操縦のコツはないものか。
次の日、俺は朝起きてPCの前に座った。
あくびを交えつつ電源を入れて画面の誇りを指でなぞり取る。
結構な埃が溜まっていて指が黒くなった。
付着した埃は息を吹きかけて飛ばす。
綿毛のように空を飛んだあと、埃はきれいにゴミ箱に収まった。
「やれやれ…………」
俺は起動中のパソコンについたコントローラーを右手に持って一人ため息をついた。
仁からもらった戦闘機のソフトだが非常に難しい。
いろいろと計算されて操縦しなければならない。
風速なんか知らんがな、と。
難しいところらへんは全部仁が率いるチームが開発するらしい。
だから俺は純粋に操縦をマスターすればいいのだが……。
「っとぁ!?」
戦闘機は壁にぶつかり跳ね上がる。
画面上に浮かび上がった機体がひっくり返って右主翼を崩壊させた。
だんだん自信がなくなってきた。
この調子だもの。
「はぁー」
ため息をつきつつコントローラーのスタートボタンを押してポーズ画面にした。
ゲームを休憩しようという意志の現れである。
開始してわずか五分の早業。
目にもとまらないだろう。
朝起きて、速攻ゲームというのも個人的にはどうかと思っている。
目に悪いだろ、ゲーム。
立ち上がってコーヒーをカップに入れてきた。
「ふあー、う、苦い」
あいからわずさっぱり覚めてくれない頭にカフェインを叩き込み、戦闘機コマンドも叩き込む。
操作感はそこらへんにあるシューティングゲームとなんら変わらない。
ただ、操縦感がすごくリアルなだけで。
「っぁ、もー!」
さっきから画面左に表示されているのが気になる。
おそらく風速計だろうが……。
風速を計算する前に俺には克服しなければならない場所がある。
初期配置の戦闘機の場所はどこか覚えているだろうか。
答えは、地下である。
地下と地上をつなぐのはひとつの巨大なエレベーターしかない。
仁たちがエレベーターあの操縦を担当してくれるというからここは完璧に通過できるだろう。
エレベーターに乗せるまでがすこぶる難しいだけで。
俺がブレーキなんかのタイミングをミスらねばいいのだが……。
戦闘機を突っ込む際、エレベーターぎりぎりになるだろう。
ジェットエンジンから出る爆風とかは考慮してないのだろうか。
仁のことだからその辺に抜かりはないと思うが。
「ふぉぉぉい!」
たった今操縦している戦闘機が壁にぶつかり炎上した。
投げそうになるさじを何とか抑え、画面を向きなおす。
落ち着け、俺。
落ち着くしかないんだ、落ち着け。
カメラで見たときは大量に戦闘機があった。
いくつでも戦闘機のAIをのっとればいいと思うかもしれないがどうやらそうはいかないらしい。
仁たちが本気を出してラトランのセキュリティを抑え込めるのはおよそ八分。
その間にのっとれる戦闘機は一機が限界だという。
失敗したら仁達のPCはおろか、帝国群のシステムがダウンする可能性も視野に入れなければいけないらしい。
こちらが道を開くというのは相手からしても道が開いているということだから。
一応予備システムは組み立てておくらしいが。
失敗しないのが一番である。
俺は炎上を続ける画面上の戦闘機を眺めてノブジュースをちびりと口に含んだ。
一瞬鼻を突くような酸味の後に甘さがどっぷりと来る。
この甘酸っぱさが個人的にはおいしいと思う。
のど越しもさわやかだし。
にもかかわらず
「げっ、波音また飲んでるの?
もうキチガイといってもいいんじゃないかな♪」
セズクさんは全面から否定してくる。
挙句の果てにキチガイときたもんだ。
俺はおいしいと思うんだ。
「シャロン? って人も好きだったんだろ、これ。
案外おいしいのにさ」
「うん、シャロンも好きって……。
でもね、ハニー。
飲んでいいものとだめなものがあるとは思わないかい?」
思いません。
どんな持論だそれは。
「というか飲んだらだめなものってなんだよ」
俺はもう一口飲んでみた。
微炭酸が非常にまろやかでおいしいです。
ラベルもきれいだし。
なにより再利用できる入れ物を使用しているから環境にも優しい。
おいしいしやさしいしでいいことづくめである。
これの何がいけないのか。
セズクさんには赤裸々に語ってもらおうではないか。
「やだなぁ、ハニーったら。
駄目なものなんか、僕の口からはとてもじゃないけど言えないよ」
赤面したセズクはうふふと笑った。
何、なんだその笑いは。
薄気味悪いぞ。
セズクは笑いつつ俺の飲んでいたノブジュースをつかんだ。
ラベルをじっくりと眺め、机に置きなおす。
水滴が付着して汗をかいたみたいになっているジュースの入れ物。
後で回収所に持って行かなきゃ、と思いつつPCの画面に向きなおった。
なんとかしてここから先に進まなければ。
はたから見たらゲームして遊んでるだけに見えるかもしれないがこれも立派な訓練なのです。
戦闘機操縦できるようになりたいし。
ヘリはおそらくいける……と思う。
「というか、言えないなら俺はこのジュースを飲み続けるしかないな」
「あーっ!
そ、それはだめだよっ。
体に悪いから」
「いや、おいしいだろ。
意味不明すぎるだろ。
おいしいって、これ」
新しいのを開けてセズクに差し出した。
「え、な、何かな?」
ひきつった表情を浮かべるセズクさんに追い打ちをかけようとさらにジュースを押し付ける。
「飲んでみ?
おいしいから」
「う、うん……」
いやいや受け取ったセズクは鼻を摘まむと一気に喉に流し込んだ。
顔色が一気に悪くなる。
こいつ、あほだ。
まさか本当に飲むとは俺も思ってなかった。
勇気ある行動をたたえてやりたい。
「波音、調子はどう?」
仁がドアから入ってくるのと同時に
「ごほっ、ごほっげほぉぉっ!」
セズクがジュースを口に含んだまま洗面所まで走って行った。
そこで咳き込んでいる声が届いてくる。
むせているセズクはさておき、仁はPCのそばまで来るとスコア表を覗き込んだ。
「………………」
「どや」
最高記録到達率二パーセント。
これだけしか進んでいないのにはわけがある。
エレベーターだ。
エレベーターの中で綺麗に止まれないだけ。
さっきも炎上していると、そう言ったよな。
つまり、エレベーターさえクリアできれば俺は勝てるということだ。
「どやじゃないだろ、波音。
大丈夫なのか、本当に。
なんで二五メートル×二五メートルのでけぇエレベーターに乗せれないんだ?
失敗は許されないんだぞ?」
二五メートルといえばプール片道分だ。
案外でかいと思うだろう?
自分の体が十五メートルを超える戦闘機だった場合小さいんです、これがまた。
「それは分かってるんだがなぁ」
「本当に大丈夫?」
仁は念を押すように何度も心配そうに俺の顔を見てきた。
やれやれ、心配は無用だぜ。
俺は親指を立てると
「何とかしてみせるって。
任せろ」
仁の肩をたたいてまたPCの前に戻ってきた。
エレベーターの難関さえ超えてしまえばこちらのものである。
椅子に座り直し、コンテニューを押す。
押さなくても強制的にやらされる。
できるまで何度も何度も挑戦するように義務付けられたゲームだからだ。
拒否権は当然ない。
「エレベーターをハックできる時間もそう長くないと思う。
もって五分。
五分の間に戦闘機を載せてくれよ?」
「ん、わかった。
任せろ」
「あ、ちょっと貸して」
仁が俺の横から手を伸ばすとソースとかいうところをクリックして開いた。
そこになんかよくわからん記号をたくさん打ち込んでいく。
「ん、ごめん。
いいよ」
仁がPC前からどいた時には右上の隅に五分を計測するタイマーが出るようになっていた。
まさか本当にカウントするようにするとは。
「え、これって……」
「見て分かる通りタイマーだよ。
五分過ぎると自動的に時間切れでゲームオーバーになるから。
じゃあ、がんばってね」
仁は俺のノブジュースを一本取って部屋から出て行った。
「やってやろうじゃねーの」
口に出して決心した。
そしてその十分後。
「休憩」
俺は半ば諦め状態に突入していた。
こんな難しいのそう簡単にできるかっての!
ええい、気晴らしに行こう。
散歩しよう、散歩。
全然作業が進まないのだ。
もうやけになりつつある俺は散歩に行くため外に出ることにした。
軍服を羽織って支度を整える。
パジャマで行くわけにもいかないからな。
ドアを開けた瞬間、冷たい湿った風が入ってきて悟る。
珍しく雨が降ってるのか……。
「傘、傘は――どこだ。
どこだろう、もー」
置いておいたはずの折り畳み傘の姿は見えない。
誰だ持ってったの。
「んーまずい。
とことんにまでまずいね♪」
傘を探して三千里をしていると洗面所からセズクが出てきた。
さわやかな歯磨き粉の匂いがすることから歯を磨いていたんだなぁと分かる。
そこまで嫌いか、ノブジュース。
ここまでされると俺の味覚がおかしいんじゃないかと思ってしまう。
「あれ?
波音どこ行くの?」
きらっとつるっと歯を光らせるセズクさん。
うるせーよ、バカ。
「ちょっとそこまで。
気晴らしにな」
俺は外を指差した。
恰好を見てわからないのか。
「はいはい、行ってらっしゃい。
僕はここでもう少しくつろぐことにするよ。
ハニーの匂いでいっぱいだからね☆」
気持ち悪いことをしゃあしゃあというなぁ。
もう慣れたけども。
「お、おう」
とりあえずの返事を返して外に出た。
「いってらっしゃ――」
セズクの「いってらっしゃい」を聞かないように速攻ドアを閉めた。
がっちりとを閉めて中にまで雨が入らないようにする。
傘ないんだよな、それに何処に行こう。
少し迷った俺は海に行くことに決めた。
なんでか、俺は海が好きだ。
晴れの日の静かな海も。
雨の日の荒れ狂う海も。
まるで人の心のようですごく見ていて楽しいのだ。
「別にいいか、濡れても」
最近独り言が多くなってきたなぁと思いつつ雨の中に一歩足を踏み出した。
激しい土砂降りはすぐに俺の髪を濡らし、服に水のシミを作ってゆく。
雨に濡れるのも悪くない。
そもそも俺は雨男だった。
昔は……。
あれ、小学校の時はどうだったかな……。
中学校も……。
思い出せないな。
おかしい――まぁ、いいだろ、別に。
昔のことは案外自分でも覚えていないものだ。
そのうち思い出すだろ。
「何やってんの?」
降り注ぐ雨が途絶えた。
隣を見るとメイナが俺を怪訝な目で見ている。
イージスを張って雨を防いでくれているのだろう。
本当に便利なバリアだな。
「ん。
ちょっと散歩。
いろいろと思うところがあってな」
戦闘機のゲームとかな。
なかなかクリアできねぇしよ。
「私も一緒に行っていい?
なぁんか、だるいのよねぇ」
「別にいいぞ。
っても、海眺めるだけだけどな」
俺はメイナを引き連れて海岸にやってきた。
案の定雨が降り注ぎ荒れている。
濁った海水が桟橋に当たって砕けた。
すぐ近くには
黒々とした一キロを超える戦艦二隻が目の前に浮いている。
両方まだ修理中なのか、重金属音が静かに響いていた。
「なぁ、メイナ。
帝国群の目的ってなんだ?」
唐突に聞いてみた。
自分の所属する組織の目的。
聞きたかったが聞けたためしがない。
いったい何を狙っている組織なのだろか。
「えっ……?
シンファクシはベルカ世界連邦帝国の再建って言ってたけど……。
実際のところどうなんだか私にもわからないねぇ」
だよなぁ。
「それに『伝説』とかいうのも研究しているみたいだ。
誰が信じるっていうんだろうな、『伝説』なんか」
「私は信じるよ。
『伝説』のことを」
「へ?」
メイナは目を虚空へと向けた。
俺がバカみたいじゃねえか。
信じてないのがまるで俺だけと……。
そう思えてしまう。
「今から五千年前のこと。
話していいかな?」
「……おう。
話してくれよ」
This story continues.
ありがとうございました。
次は昔話が主になると思います。
さてさて。
どうなるのやら。
お楽しみに、です。
読んでいただき感謝です。