人間をやめた証
「ルファー!
おま、何やってんだよ!」
俺のペットだぞそいつは!
超かわいい、俺にだけ懐いてるペットだぞ!
鷲掴みにしている仁の手を叩いてやろうと、手を伸ばすがあっけなく避けられてしまう。
あと少しだったのだが。
「まぁ落ち着け。
こいつがお前が最終兵器になる鍵なんだからよ」
仁はルファーを見てつんつんとつっついた。
鍵……?
分からないことが多すぎる。
頭に疑問符が浮かんでくるが、問いに答えてくれる人はあいにくいないようだ。
「にー!!」
「よしよし」
仁がルファーの頭を撫でる。
おい、やめとけ噛まれるぞ。
指でなでなでしていて、仁が油断している好きにルファーは仁の指に噛みついた。
「あいやー!」
案の定だ。
噛まれてやんの。
ルファーは俺以外の人間にはなぜか噛みつくなぁ。
強く握り引きはがして
「まぁ言うよりはやってみろってことかね。
まぁ……」
仁はルファーを遠くへと放り投げた。
「にー……!!」
悲惨な鳴き声を発したままルファーが視界から消えてゆく。
あわてて手を伸ばそうとしたが当然届くわけもない。
「俺がT・Dを殺す邪魔になるから渡すわけないんだけどな」
仁はそういって右手をレーザー砲へと変えた。
ぎちぎち、と人間の手からシエラやメイナが見せたような武器に変化してゆく。
「…………」
「ロクに動けない人間にとどめを刺すことほど簡単なことはないな。
じゃあな、T・D」
俺は仁の銃の光が強くなってゆく光景を、目を細めて眺め続けた。
訪れるチャンスを待っているのだ。
視界を遮るほど強い光になった瞬間、俺は一気に力を籠めて仁の足を払った。
同時に、仁の足から銃を引っこ抜き勢いを借りて立ち上がる。
長年のカンで、仁が何時ぐらいに撃つかはあらかた予想できていた。
「っと!?」
天井へ向かって放たれた光はコンクリートを貫いた。
隙間から青空と黒煙が見えたのも一瞬、ガラガラと落ちてきた瓦礫が降り注いできた。
仁と俺の間に崩れたコンクリートの壁が一枚出来上がり、舞い上がる埃が喉を刺激する。
ぎりぎりのタイミングだった。
「はぁ……はぁ……」
これで少しは時間稼ぎができるはずだ。
そう簡単にやられてたまるかよ……!
もはや意地とでも言える信念が胸の奥から湧き出していた。
痛む足を引きずり、壁を伝って階段を降りる。
シエラかメイナさえいれば……。
俺の後ろに点々とついてくる赤い血液もふき取って跡を消したいところだがそんな時間はない。
少しでも味方がいるところへ逃げなければ。
俺がT・D……か。
「あうっ……」
ずきっと肩の傷が痛み、うめき声が漏れた。
同時に吐き気もこみ上げてくるがなんとか抑える。
自分が最終兵器だったなんて考えもしなかったな。
何が人は殺さない、だ。
綺麗ごとは口ではいくらでも言えるってことだな。
足がずきずきと痛み、感覚がだんだん無くなってきている。
ここまでぼこぼこにやられたのはニセ以来のことだな。
思い返せば状況はすごく似ている。
あっちがチートで俺は人間。
なんか、疲れちまったよ。
毎回俺が戦うのってこういうパターンじゃないか?
「どこだ!
T・D!」
仁の声と共に壁が吹き飛ばされたであろう音がわんわんと響いてきた。
十三階ぐらいに逃げ込めれば何とかなるはず。
あそこは機械がたくさん並んでいるから、身を隠すには最適なはずだ。
体を休めて、体力の回復を待つ。
そうでもしなきゃ勝てるわけがないだろうが。
銃に安全装置をかけ、壁伝いでずるずると端から見ればボロキレ状態の俺は決めた場所へと移動を続ける。
実質人間が行けるのは一五階だけだが、階段にあるハッチを開けば機械群の中に潜り込むことが出来る。
うっすらとバッテリーを駆使して光るハッチに手をかけてハンドルを回す。
中に入ろうと思ってふとトラップを考えた。
あえて開けっ放しにしておき仁を十三階の散策をさせる。
五分は時間を稼げるはずだ。
「っ、はぁ……はぁ……」
痛みは容赦なく俺の頭を叩いてくる。
歯を噛みしめ、うめき声一つ漏らさないようにしてハッチを完全に開きっぱなしにした。
血の跡までしっかりとつけておく。
ここは暗いから中に俺が入ったとしか思えないに違いない。
下へと逃げる道へ、一歩一歩また踏み出し傷の場所を手で抑え足を庇いながらまた一周する。
ぼーっとする頭が壁に擦れる。
肩で息をして一つ下のハッチまでたどり着くとハンドルを掴み、力を込めて回した。
ハッチがゆっくりと開き、金属のこすれる音一つにびくびくしながら中に入り扉を閉める。
発電所が破壊された今、機械群は駆動音一つ立てずに静かに存在しているだけだった。
中は火器管制用の装置が沢山並んでおり、奥に隠れるだけで幾分かまた時間が稼げる。
隠れなきゃ。
「にー」
「っ!?」
足元で鳴き声がしたので思わず銃口をそちらへ向ける。
「ルファー……」
「に?」
ほっと、息を吐いて壊れた右腕ではなく、左腕でルファーを掴んだ。
ぷにぷにとした癒しがありがたい。
和む。
「なぁ……なんでこうなったんだろうな」
ルファーを胸に抱いて、出来る限り奥へ、奥へと体を運ぶ。
足がコードに引っかからないように、ゆっくりと。
「に?」
途中、話が分かるとは思えないのにルファーに話しかけずにいられなかった。
誰かにしゃべりたかった。
「俺が……最終兵器だったんだってさ。
なぁ、ルファー。
信じられるか?」
「にー」
そういうとあくびをして眠そうにルファーはもぞもぞと動く。
「お前はのんきでいいな」
ふっ、と笑ったところで足がコードに引っかかった。
バランスを崩す体を支えることも出来ずにそのまま地面に倒れこむ。
「にっ!?」
打ち付けた鈍痛があったはずだが、肩も足もボロボロで満足に動けない俺は何も感じなかった。
痛みすら麻痺してきてるってまずくないか。
自分の流した血の量をビーカーに入れて測ってみたいわ。
「もう……ここでいいや。
なぁ、ルファー。
俺疲れちまったよ」
ほとんど最後と言ってもいいようなわずかな力で体を起こして背中を機械に預けた。
転んだ際に、落としてしまったルファーを拾い上げぎゅっと摘まむ。
「にー?
にーにーっ」
「ん。
もう……なんか眠い。
疲れたがっつりと」
はは。
銃すら支えれなくてだらんと腕を下におろした。
上から轟音が聞こえ天井から埃が降ってきた。
見事に仁は俺の作戦に引っかかったらしい。
バカだなぁあいつ。
いっつもバカだった。
でも面白い奴だったなぁ。
笑ってて……バカで……。
それなのにさ……。
「にー」
ルファーが鳴き、俺は初めて自分が泣いていると分かった。
さっきも泣いていた気がするんだけどなぁ。
泣き虫で弱虫だなぁ俺。
守れるものも守れず。
「ここだな」
ハッチの前で仁の声が聞こえたかと思うと赤いレーザーが俺の目の前をかすめて行った。
どろどろに赤く溶けたハッチが壁から剥がれ落ち地面に広がる。
息を殺して、仁が俺を見つけないことを祈った。
頼む……。
こっちに来ないでくれ。
足音は徐々に近づいてくる。
少しずつ、確実に。
自分を抱きしめ、迫る恐怖に耐える。
嫌だよ……。
最終兵器だったなんて。
……死にたくないよ。
頼むからルファー静かにしていてくれ。
ぎゅっ、とプ二プ二の球体を掴む。
仁の足音は近づいて、ぴたりと止まった。
「!」
息を飲み、銃を握る。
どうせならあいつにあと五発ぐらいお見舞いしてやる。
来るなら来い。
「みーつけた」
ちょうど俺の真後ろからだった。
背中を預けている機械が大きく吹き飛び、ほかの機械にぶつかる。
飛び散るネジや部品の雨。
金属がぶつかりあう音が響く中
「もう逃げれないなT・D。
ここで俺がお前を殺して任務は終わる」
振り向く俺の視界に仁は立っていた。
仁の冷たく笑う顔が俺にはたまらなく怖かった。
「……長かった。
ありがとうT・D。
連合群のために死んでくれよな」
その笑顔が俺とってはかなく、とても悲しいものに見える。
またレーザーに変えた腕を俺に突き付け、光をためはじめた。
狙うなら同じタイミング。
仁の放つ光が強くなった瞬間、頭に叩き込んでやる。
そう決めた瞬間、すらりとルファーが俺の手から抜けおち、仁に飛びついた。
「っな、何をする!」
がぶりと暗闇で噛みつかれて仁は動揺したのだろう。
俺のことを一時的に頭から忘れ自分の足を噛んでいるものを確認する。
「くそっ、ルファーか!」
あわてて仁はルファーを掴み、俺に投げつけてきた。
「とんだ邪魔が入った。
くそっ……」
たらたらと噛みつかれたところから血が流れている。
仁は顔をしかめたが、すぐに傷口はふさがり始めた。
「人間やめて正解だったぜ。
下手すれば足を食いちぎられてたわ」
仁はやれやれと、割れたメガネを捨てると俺に改めて銃口を向けてきた。
「T・D。
いや、波音。
偽りの記憶と共に死んでくれるだろ?」
レーザー銃に光がまた溜まり始める。
これはこいつのこだわりなのだろうか。
それが毎回隙を作ってるってことに気が付いていない。
狙うとしたらここなのだ。
銃を向けようと左手を動かす。
「いった……!」
だが、掴んだのはルファーだった。
それだけなら痛みは感じない。
衝撃的なのは、ルファーが俺を噛んだということ。
「に」
一度として噛んだことがないというのに……。
突如頭の中がずきっと痛んだ。
それと同時に体中の目が覚めたように心臓の脈が速くなる。
傷口が熱い。
自分でも何が起こっているのか分からない。
「っち、しまった!!」
仁があわてて俺に向かってレーザーを放ってきた。
が、見えない壁がその行く手を阻んだ。
方向を強制的に捻じ曲げられたレーザーは天井に突き刺さり消える。
「イージス……!」
紛れもない、これはイージス。
……俺が最終兵器であること――人間をやめたことの証だった。
This story continues.
ありがとうございました。
波音がとうとう目覚めました。
ここから大きく変わっていきます。
さてさて、どうなるのやら。
読んでいただきありがとうございました。