セズク除け
俺は飯を食い終わった後仁に呼ばれた。
「準備が出来たからついて来て欲しいんだ」
言われた通りついて行ってみることにした。
何やら一つの準備ができたとかどうだとか。
よくわからん。
分からないことは見て覚える。
そして理解する。
これが一番の方法だと思うのだよ。
聞くは一時の恥、聞かぬは……ちゃう。
百聞は一見にしかず、だった間違えた。
そんなわけで親友の背中を金魚の糞のように付きまとう。
「こっちだ。
ついさっき、シンファクシが用意してくれたんだよ。
俺達のために」
食事でぱんぱんに膨らんだお腹を庇いながら歩く。
食後の散歩は健康にいいらしい。
昔の人も言っていたようだ。
でもご先祖様、食後の散歩正直つらいです。
帝国群の建物の特徴である入り組んだ廊下を迷うことなく進んでゆく。
ん?
ここで小さな疑問が浮かんだ。
今俺達って言った……よな?
俺と……仁のため?
「な、なぁ仁。
俺達って誰のことを指すんだ?」
ふと不安になり聞いてみた。
二人だけのためだけにシンファクシが……?
できるだけの協力をするといってもそんな?
え、何だろう。
本物の戦闘機に乗っての訓練とかそういうことをやらされるのか?
「ん?
当然、俺達『プロジェクトラトランブレイカーズ』に決まってるだろう?」
耳があほになったのかと一瞬疑っちまったぜ。
「『プロジェクトラトランブレイカーズ』……?」
はじめてきいたぞそんなもの。
長ったらしい横文字の羅列だ。
「てか、俺入ってるのかよ!」
俺の立場は何になるんだろうか。
そのチームのリーダーとかだったら嫌だな。
恥ずかしいわ、さすがに。
羞恥心ってものが俺には存在する。
「当然だろう?
波音は戦闘機を操縦するという要なんだから。
さ、この部屋だよ。
入って、入って」
いつの間にやら見知らぬ場所にまで来ていた。
外から滑走路が見え、電波塔があることから一番端っこの部屋だろう。
仁に促されるがままに鋼鉄のドアの中に入った。
「なんだここ……」
そんな呟きが思わずこぼれた。
目の前いっぱいに広がった光景。
それはまるで映画のようなところだった。
あちこちに所狭しと並んだPCや液晶がほんのり光を放ち
一番前の壁には大きな三枚の画面が映し出されている。
たまらない人にはたまらないであろう場面だった。
信じられない俺は一度部屋を出て看板を確認する。
こんなところをシンファクシが貸してくれるわけ……。
『プロジェクトラトランブレイカーズ専用部屋』
マジですか。
ちなみにベルカ語で書いてあった。
なにこのエキスパートばかり集めてみました、みたいなところ。
部屋の中に舞い戻り、椅子に座っている人たちの姿を確認してみた。
ヒゲとメガネ。
いわゆる絵に描いたようなオタクが大量にいた。
女性もいるようだったがあいにく俺の趣味には合わない。
俺の感性で判断するとブスに入る。
驚いたのは全員が軍服を着ているということだった。
つまり帝国群所属の方だろう。
どうでもいいがひどいなぁ、俺。
すまぬ、すまぬ。
でも趣味が合わないのだ、仕方ない。
あきらめてくれたまえ。
で、この異様な集団の中仁がやたらイケメンに見える罠。
や、実際イケメンなんだけど。
イケメン度がさらに上がっていく、という意味な?
砂漠の中のオアシスのようだ。
例えるならこんな感じ。
非常にわかりやすいだろ?
「全員揃ったと思う。
よく聞いて欲しい」
仁が壇上に上がって大量に存在する軍服オタクに話しかけた。
オタクはみな仁を見て目を輝かせている。
「はっ、『キングハッカー仁』さま!」
「うむ。
どうか、力を貸してほしいのだ。
帝国群に危機が迫ろうとしている……!」
OK、いろいろと整理しようか。
今壇上に立っているのは紛れもない俺の親友園田仁だ。
その仁に向かって敬礼しつつ感動の涙を流しているのは軍服のオタクだろ。
で、『キングハッカー仁』という謎の称号。
「つまり……どういうことだってばよ」
混乱が頭を埋め尽くす。
意味わからん、という言葉がこの状況には本当によく似合うな。
俺のために生まれてきてくれた言葉としか思えないぞ、意味わからん。
近くのコロ付椅子を引っ張って座ることにした。
「僕が説明してあげようか?」
にょっと座ったのを狙ったかのように頭の上から出てくる男。
出た、意味深ホモ野郎。
本当に神出鬼没で、理解不能な場面に出てくるな。
いいナレーションになれるんじゃないか?
そしてこっちを見てにこっと笑うな、心を読むな。
「じゃあよろしく頼む」
命令というわけではないがとりあえず頼み込む。
「え?
頼みます、でしょ?」
「…………チッ」
「わかった、説明するよー♪」
俺がセズクに舌打ちしたところでセズクが説明モードに入った。
「はい、これが図ね」
どこからか出してきたホワイトボードに次々と絵をかいてゆく。
しかも微妙にうまい。
非常に腹が立つ。
俺なんて……ははっ。
悲惨なものである。
才能が垣間見えるな、セズクの。
「仁はいわゆるネットの帝王ということ。
で、ハッキングなんかを趣味とするやつらが集まる危ない掲示板を仕切ってるんだ。
その掲示板にて呼びかけて反応のあった帝国群兵士がこいつらというわけ。
つまりここオタクは仁を尊敬し、師と仰いでいるんだ」
セズクはホワイトボードに仁と大人数のオタクの絵を描くとぽいっとどこかへ投げ捨てた。
いや、使えよ、ホワイトボード。
お絵かきしたかっただけかよ、お主。
「つまり、そういうこと。
あっしらはキングハッカー仁さんのしもべなのだよ!」
「止められないわっ!
私たちの師は彼しかいないのっ!」
大群衆のオタクの中から何人もの声が湧き出してくる。
止める気はないです。
さらさらないです安心してください。
「みんな、紹介するよ。
彼が俺の相棒で親友。
レルバル少佐だ」
唐突に仁が俺を紹介した。
それと同時に大群目が俺を向いた。
あまりにそろいすぎた動きでびびる。
一、二歩後ろに下がって壁に背中をぶつける。
「あなたが!!」
どどっと全員が俺の前にやってきてひれ伏した。
悪い気分ではないが、いい気分でもない。
展開が速いせいで発生した困惑がでかすぎて王者の気分を味わう気にもなれない。
「えっと……うん。
俺がレルバル少佐だ。
今回は…………?」
仁がスクリーンにさささっと原稿のようなものを書いて行っている。
それを俺は目でゆっくりと追いつつ目の前のオタクたちに言葉として与えることにした。
「今回は…………えー……てめぇらオタクの力が必要だ。
えー、うじゃうじゃ言わずに力を貸しやがれ。
この豚――どもめ…………」
SとM……。
つまりこの場合俺がSになるわけか。
なるほど、深い。
「うぉぉぉぉぉ!!
レルバル少佐万歳!!
キングハッカー仁様万歳!!!」
五人は雄たけびをひとしきりあげるとPCの前に戻っていった。
静と動がはっきりしてるなぁ。
誰もいなくなったところで俺も自分の部屋に帰ろうと思い立つ。
「僕でいいならいくらでも」
幾分か遅れてセズクが俺に近づいてきた。
何に対しての返答かを少し考え、結論に達する。
ああ、豚に反応したのね。
Mなのかい、お主は。
「お主には言ってない」
「ひどいなぁ。
どうしてそんなに冷たいんだい?」
「どうしてお主はそんなによくわからないタイミングで絡んでくるんだい?」
「そりゃハニーのことが大好きだからさっ」
「だからここではそういうこというのやめろ。
いろいろと勘違いする人が出てくるから。
そうなったら面倒だから」
俺はここでセズクとの話をやめて仁の側に移動した。
こっそりと耳打ちする。
「この連中で大丈夫なのか?
頼りになるんだろうな?」
不安を顔に出して尋ねた。
仁は胸をどんと叩いて
「安心して。
彼らは帝国群のPCのエキスパートだよ。
今回俺達の作戦に協力してもらうんだ。
人数は多ければ多いほどいいからね。
ラトランなんだけど、やっぱりシステムはすごく複雑。
戦闘機一機を奪い取るのが精いっぱいだと思うんだ。
だから波音は奪い取った戦闘機一機を絶対に落とさないように訓練して。
下手すればドッグファイトなんかも考えなきゃいけないと思うから」
えらい長いセリフを言った。
ドッグファイト――戦闘機同士の格闘のことだ。
犬がお互いのしっぽを追いかけるような姿からこういう名前がついている……らしい。
確かに戦闘機同士の戦いって後ろを取ろうとするからなぁ。
似てるっちゃ似てる。
「お、おう。
えらい長いことしゃべったな、珍しい」
「ん?
ああ、基本こういうことには俺夢中になるからさ。
さ、紹介は終わり。
波音は自分の部屋に帰った、帰った。
ここは俺達六人に任せて。
作戦結構は二日後。
それまでに完璧にあのゲームマスターしといてね」
二日後って。
四十八時間後ってことですやん。
それまでにマスターとか絶対に無理ですやん。
無茶ですやん。
文句を垂れても仕方ないのはわかるけども。
やるしかないのはわかるけども。
「あ、それとこれ。
敵と遭遇した場合を考えて作った追加プログラム。
もいっかいPCにインストールしてね。
じゃ、ほら出て行った出て行った。
俺達は今から本気で行くから。
後四十八時間でラトランのセキュリティを落とすために」
至って仁は真剣のようだった。
久しぶりに見る本気の目つきである。
頼りがあって……少し怖い。
「お、おう。
わかったよ。
じゃあ…………また」
仁から追加プログラムの入ったDVDを渡され、部屋に帰ることにした。
ドアから出てしばらく無言で歩く。
気配で後ろからセズクがついてくるのがわかった。
二つ目の角を曲がったところで話しかけてくる。
「ねぇ、波音。
僕もちょっとやってみていい?」
別にいいけども。
セズクはゲームできるのだろうか。
やっているのを俺は見たことがないが。
「難しいぞ」
「そうかな♪
一回やってみたかったんだ戦闘機のゲーム」
中庭に出る扉の側に自動販売機が設置されていた。
ちょうどのどが渇いていたためポケットから財布を取り出し近寄る。
自動販売機の前に立って硬貨を入れた。
たくさんの種類があるが……どれにしよう。
このノブジュースっていうのおいしそうだな。
これにしよう。
ノブジュースのスイッチを押そうと人差し指を伸ばす。
「僕はそれはお勧めしないよ。
本当においしくなかったからね」
ほう。
人間買うなと言われるとそれを買いたくなるもので。
「……シャロンのをもらったんだけどね。
あれはうん。
悪夢だったよ☆」
セズク除けが見つかった。
このジュースだ。
今夜あたり百二十本ぐらい買って部屋の前においておこう。
This story continues.
ありがとうございました。
セズク除けです。
ノブジュース。
個人的には好きって人もいるみたい。
でもやはり個人差が出るみたいです。