボードのキーが飛び、内部からちろちろと火が現れる。
液晶は割れて、なくなり、プラスチックの焼けるつんとした匂いが充満し始めた。
「仁……」
乾き始めた涙が風にちぎられ飛んで行った。
ごしごしと涙の跡を拭い、俺は火器管制塔から下に降りた。
あわただしく走り回る兵士が俺の右腕を見てぎょっとした表情を浮かべる。
「どいてくれ」
小さくベルカ語で呟くと人ごみがさっと割れた。
みんな恐怖の目で俺を見ている。
好奇心や、尊敬のまなざしもある。
でもほとんどは恐怖だった。
そんな視線今は気にならない。
仁がここまで知っていた、ということはだ。
当然、シンファクシが知らないわけがない。
知ってて、黙っていたのだろう。
鬼灯のおっさんも、ジョンも、シンファクシも。
みんな、俺のことをはじめから兵器として見ていたに違いない。
俺の脚は自然と元帥がいる場所――司令部へと向かっていた。
This story continues.
お待たせいたしました。
ありがとうございます。
いかがでしょうか。
ここから波音が何をどのようにして行動するのか。
くくく。
怪盗な季節☆、最終章。
ゆっくりとお楽しみくださいませっ。