“お前”
「な、お前……。
笑えないぞ」
「笑える、笑えないの問題じゃねぇんだよ。
波音、これが現実だ。
受けれろよ」
PC片手ににたりと笑う仁は今まで見た中で一番不気味だった。
なんというか……今まで見た中で一番狂気が露になっている。
現実、これが。
ふざけるな。
「なんで……さ」
かすれた声が喉から滑り落ちた。
なんでだよ。
理由が知りたい。
なんで俺を裏切った。
「なんでって?
理由が必要か?
簡単だろ今を理解するのは。
俺はお前の敵だ。
水が油を弾くようにごく自然なことだろ?」
パソコンのエンターキーをカチッと押して仁はやれやれとため息をついた。
小さな電子音が鳴り響き、上空を戦闘機が駆け抜けてゆく。
兵士たちの悲鳴と比例して減ってゆく対空砲火。
建物が爆発して、炎上している。
第三火薬庫だったはずだ。
「……いつからだよ」
せめてそれぐらいは知りたい。
いったい何時から俺を裏切っていたんだ?
「――聞いてどうするんだ?
時間を遡れるわけでもなく。
無駄なあがきにすぎないんだぜ?」
また一つ、PCのキーボードをたたいたかと思うと
空から戦闘機の音が降ってきた。
と同時に足元にたくさんの穴が開く。
煙を上らせ、抉れるコンリート片が体中にふりかかり視界を遮る。
「じ、仁……!」
仁が……俺に撃ってきた?
嘘だ。
嘘だ。
嘘に決まってるだろ。
仁だぞ、だって。
これは悪い冗談だろ?
なあ。
なぁっ!
「嘘って言えよ!!」
悲鳴となって出た俺の声を無視して
「全部壊してやるよ。
帝国群なんて。
お前は俺を撃てるのか?
人を殺さないとか言っておきながら最終兵器に人殺しを任せてきた偽善者に」
仁はPCを下に置くと銃を取り出し、俺に向けた。
「俺は撃てるぞ、永久波音。
お前の顔をめちゃくちゃにぶち壊すことも。
激しく鼓動する心臓をえぐり取り血をすすることだってできる」
笑みを浮かべたまま残酷なことをいう仁に俺は何も言えなくなった。
「…………」
「簡単なことだろ?
引き金をちょいと引くだけだ。
それだけでお前はそこに人形みたいに倒れて動かなくなるんだよ」
最後にケタケタと、唇をつりあがらせ笑う。
俺の親友がこんなわけ……ない。
シエラかメイナを呼ぼう。
何とかして仁を殺さないように。
殺さないようにすればいくらでも取り返しはつく。
嫌だ。
嫌だよ仁。
シエラかメイナ。
とにかく仁を圧倒できる奴を……。
俺はあたりを見渡した。
セズクでもいいんだ、だれか……。
頼む、助けてくれ。
きょろきょろと見渡す俺に話しかけてくる仁は銃を下ろしていなかった。
敵意をむき出しにして言葉を紡ぐ。
「見渡しても無駄だよ。
誰かさんの守護神、セズクは来ないはずだ。
さっき撃ち落としたからな」
くいっと空を指差した先を飛ぶ五機ならんでのうち一機の戦闘機から煙が出ていた。
おそらくセズクがやったのだろうが、撃墜には至らなかったらしい。
空を流星のように飛んでいたセズクの姿は見えなくなっていた。
仁の言うとおりやられたのだろう。
「ふふっ、面白いな波音。
ずっと前から俺はお前と決着をつけたかった。
まさかこんな形になるとは思ってもみなかったけどな。
戦闘機は自動制御にした。
俺が死ぬまで攻撃はやめないだろう」
仁は銃でPCを差した。
ノートPCだったがすでに画面は真っ暗になっていて何が表示されているのか分からない。
PCさえ壊してしまえばいい、という俺の考えは真っ向から否定された。
「これを壊したって止まらないはずだ。
被害を最小限に抑えたいだろう?
なら俺と戦って勝つことだ。
まー、無理だと思うけどな」
けらけらと壊れたように笑う仁は銃を両手に持ち銃口を俺に向け続ける。
まだ俺は仁が俺に向けて銃を向けているという事実を理解できなかった。
楽しい毎日を過ごしたじゃないか。
学校だって一緒に行った。
ハイライトでお前が捕まえられた時も俺は必死になって助けに行ったんだぞ?
俺が泥棒を始めたときも常にお前が横にいてくれた。
一発で俺がレルバルだってことも見抜いたよな。
警察に突き付けられるってびくびくした俺に言った一言まだ覚えてるぞ。
『俺も手伝うぜ』
だから俺は頑張れたし、笑ってこれた。
小学生で苛められかけたときもお前がいてくれたから……。
なのにっ……。
どうして。
目頭が熱くなってきた。
頬を伝わる水が地面に落ちて広がる。
「銃を取れ。
お前が取らなくても俺は撃つ」
「む、むり――!」
無理だよ!って言おうと思った矢先、俺の頬を熱いものがかすめた。
一拍遅れて耳に入り込んでくる銃声。
涙に赤い液体が混じる。
「早く」
硝煙の立ち上る銃口が俺の方を睨む。
焼けた薬莢がコロコロと俺の目の前に転がってくる。
くそっ……。
俺が、仁を止めるしかない。
殺さないように慎重にやってやる。
俺は腰に収納していた銃を取り出すと安全装置を外し初弾が装填されているのを確認した。
「いいねぇ。
そうでなくっちゃ」
涙をぬぐい仁を睨みつける。
遠くで爆発する音が聞こえ、戦闘機が依然猛威をふるっているのが伝わってきた。
俺がここでやらなきゃもっとたくさんの人が死ぬ。
何を今さらためらうんだ、永久波音。
もうお前の手は真っ赤に染まってるだろう?
きれいごとなんか捨てろ。
目の前の親友――敵と戦うしかないんだ。
自分で自分に呼びかけて、挫け、萎えかけた意識を掘り起こす。
すっと、頭が冷え
「もう“お前”は俺の親友なんかじゃない……ってことか」
仁へと一つの言葉を投げかけた。
「だからそうだって言ってるだろう?
俺は波音、お前の敵。
排除するべきお前の敵だよ」
震える手で銃をしっかりと握りしめ、銃口を笑う仁に向けた。
冷たいはずのグリップはすでに俺の体温で温まっていて他人と手をつないでいるような感覚に襲われる。
コンクリートの塊である火器管制塔で俺は仁に銃を向けている。
意味も分からず。
どうしてこうなったのかも分からない。
何を間違え、何を正解に持って行ったのか。
出来ることならやり直したい。
「行くぞ、波音!」
仁が笑うのをやめると同時に乾いた音が当たりに響いた。
すかさず体を横へ飛び跳ねさせ、足元で散った火花を見ないようにして引き金を引く。
仁も仁で横へ飛び跳ね、俺の放った銃弾を回避した。
仁は接近戦に弱い。
お互いの距離を詰めて格闘に持ち込めば俺の勝ちだ。
自分の銃を無造作にホルスターにしまいこんで足のばねを生かして一気に仁に近づく。
仁の持つ銃口が俺の方を向き火を吹く。
熱い、焼けた塊が俺の肩を右肩を抉り取った。
大男に肩をどつかれたような衝撃と共に体制が崩れそうになる。
脳に直接差し込んでくる痛みを噛みしめ、うめき声ひとつあげずに左手で銃を掴みとる。
そのままスライドさせ、装填された弾を抜き取りマガジンリリースボタンを押した。
マガジンがするりと抜けおち、地面に落ちるより早く俺は仁の腹を蹴り上げる。
「ぐっ……!」
痛みに顔をしかめた顔に一発左腕で奪い取った銃を使って殴りつける。
すかさず飛んでくる仁の反撃が俺の右肩を的確に叩く。
「かっ……!」
ぎりっと口を噛みしめて痛みに耐える。
痛みで緩んだ俺の左手から仁の銃が抜け落ち、火器管制塔の屋上から落ちていく。
「うおぉぉぉお!!」
落ちる銃をとろうと伸ばした右腕だったがずきんと痛みを発しただけで動いてはくれない。
腱がやられたのだろう。
冷静に頭で分析しつつ、ながれっぱなしの血液の量に戦慄する。
大動脈をやられたのだろうか。
あふれんばかりに流れ、滴り落ちている。
軍服の半分がすでに俺の血で染まってきていた。
「せっ!」
右腕に気を取られている隙に仁が俺の後ろに回り込んでいたようだ。
首に腕を掛けられぎりっと締め付けられる。
息がつまり涙が目からあふれ始める
「かはっ……じ、仁っ……」
あふれ出る憎悪を受け、首を絞めつけられながら足が地面から離れそうになる。
「死ね、波音」
だらしなく流れ出る涎を気にせずに動かないと悲鳴を上げる右腕を無視してホルスターから銃を取り出した。
銃口を仁の手の甲に密着させ、すかさず引き金を引く。
「っあああ!」
悲鳴を上げて手を離した仁の左の手の甲にぽっかりと穴が開いていた。
下手すれば俺の体をも撃ちぬく危険な技だったが、どうにかうまくいったらしい。
銃をホルスターにしまい直し、左の手をおさえて呻く仁に向かって蹴りを放つ。
もろに顔面でけりを受け止めた仁の鼻の骨が砕けるクキリ、とした音が響き鼻血がほとばしる。
メガネが折れ曲がり仁の顔から落ちて地面に破片が広がる。
「お前の……負けだ、はぁはぁ、仁……!」
一度にたくさんの動きをしたため息が切れる。
肩の出血のせいもありだんだん視界が揺らいできた。
動けないほどの激痛だぞ、これ。
まじで親友に向かって撃つ奴がどこにいるんだよ。
俺も人のこと言えないけども。
「……だから甘いんだって」
にたっと笑い始めた仁が黙って俺の後ろを指差した。
振り返ろうとした俺の背中からたくさんのレーザーが降り注いでくる。
戦闘機の野郎が俺の後ろでホバリングしつつ備え付けのレーザー砲を撃ってきていた。
当たらないように走り出して火器管制塔の建物のでっぱりに隠れる。
この隙に仁は体制を立て直そうとするつもりなのだろう。
戦闘機のレーザーが壁を削り取っていく音だけを聞きながら銃を取り出し建物から少しだけ顔を出して戦闘機を狙う。
カメラさえやってしまえばこっちのものだ。
「っと!?」
戦闘機の主翼下に設けられた部分が光ったかと思うと極太のレーザーが俺の方へ向かってきた。
あわてて陰から飛び出した後ろで爆発起き、火器管制塔のアンテナがへし折れる。
ばらばらと飛んでくるコンクリート片に紛れ、前転しながら爆風をやり過ごした俺の目の前ジャストの場所に戦闘機は浮いていた。
「じゃあな」
別れを言って銃声とともに飛び出した銃弾はまっすぐに戦闘機へと向かって行った。
銃弾はきっちりガラスを突き破ってカメラを破壊したらしい。
すぐに戦闘機はふらつき始め地面へと高度を下げてゆく。
「引っ込んでろ、おもちゃ野郎!」
中指を立ててワイルドに言ってみる。
立ち上がり埃を払いつつ消えた仁を探すためあたりを見渡した。
「チェックメイト」
背中から凍るような声を聴いて、銃口が背中に触れる感触を味わった。
鼻から血を流し、割れたメガネをかける仁がいつの間にか俺の後ろに立っている。
目の前にあるガラス窓で自分の置かれた状況を把握する。
俺の真後ろで仁は拳銃をしっかりと向けていた。
「はぁ……甘いのは“お前”だろうが」
「はぁ?」
ばっと、しゃがみ身をよじる。
直後銃声が響きガラス窓が割れる。
仁の持つ銃を掴み、奪い取ろうとする。
させまいと、伸ばしてきた左手を掴み捻る。
「っ!」
手の甲に穴が開いているくせによく使う気になったもんだ。
まぁ俺も俺なんだが。
肩に一発鉛玉が埋め込まれているというのにアドレナリンだかなんだかで痛みはほとんどない。
戦闘後にがっつりくるだろけどな。
仁の左手の傷を抉ろうとしたが傷が見つからないことに気が付いた。
ひ、左の手の甲だったよな?
たしか、え、俺間違えたか?
仁の顔を正面から凝視する。
「……悪いな、波音。
もう俺は人間じゃないんだぜ?」
仁の笑顔を見つめた矢先、腹に衝撃を食らって嗚咽感がこみ上げてきた。
思いっきり鳩尾に食らったらしい。
咳き込み、膝を地面に着く。
「に、人間じゃ……?」
人間じゃない、ってどういうことだよ。
なぁ、仁。
「見せてやろうか?
シエラやメイナと同じ力を手に入れたんだよ俺は」
そういうと仁は俺に見えるように左腕を変えて見せた。
骨や肉が消え、鋼鉄の色がにじみだす。
赤や青といった奇妙な模様のついた銃があふれだして形を成す。
地面に足をつく俺の横に一発、仁の手のレーザーが着弾した。
どろりとコンクリートが焼け鼻を突く悪臭が漂う。
まさか、お前も最終兵器もどきに……なったってのかよ。
「さあ、第二回戦と行こうか?」
仁は手のレーザー砲を光らせにやけた。
This story continues.
ありがとうございました。
波音の選択、仁の力。
戦いがはじまります。
がらっと変わりすぎて読み飛ばしてしまったんじゃないか、と不安になられた方もいるのではないでしょうか。
大丈夫です、飛ばしていません。
仁のストーリーはそのうち外伝で語りたいと思います。
今は……波音を見ていてあげてください。
それでは、読んでいただきありがとうございました。