ラトラン
またなんで戦闘機なんか……。
そう思ったが口は出さない。
元帥に出すなんて出来るか?
俺は無理だからな。
「いつでもいい。
我が帝国郡は技術が欲しいのだよ。
いつか来る連合郡との最終戦争にそなえてな」
連合郡との最終戦争……。
つまりどちらかが滅びどちらかが生き残るというやつか。
ふむ……。
「……分かりました。
詳しい資料の提示をお願いします。
写真とか寸法とか……」
せめてそれぐらいないと分からないだろ?
写真がないとなるとお話にならない。
写真がなくてもせめて図や寸法が欲しい。
翼の形から始まりエンジンの数、尾翼とか……。
ステルスなのか違うのか……などなど。
「……場所だけだ。
特定出来たのは」
へ?
場所だけ……?
「てことはつまり……?」
冗談だろ?
俺の仕事として危険すぎないか?
シンファクシさん、あの、これは危険でっせ。
「――やはり難しいか?」
しばらくの沈黙のせいかシンファクシが未だに立ったままの俺に聞いてきた。
難しいです、非常に。
断れるなら断りたい。
だが元帥から期待をおかれているのもまた事実。
答えたいが……。
命を捨てるわけにはいかない。
「少し時間をください。
場所だけ教えてもらっていいですか?」
ここはじっくりと話し合うべきだろう。
シエラたちに襲わせるのも別に構わないがあいつら基地ごと消し飛ばすだろうからな。
結果的に兵器ではない俺が行かねばならないだろう。
見つかったらドッグファイトも考えるべきだな……。
できるかな、俺。
「場所か?
ヨーロッパの連合郡第二十四開発庫だ」
第二十四開発庫っていうと……?
ハテナマークを頭に浮かべる。
「第二十四開発庫、通称『ラトラン』。
ベルカ語で『産み出す者』の意だ」
シンファクシは手元に持った紙を読み上げた。
はじめて聞く単語だ。
帝国郡に来てからずっと話しているのはベルカ語だが聴いたことのない響きの言葉だった。
ざらついたような感触が口の中に残る。
ラトラン……か。
洒落た名前だ。
「こなせるかどうか相談してから答えを出しても?」
仁のPCを頼ることにしよう。
ラトランとやらを調べて丸裸にしなくては。
まずはそこからだ。
「かまわない。
それでは、いい返事を期待している」
シンファクシの赤紫色の瞳は疲れに沈んでいた。
金髪にも多少なりの白髪が混ざっている。
歳は知らないがまだそんなおばあちゃんではないと思う。
三十にもまだ達していないのではないだろうか。
とにかく若い。
それなのに……。
「失礼しました」
用意された椅子に座ることなく俺は部屋を出た。
バタンと部屋の戸を閉め、自室に向かう。
少し愚痴らせて欲しい。
形も何もわからないものをどうやって盗めっちゅーねん。
歪んでいた軍服の襟を直して一応ノックして自室に入った。
「お、波音。
新しい任務か?」
仁がコーヒー片手に訪ねてきた。
俺は椅子に座るとやれやれと呟いた。
「ああ。
しかも今回は最悪かもしれん。
ゼロからのスタートだ」
「っていうと?」
はぁ……。
言うべきだよな。
仁がいないと進まない作戦な訳だから。
「ん。
つまり何もわかっちゃいない。
神秘のベールに包まれたお姫様ってこと。
おわかり?」
簡単に纏めて説明してやった。
アメリカンジョークも交えてな。
ベットに軍服の上を放り投げシャツ一枚で椅子に持たれこむ。
机の上においてある仁が飲んでいたコーヒーを俺も飲みたくなって冷蔵庫からボトルを取り出した。
微糖、これがまた一番おいしいんだわ。
「ははーん」
口をゆがめて笑いやがった。
俺の飲んでいたボトルを奪って自分のコップに入れやがる。
俺が飲んでたのにっ……ぐすっ。
「だけどお姫様の王宮の場所は判明してるんだ。
どうだ、のるか?」
仁はくるりと椅子に乗ったまま一回転した。
むっつりと頬に出来たできものを触っている。
考えてる表情ではあるぞ。
助平なこと考えているのかもしれないけど。
「王宮の場所によるな。
どこだ?」
急に仁は椅子からばっと降りてベッドからノートパソコンを取り出してきた。
ごろんとベットに寝転がり既に立ち上げている。
王宮を検索する気満々だ。
「第二十四開発庫だとよ。
ラトランと呼ばれてる」
頼りになる相棒だぜ。
俺は場所を躊躇いもせず教えてやった。
ためらう必要なんて感じない。
親友だぜ、こいつは。
「第二十四開発庫……?
マジかよ。
あそこか」
なになに。
そんなにまずい場所なのか?
仁は俺にPCの画面を見せつけてきた。
「コレがどした?」
映っていたのは普通の建物。
そばに一本の滑走路がある。
特筆するのは別にない。
強いて言うなら砂漠のド真ん中ってことぐらいだ。
普通の軍事基地じゃないかよ。
「砂漠をどうやって越えるか……だな。
完全なまでに人がいないところだ。
研究員およそ百二十人と護衛の兵士が百人程度。
それとペットの犬ぐらいだろう」
じゃあ楽じゃないか。
なんで嫌そうな顔をしたんだ?
ちなみに俺は犬アレルギーである。
犬に近くに来られるだけで身の毛もよだつ。
ファンタジーの世界なんかで獣人っているだろ?
現実にいられたら俺……どうしよう。
殴り倒してしまうんじゃないだろうか。
奇声とともに。
「ここはAIが全部仕切ってる。
超高性能人工頭脳がな。
人は騙せても機械は騙せない。
な、やっかいだろ?」
俺は液晶を見て固まった。
なるほどそういうことか。
こりゃやっかいだ。
シンファクシもよくこんなとこに忍び込ませようとするぜ。
「警備の図は裏サイトからとってくるからいいとして。
お姫様だよ、問題は。
情報が少なすぎる。
兵器なのか車なのか……。
せめてそれぐらいはだな……」
あ。
言い忘れていたことがあったでござる。
「戦闘機って言ってた。
そういえば」
真剣に悩む仁の耳元でこそっと付け足した。
言い終わった瞬間睨まれた。
「何で早くいわねーんだ!
それなら見つけやすくなる!」
すまん。
コーヒーを飲みつつ、謝った。
「……こいつか?」
お、コンピューターとの対話がはじまったぞ。
こうなると俺がいくら話しかけても聞きやしない。
大人しくもう一杯コーヒーを口に含む。
おいしいなぁ、微糖。
お子様だが別にいいじゃない。
好きな濃さで飲むのが一番だよ、うん。
「おら、いい子だからいうことを聞け。
噛むぞテメェ」
PC相手にその脅し文句はどうなんだ。
通用してないよ絶対。
PCは横についた電気をちかちかと点滅させ沈黙を守っている。
「強情なやつだ。
だが、これならどうだ?」
親友はにたりと笑うとつーっと液晶の側を撫でた。
優しく、やんちゃな子供を諭すような動き。
正直言おう。
やらしい。
とってもやらしい。
仁の愛撫のかいもあってかフリーズしたままのPCは、ガッガッと不協和音を奏でていたものの勘弁したように動き始めた。
「な、なぁ。
お前今何をやろうとしてるんだ?」
不気味にPCとのお話を続けようとする仁の肩を叩く。
こうでもしないと気がついてくれない。
段々嫌な予感がしてきたのだ。
さっきからパスワードとか色々提示しろって出てきてるぞ。
大丈夫なのか?
「ん?
簡単だよ。
ラトランの中に入ろうとしてる」
待て待て待て。
俺は達成率四十パーセントを超えていたプログラムを強制停止させた。
「なにするんだよ!」
怒り狂って俺の手を握ってくる仁の頬を軽く突いた。
「落ち着け。
今ラトランにクラッキングなんてしたらどうなるかわかるだろう?
警備が強化されるに決まってる。
そうなると侵入すらやりにくくなるだろ?
わかるか?」
PCと会話をしている仁は経験から言うとおばかだ。
つまり頭が回らない。
先読みが出来ない。
結論から言うととめたほうがよかっただろう。
仁ははっとしたような顔をして唇を噛んだ。
案の定だ。
何も考えてなかったな、こいつ。
「……確かにな。
俺が間違ってた、すまん」
謝る仁の頭をよしよししてやる。
よしよしの手を払いのけて仁は口を尖らせつつも
「ただ、思うのは別に侵入しなくてもいいんじゃないかってこと」
と意味不明なことを言い始めた。
どうした親友PCとしゃべりすぎて頭のネジ吹き飛んだか?
「それ盗めなくないか。
どうしろと」
ちなみに俺は戦闘機の操縦は一応出来る。
おっさんに無理やりさせられたからな。
鬼灯が生産している武器のほとんどは使いこなせるぞ俺は。
乗れないのはないと思う。
割とまじめに。
盗むってことは物をその場からさよならさせるってこと。
となるとラトランに潜入してかっさらう以外方法はないだろう?
「ん、だからさ。
戦闘機だけど俺達が直接行かなくてもいいんじゃないかってこと。
ラトランはAIがほとんどを仕切ってるだろ?」
「うん」
ラトランが全部仕切ってるんだろうな。
AIってことはつまりそういうことでいいんだよな。
「じゃあそのAIを乗っ取るとしたら?」
なるほど!
俺はぱしんと仁の頭を叩いた。
「いて」
「さすがだぜ、仁!
最高だな、お主は!」
「今更か?
俺はいつだって最高だろ?」
うんうん。
ここまで最高な奴だとは思ってもみなかった。
ラトランはAIが頭。
頭さえ抑えれば体も自ずと従わざるを得ないだろう。
つまり安全にいける!
そうすれば俺が直接乗り込んで奪い取るのも簡単だ。
「じゃあ早速だけどシンファクシに言って最高級のPCを貸してもらう。
それとプロのクラッカーも」
俺は仁のPCを撫で回した。
液晶に指紋がつく。
「おい、指紋つけるな、アホ。
いや、大丈夫だよ。
俺だけでいける」
余裕をかます仁。
お前一人でも相当な物だと思うが……。
「でも一応だな……」
「たまには任せてくれよ。
俺一人でやれる。
やってやる」
仁の強い眼差しに押された。
そこまで言うなら……。
「じゃあ、仁頼む。
俺はシンファクシに言ってくるから」
「おう」
少しの時間を置く必要もなかったな……。
腹は決まった。
This story continues.
ありがとうございます。
いよいよですね。
うふふふふ。
段々最後のコメントが壊れてきましたね……。
少し自重します。