『伝説』とは。
「帝国が滅んだ理由は今言った通り。
次は『伝説』についてだねぇ」
雨は全く止む気配を見せない。
それどころかだんだん強くなってくるようだった。
気温が下がってきて灼熱のはずのアフリカを冷やしていく。
砂漠は夜は寒いって聞くが本当に寒くなるもんなんだなあ。
「当然全文言えるでしょ?
本に乗っているところぐらい」
メイナは俺に問うような目を向けてきた。
だから、誰でも言えるってこれぐらい。
世界中に伝わってる絵本なんだぞ?
「大切なものが消えるとき三つの死は姿をあらわす。
死は力を使い地上を無に戻す。
死は鬼神となり恐怖の中で消えていく。
大切なものを失った悲しみと共に」
とりあえずどうだ?って表情を浮かべてみた。
メイナは「いいねいいね」と俺の背中をたたくと
「まぁ、これぐらいは出来て当たり前だよね。
私は実は……その。
あまりこの伝説に詳しくないんだけどね。
シエラが言ってたことを多少なり覚えてるだけで。
それだけでも話そうと思うの」
メイナが話してアリルが次の言葉をかぶせてくる。
「この伝説は五千年前、ベルカが滅んだ時に作られたって聞きました」
あくまでも補足説明ぐらいに。
でしゃばったまねはしない、ってところが流石です。
怖いのに。
「そう。
アリルが言うとおりだよ。
この伝説は滅んでしばらくして作られたの」
俺は地面に広がる泥水を眺めて伝説の文をもう一度思い出していた。
『騎士団の栄光』という本に刻まれた序章の文字列。
世界中のほとんどの人が知っている絵本。
小さいときは恐怖し、大きくなってからも忘れることができない文章。
内容は簡単。
前にも一度説明したよな?
国をまもる戦士達がいた。
だが戦士達は死に飢えて暴走しはじめた。
大切なものを守るため敵に死を撒き散らし
鬼神とおそれられた頃、大部分の戦士達が消えていった。
大切なものは敵にあっという間に壊され、なくなっていった。
大切なものは必ず帰ってくる。
そう思った残りの戦士達は長い間まっていたが
結局大切なものは戻ってはこなかった。
といった感じに軽く鬱になるようなお話だ。
子供のころ必ずみんな一度は無理やり読まされる。
当然何度も繰り返し読み返させられる子もいるわけで。
「私達は実は……。
ずっと封印され続けていたわけじゃないの。
帝国が滅びて五年ほどしてから私達は一度だけ外に出ることができた。
そこで見たものは何だったと思う?」
すでに疲れた笑いを頬にこびりつかせメイナは俺とアリルを見た。
アリルは俺の腕をぎゅっと握ってくる。
いつもなら頭がぽーっとするところだが今はそういう空気じゃない。
それぐらい空気が読めない俺にでも分かる。
メイナの表情から深い闇を感じ取ってしまった。
「…………」
黙り込む俺達にメイナは正解を教えてくれた。
「帝国を滅ぼしたはずの連合の都市だったの」
ん?
ちょっと待ってくれ。
「メイナはさっき、帝国滅ぼした時に技術も封印したって……」
言ったよな?
俺の耳おかしくないよな?
「うん。
そうなんだけどね……。
日常にまではこびっている自立型のは麻痺させることは出来なかったの。
電波なんかでやろうにも電波の届かないような山奥にあるやつは止まらないし。
いくつか生き残ってしまったものがあって、それを連合は手に入れてた」
ふむ……。
結果的に王族は帝国の封じ込めにも失敗したってことか。
ロルワール家、案外ドジなんだな。
「私達はそれが許せなかったの。
怒りがわいてくるのを自分でも感じてたわ。
守りきれなかった自分への戒め。
滅ぼしたくせにのうのうと生きている連合の人間たち。
私達三人は我を忘れて暴れたわ」
メイナ、シエラ、T・Dだっけか。
この三人が暴れて止めれるやつがいるのか?
逆に知りたいところである。
間違いなく言えないと断言して見せよう。
俺は止めれる自身が皆無だ。
この星にいる人間すべて止めることなどできないだろう。
だって最終兵器生命体だぜ?
人外を極めてしまった三人に勝てるやつのほうが最終兵器だろ。
「それが『伝説』として語り継がれる出来事ってことですか?」
メイナはこくんと肯定の意思を表した。
大切なものが消えるとき三つの死は姿をあらわす。
死は力を使い地上を無に戻す。
帝国の敵として三人は暴れまわったんだろう。
メイナが我を忘れるぐらいだからきっとあちこちをぼこぼこにして回ったに違いない。
世界中を最終兵器の火が包み込んだのだろう。
自分の敵が目の前でのさばっている……。
俺でも、三人の最終兵器と同じ行動にでるだろうな。
耐えれないだろだって。
大切なものを消されるんだぜ?
守りたいだろう。
「そう。
おそらく『伝説』の三人の死は私達最終兵器のこと。
力を使って無に戻しちゃったのも私達」
なるほど。
深い、深すぎるだろ『伝説』。
世界中に本として読み続けられているだけあるぜ。
ベルカに関する研究が禁止された現世界ではこれぐらいの謎も解けないだろう。
最終兵器が人間だってことすら知らないと思う。
その中こうして少しずつ『伝説』を解いていくのは
数学の問題を一つ一つ解いていく感覚と少し似ている。
気持ちいいのだ。
「そっか……。
メイナちゃん、辛かったでしょ?」
「うん……。
でも大丈夫、ありがとね?」
アリルがメイナの頭をよしよししてやっている。
あほ毛あるんだメイナ。
今知ったわ。
灯台もと暗しとはまさにこのことである。
「で、続きいこうかなっ。
聞きたい?」
聞きたいです。
聞かせてください。
「死は鬼神となり恐怖の中で消えていく。
大切なものを失った悲しみと共に」
アリルが『伝説』の一部を口ずさんだ。
最後のほうの二行だ。
「私達が暴れまわって無に返した世界。
今でも覚えているわ。
瓦礫となった街に動いていたのは私達だけ。
蒸発して、消えた命はどこにもなかった。
あれほど憎かった連合の人間は全員瓦礫と一緒に倒れてたわ。
私が、私達が人類を一度絶滅寸前まで追い込んだの」
メイナはそういって自分の両手を眺めた。
暖かい、小さな手。
されど、その上に乗ったものは果てしなく大きいものだった。
「私は自分の力が怖くなった。
世界を滅ぼせるということを知ってしまったから。
恐怖したわ。
シエラも、T・Dも同じだったみたい。
ばらばらの自分のすみかに帰って、そこへ引きこもることにしたの。
ベルカを守る。
祖国を守る。
……なーんて、虚無の任務を自分の中にでっち上げてね」
虚無の任務のおかげで俺はこの二人に今まで守られてきたわけだが。
伝説の話はこう、ぐっと引き込まれるな。
シエラ達と出会ってからずっと聞いてきたもんなぁ。
種明かしされてみれば何のことはない。
なんら変わらぬ伝承だった。
「伝説はこんなとこかな。
私が話せるのはこれ以上ないと思う」
メイナはふーっと息を吐いて雨を掌に乗せた。
水が滴り、指の間から抜けてゆく。
守りたかったものが抜けていく感覚。
メイナの目に少し悲しみの色が浮かぶ。
「私は何も守れない兵器だったんだねぇ……。
兵器は何かを攻撃するためじゃない。
何かを守りたいために造られるものだって、私は思うよ」
メイナはそういうと袖で目頭をぬぐった。
最終兵器でも涙を流すのだろうか。
「でも、メイナさんは守ってきたじゃないですか。
波音君を」
「そうだよ、姉さん」
アリルが言った言葉とほぼ同時に暗闇からぬっとシエラが現れた。
こええよ、バカ。
シエラも雨をイージスで遮っていた。
「まだ自分を責めてたの?」
「うるさいわね……。
昔のことを悔いて何が悪いのよ」
メイナはシエラに突っかかった。
シエラは案の定の無表情でメイナの目を覗き込む。
片方の目には例の眼帯がついていて、赤い光を放っていた。
「悪いなんて言ってない。
でも、もう自分を責めるのやめたら?」
「…………あんたとは違うのよ、F・D」
「あっ、メイナちゃん!」
メイナはシエラをにらみつけると雨の中、一人歩いて兵舎のほうへと姿を隠した。
一瞬だけイージスが切れ、雨が全身を包み込む。
すかさずシエラが俺達によって来てイージスの中に入れてくれた。
アリルが呼ぶのもむなしく雨だけが空から降り注いでいる。
暗闇に溶けて行った声は雨の音と混じりすぐに消えてしまった。
「……何の話してたの?
僕にも少し教えてほしいかな」
姉の後を追おうともしない妹はベンチの空いたスペースに腰かけた。
「『伝説』のことをよ……。
話してたんだ」
「――だろうと思った。
でなきゃ姉さんがそこまで取り乱すことないもん」
にこりとも笑わないなぁ、シエラ。
昔は結構笑ってた気がするんだけどな。
気のせいか?
「僕が来たのは伝言係。
もうそろそろだってさ。
仁が言ってた。
早く行った方がいいかもね」
This story continues.
ありがとうございました。
長い間引っ張ってきてしまいました。
伝説にはこういう意味があったのです。
べ、別に後付なんかじゃないんだからねっ//
本当です。
では、読んでいただきありがとうございました。