Tihewnen・Delet
「第二回戦って……」
ふざけるな、と続けようとした言葉は俺の頬をかすめたレーザーが壁を砕く音で消えた。
壁を見ると綺麗にえぐり取られており、焼けた金属部分が露出していた。
喰らったら一撃で死ぬぞこんなもの。
「ははぁ!
いい気分だぜ波音!」
飛んでくるレーザーの流れを読み、先に立たれないようにして回避運動を続ける。
仁の腕はシエラやメイナと同じような最終兵器の持つレーザー砲に変化を遂げていた。
青や赤の線が薄く、鈍く光り薄気味悪い。
ESSPX細胞の作る兵器はどうしてこう少し気持ち悪いのだろうか。
シエラ達の翼は綺麗だと思えたのに仁のは……そうは思えなかった。
人間とはとてもではないけど認めたくない……。
屋上構造物の影に隠れながら移動して状況を整理する頭を休める。
事実は仁は最終兵器モドキになった。
じゃあいつ。
どのように。
誰が。
考える間を与えるのを拒否するように仁の撃つレーザーが鉄柱アンテナに命中した。
倒れてくる場所を予想しつつ走り、構造物から飛び出した瞬間に
「はははっ、避けるだけかっ!?」
銃をホルスターから抜きだし、仁に向けて二発ほど放つ。
若干調子に乗ってるだろ仁。
「っと……」
仁はそれを後ろに下がって避けると報復のレーザーを返してきた。
あぶねぇっ。
軍服をかすめて微妙に破りつつレーザーは俺の後ろに存在していた屋上構造物に当たる。
貯水タンクだったのだろう。
ため込まれていた水が流れだし、滝のように下に水が落ちて行く。
水しぶきに服を濡らしつつも銃を握り、息を整える。
流れてゆく水が血で赤く染まってゆき、ゆらりと揺れる。
「っなんってんだよ……クソっ……」
屋上構造物の影に隠れつつ銃弾の残りを確認する。
あと八発か。
勝てるかなぁ……。
不安が胸に差し込んできてぐりぐりとかき回してゆく。
こうなったら接近戦で一気に抑えるしかないよな。
最終兵器モドキとなったとしても仁は仁だ。
となると銃弾は牽制に使って……。
「隠れても無駄」
考え事をしている途中ひゅっと俺の上に影が差したと思うと頭にごりっとした感覚を受けた。
目から火花が飛び散り、口からうめき声が漏れる。
空中からかかと落としを喰らったのだと考えるよりも早くとっさに屈んで衝撃を逸らし、仁の足を掴む。
「っらぁ!」
思いっきり足を掴んだまま体を捻って、回り屋上構造物の壁に仁を叩きつけた。
コンクリートが丸く崩れ、仁の背中がぶつかるより早く穴が開く。
そこで食い止められると予想していた仁の体に引きずられ屋上構造物の中に一緒に飛び込む形になってしまった。
「!」
階段の踊り場に倒れたときコンクリートの床に思いっきり右肩をぶつける。
傷みに上乗せされた痛みがこみ上げ、吐き気が頭を揺さぶる。
歯を食いしばり我慢したところに仁のレーザーが襲いかかってきた。
無我夢中で足を動かし、壁の影に隠れる。
この化け物め……。
一般人の俺が勝てるわけないだろうが。
応援でも呼ばないと無理。
絶対に勝てるわけがない。
「波音―。
出てこいよー。
さっさとケリつけようぜー?」
まるで俺をガキのように呼びながら仁はゆっくりと近づいてきた。
セズクにイージスはなかった。
じゃあ仁にもないだろう。
あったとしたらさっき銃弾は避けなかったはずだ。
ということは頭をぶち抜けばあいつは死ぬってことだよな。
手元にある石を左手で握り、血を吸って重くなった軍服を破る。
とりあえずの処置として肩をそれで縛り、止血とする。
仁がこっちにくる。
「はやーく。
もう飽きた―」
俺と戦うのにかよ。
どう考えてもお前はチートだろうが。
左手に握った石を仁に向かって放り投げた。
「小癪なことを」
その石がレーザーで射抜かればらばらになる。
――ここだ。
俺は壁から飛び出して引き金を引いた。
銃口から光がほとばしり、鉛の弾が空気を破って仁へと向かう。
「ぐあっ!」
俺の放った銃弾は仁の額に吸い込まれていった。
続いて肉の切り裂かれる音、体が地面に倒れる鈍い音と続く。
思わず目をつぶり壁に飛び散った脳や頭蓋骨の破片を見ないようにした。
肩からとめどなく流れる血がいつの間にかぬるっとした嫌な感覚を左手に残していた。
初めて殺した人が親友だとか冗談にもならないな。
銃弾の残りを数えることも面倒になり、壁に腰かけだらりと弛緩した体を放置する。
疲れた。
それもすごく。
ニセと戦った時よりも疲れた。
精神的な部分も多少なりある。
「はぁ……」
ふと目頭が熱くなり銃を地面に置いた。
嗚咽がこみ上げ、悲しみに埋まり始める。
仁。
どうしてだよ……。
「……オワッテないよ?」
「っ!?」
とっさに掴もうとした銃を仁は上から踏みつけた。
「なんで、なんで生きてるんだよ!」
思わず強い口調になって薄気味悪い笑いを止めない仁に怒鳴っていた。
怖い。
人間じゃなくなった、完全な化け物。
「俺が死んだら死んだで泣く癖に。
驚いた表情してどうしたんだよ?
俺は人間じゃないって……言ったよな?」
こいつはやばい。
逃げないと。
銃はそのうち確保すればいい。
今はとにかく逃げて……。
がくがくと震える足を叩いて立ち上がる気力を入れる。
と、仁の右手のレーザーが光り、俺の脚から激痛がこみ上げた。
「うぁっ!」
痛みに喘ぎ、流れ出る汗が視界を奪う。
レーザーが当たったところからまた血が流れだし薄い意識をさらに遠のかせてゆく。
「もう逃げれないな波音。
どうだ、少し話でもしないか?」
両手のレーザーを元の人間の手に戻しながら仁が眉を傾けた。
「話……だぁ?」
こんな血まみれにしておいてか。
何の話をしようって言うんだよ。
好きな女の子のタイプでも話すってのか?
俺は仁を睨みつけ、反撃しようと左手で仁の足を握ろうとした。
だがそれよりも早く仁は足を上げ左手を上から踏みつける。
尖ったコンクリート片が掌に食い込み、鈍く痛い。
「まぁ落ち着けって。
少しでいいから」
仁は俺を真上から見下ろすような形で口を開いた。
そこまでして俺に話したいことがあるのかよ。
冥途の土産みたいなもんか?
「なぁ波音。
昔のこと覚えてるか?」
「――はぁ?」
どんな話が来るのかと身構えしていた俺は肩すかしを喰らった気分に陥った。
いきなりこいつは何を言っているんだ?。
昔のこととか覚えているに決まってる。
「言ってみろよ」
「なんで急に……」
「いいから言え」
やけに主張してくるなぁ。
昔のことなんかありありと目に浮かぶぐらいに覚えてるわい。
「っはぁー。
まず仁と知り合ったことだろ。
遊園地で親父とねーちゃんとかーちゃんと……だろ。
それと……」
それと……。
俺の思考回路はここで停止した。
なんだっけ。
あれ?
「それと――なんだ?」
急かしてくる仁の目は冷たく、すっと細くなる。
道端に落ちているゴミを見るような目つき。
「…………」
それと、えっと。
何だっけ。
嫌な汗がさらに額から噴きだしてきた。
そんなはずはない。
そんなはずはないんだ。
「言えるわけないよな。
だって経験してないことばかりなんだもの」
意味が分からなくなって同じことを仁に聞き返した。
「経験して……ない?」
どういうことだ。
俺は永久波音で、一六歳で、高校生で。
親父とねーちゃんとかーちゃんがいて。
小さいときにみんな死んで。
それで……。
あれ?
おかしいな。
それ以外思い出せない。
嘘だ。
「どうだ?
ほかに何か思い出せたか?」
「………………」
……俺は永久波音で、一六歳で、高校生で。
親父とねーちゃんとかーちゃんがいて。
小さいときにみんな死んで。
それで……。
「一度も考えたことなかったのか?
昔のことがそれ以外思い出せないことに。
波音――いや、“T・D”?」
「な……!」
仁は今なんていった。
T・Dって言ったのか?
「まー、気が付かなかったのも無理はないよな。
俺も知らなかったもんよ。
波音お前はベルカの最終兵器なんだよ。
残り一人だけ行方不明だった……な」
俺が最終兵器……。
嘘――じゃないのか?
「T・Dを何の略か考えたことはないのか?
ベルカ語で真ん中、とか中途半端を意味する単語を言ってみろよ」
中途半端を示す単語。
頭の中のベルカ語をかき回す。
中途半端、真ん中。
「Tihewnen……か?」
「そう」
仁は「ご名答」と言って俺の横に座り込んだ。
瓦礫の粉が舞い、靴がコンクリートを擦る。
「T・DはTihewnen・Deleteの略だ。
ティワハネン……。
どうだ?
今お前が使ってる偽物の名前に似てると思わねぇか?」
「ティワハネン……。
ティワハネン」
……とわはのん。
いやいやいやいや。
「無理があるだろ……」
「だよな」
一瞬、仁はいつもの笑い方で俺に同意してくれた。
「でも鬼灯のおっさんにはそう聞こえたんだろうよ。
実際お前はそういった名前を付けられ、今も使ってる。
普通に簡単すぎてビビっただろ?」
確かにビビった。
だが圧倒的に信憑性が薄い。
「……でもそれだけで俺を最終兵器というのは簡単すぎねぇか?」
「だからこいつがいるんだよ」
そういって仁が手に持っていたのはルファーだった。
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ありがとうございます。
まさかこうなるとはいやー。
予想もしませんでしたね!(わざとらしい
いやはや。
ではでは、おつきあいくださりましてありがとうございましたっ。