初めて……。
「っち、クソ!」
仁が続けて撃ってきたレーザーを首を傾けて避ける。
見えなかった軌道、弾速、すべてが視界に表示される。
まるで俺が機械になったみたいな感覚だ。
全身の細胞が呼吸をして、目を覚ましてゆく。
痛みがゆっくりと和らぎ、目を当てると傷痕が消え始めていた。
傷痕が消えると同時に自分の中の永久波音をも消えてゆく。
感情が途絶え、兵器と変わる。
「目覚めやがったな、化け物――!」
仁の余裕の表情が崩れ、畏怖と焦りを携える。
でも、正直そんなことどうでもよかった。
自分が最終兵器だという、事実。
それがショックで仕方なかった。
でも少しうれしい、と感じる心もあった。
だって、これで大切なものを守れるかもしれないから。
今までみたいに、力不足に喘ぐなんてことがなくなるから。
力不足なんてものじゃないだろう。
最強の力だ。
恐怖神、戦闘神に並ぶ力。
「…………」
右手を開いたり閉じたりして、感覚を確かめる。
なんら人間と変わらない動きだ。
右肩を左手で触り、傷が完全に消えていることを把握して右肩を回してみた。
応急処置の布がするりと抜けおち、地面にとぐろを巻く。
痛みはない。
完全に治癒されているようだ。
ゆっくりと立ち上がり、小さく息を吐いた。
肩にかすかな重みを感じ、そちらを見る。
「にー……」
立ち上がった俺の肩にルファーが乗っかり、鳴いていた。
「よしよし」
頭をなでてやると嬉しそうに目を細めた。
ルファーが俺の鍵だったなんてな。
気が付かなかった。
「でりゃああ!」
ルファーをめでている今がチャンスだと思ったのだろう。
襲いかかってきた仁の放つ蹴りを左手で受け止めると、すかさず右手の拳を叩き込んだ。
衝撃に耐えきれず吹き飛んだ仁の体がコンクリートにめり込み、人型の跡を残す。
自分でも驚きの力だった。
人間の時と同じ感覚で殴りつけたら一撃で殺してしまうだろう。
仁がモドキなだけ助かった。
「…………」
何も言葉を発さずに自分の体をもう一度眺める。
変わらない、いつもの俺の体がそこにあった。
手も腕も。
足も、何もかも変わらない。
本当に俺は最終兵器になったのか?
ルファーの勘違いなんじゃないだろうか。
「よそ見してんなよ!」
と、天井に仁のレーザーが命中した。
俺の上からコンクリート片が落ちてくる。
でも焦ることなく、俺はその場に立ち続ける。
何をすればいいのか瞬間的に分かっていた。
すぐに俺の直上に薄い膜のようなものがうっすらと展開された。
イージス、万能の守りだ。
俺は最終兵器である、という答え。
コンクリート片はイージスに触れた瞬間、重力に逆らい壁に突き刺さった。
壁の鉄がねじ曲がり、へこみが生じる。
「T・D……か」
自分の本当の名前を口にしてみる。
改めて鬼灯のおっさんのセンスの良さを噛みしめた。
慣れないな。
「この化け物め!」
また仁がレーザーを撃ってきた。
すかさずイージスを前方に展開して、避ける。
レーザーは後ろの壁に当たり、壁を貫いて消えて行った。
すっかり仁の表情は恐怖に覆われていた。
そんなに俺は怖い顔をしているつもりはないんだがな。
怯えないでほしい。
「……はは」
乾いた笑いが口から洩れた。
もう俺は一般人からしたら恐怖を感じる対象になってしまった、ということなのだろう。
仁が怖がるんだらそうに違いない。
最終兵器になってからというものの人間の時よりもふわふわ体が軽い。
可変式鋼鉄細胞となった全身につかれなんてものはないのだろう。
それとも、イージスがあるから避ける必要性がなくなったからか。
「仁、来いよ」
まだ戦うっていうなら、な。
自分の腰についていたホルスターを外した。
もうこんなものに頼る必要もない。
己の体が武器だ。
完全に追い詰められたネズミは猫をも噛むという。
悪いが俺は猫じゃない。
最終兵器だ。
ネズミが噛みついた程度で障害になりはしない。
ペンチが針金を切るよりもたやすく、目の前の敵を組み伏せる。
「うぁあぁぁああ!!!」
発狂したような大声を上げて仁が挑んできた。
繰り出される上段蹴りを右手で掴み、左手の拳を上から落とす。
弁慶の泣き所にあたった拳の下で何かが砕ける音がした。
「っつぅ!?」
「…………」
仁の顔が痛みに歪み、汗が飛び散る。
負けじと飛んできた右腕を俺はイージス一枚通して受け止めた。
白く発光する光が仁の手を包み込む。
「な……!?」
そのイージスに力を込めると、仁の体が木の葉のように吹き飛んだ。
こういう使い方もあるんだなぁ。
なるほどね。
軌道を自由に変えることが出来るなら逆に対象を弾き飛ばすことも出来るんだな。
そういえばシエラも研究所に乗り込んだ時それで扉を弾き飛ばしてたっけ。
雨を払うやさしい使い方もあれば、今みたいに破壊することも出来る。
バリアというよりかは、万能兵器といった方がいいかもしれない。
最終兵器になったからにはシエラやメイナのように手からレーザーを出すことも出来るんだろうな。
でもやり方がいまいちよくわからん。
「くっ……!」
うめき声を聞いて自分のことから意識をそらした。
壁の前でうずくまる仁から出た声らしい・
ぼとぼと、と立ち上がる仁の口から血が溢れ出す。
今ので内臓でも破裂したんだろう。
でも、自動再生が効くんだろ?
じゃあ別にいいよね?
俺、壊してもいいんだろ?
壊させてよ。
どんどんと、自分を止めるものが消えてゆく。
何で殺してやろうか。
……そうだな。
シエラが対艦用に使ってたやつ撃ちたいな。
なんだっけ……。
オレンジ色の光の。
超空要塞戦艦にも使われてると聞いたやつ。
ああ、光波共震砲か。
頭の中ですっと、出てきた単語。
光波共震砲を右腕にセットだ。
具現化するように腕がレーザーに変わった。
五本の指すべてがくっつき、肌色から鋼鉄の冷たい色へと変わる。
肘が膨れ、左右に開きその中から砲身のようなものが伸びる。
赤と青の線が現れ、幾何学模様が浮かびあがる。
それは、俺の心臓の鼓動と合わせて光る。
完全に人間の物じゃない。
超古代文明、ベルカの技術の塊。
なんら痛みはない。
でも、少しグロテスクだから心臓が弱い人は見ない方がいいだろう。
オレンジ色に光る砲門をみて仁が震えた。
「光波共震砲……!?
お前、それを俺に使おうって――!?」
静かに頷き、肯定の意思を示す。
仁のセリフが終わるよりも早く俺は照準を仁に定めて発射していた。
人一人を軽く覆えるほどの大きさのオレンジ色の光が俺の腕から射出された。
小さな光をまといながら高速で仁へ向かって光波共震砲の光が襲いかかってゆく。
「っ!」
仁はモドキの力すべてを使い、横へとレーザーを避けた。
避けられた。
その事実が追撃の命令を下した。
「死ねよ」
自分の物とはとても思えないセリフが口からこぼれた。
右腕の発光は止まらず、次々とマシンガンのようにレーザーをぶっ放す。
壁がボロボロになってゆき隙間から青空が見え始める。
レーザーが隙間から黒い戦闘機が飛んでいるのが見え、黒煙が空にたむろしている。
まだ攻撃は続いているらしい。
でも、目の前の敵を殺せば終わる。
すべて。
やがてレーザーは逃げる仁に追いつき、その右腕を食らった。
じゅっと、肉が蒸発する音がかすかに聞こえてきた。
「うああああ!」
悲鳴が建物の中を駆け巡った。
逃げるのをやめた仁に追撃せず、獲物をいたぶりたい気分で地面に屈している仁の側まで歩いた。
痛みに喘いだ顔を堪能した後、殺してやるよ。
俺は右腕を抑える仁のそばに立つと
「お前の負けだ仁。
攻撃をやめろ」
「うう……は、波音……っ!」
「………」
仁の声に脳をゆすぶられ、永久波音が帰ってきた。
今、俺は何をしようとしていた?
仁を、親友を殺そうとしていなかったか?
「お、俺は……」
突如頭の中をフラッシュバックのように大量の記憶が蘇りはじめた。
自分の生まれた場所から父、母の姿まで。
偽りの父、母、姉じゃない。
滅びゆく帝国の最後。
自分が兵器になった瞬間のこと。
そして、シエラ、メイナの声。
封印された時の虚無。
すべてが一瞬で頭の中を駆け巡った。
俺はいったい何をしていたのか。
五千年の記憶が一気にフラッシュバックしてきた。
必然的に動きは鈍った。
それを仁はチャンスと思ったのだろう。
俺に向かってレーザーを撃ってきたのだ。
ほとんど見えない視界でもしっかりと左腕でレーザーを受け止め進路をそらす。
右腕で仁の体を掴むつもりが、ついレーザーを仁に向かって放っていた。
「しまっ……!」
後悔するにはもう遅すぎた。
何もかも。
イージスを張って進路をそらすには距離がなさ過ぎた。
俺のオレンジ色のレーザーは仁の胸へと吸い込まれていった。
肉を切り裂き、骨を焦がし、仁の心の臓を消し飛ばす。
焼けているせいで血は出なかったが、仁の胸に穴がぽっかりと開いてしまった。
「はの……ん……!」
ごぽっと、仁の口から血の塊が吐き出された。
「仁!!」
次に、俺の口からこぼれたのは永久波音の悲鳴だった。
「そんなぁぁぁぁ!!!」
This story continues.
ありがとうございます。
波音、とうとう…………。
やってしまいました。
初めての……いや。
T・Dとしてははじめてではないかもしれませんが
波音としては初めての……。
鬱展開ですねぇ……。
それでは、読んでいただき、ありがとうございました。