暴風楼
「あいつらは俺の目の前で我らの兄弟を殺した。
俺はその仇をとるとあいつに。
あの女に恐怖を与えてやる。
この超兵器『マースズカエル』でな」
敵艦に忍び込んですぐに艦橋に来たのは正解だったようだ。
艦長と副長が窓の外を見ながら話しているところに来れたのだから。
『マースズカエル』――『暴風楼』。
連合郡にしてはいいネーミングセンスだと思う。
太った歴戦の勇者のような敵の艦長はぎゅっと拳を握り締めていた。
「そうですね……。
あの中には艦長の部下とその兄弟が乗っていたのですから……」
「彼らの弔いの意味でもこの戦いは重要だ。
負けるわけにはいかないのだよ」
一滴の液体が艦長の拳から垂れた。
血だ。
ぎゅっと強く握り締めるあまりに艦長の拳から血が滲んでいる。
その冷静そうな顔とは真逆の行動だ。
「CICに行くぞ。
副長、来い」
椅子をきしらせながら艦長は立ち上がった。
「はい」
CICっていうのは艦艇の中に設けられた脳のようなところだ。
さっきも説明したよな?
艦長が動き出したということは休憩は終わりと言うことか。
太った艦長がドアをあけてその後ろを痩せた副長がついていく。
凸凹コンビみたいで面白い。
俺も副長の後ろについていくことにした。
「なぁ、副長」
狭い通路をほぼひとりで独占してしまう艦長はその首のない顔を少し傾けた。
首がないって、脂肪がまとわりついてるせいで見えないってことだからな。
「どうしました、艦長?」
副長は目の前にある壁にぶつからないように配慮しつつ応答する。
艦長は結構歩くの遅いな。
「我々は勝たねばならない。
仲間の三隻の超兵器が恐怖神をひきつけているうちに」
低い声は決意の色を孕んでいた。
「そうですね……。
さ、早く帝国郡の虎の子を。
星夜楼を海の藻屑にしてやりましょう」
副長もそれに同調するかのように頷く。
「もちろんだ」
艦長はくびれた帽子をポケットから取り出し広げた。
旧ベルカ帝国、帝国郡、そして連合郡の象徴『ワープダイヤモンド』の真鍮製のバッチがついている。
白い生地は黄色に変色しているのに比べ、こっちはピカピカだった。
暇があったら磨いているのだろう。
しばらくの無言の後二人は一番装甲が分厚いと思われる部屋に入っていった。
「状況は?」
りりしい声で部下に状況を聞く艦長。
「大分押しとる」
CIC内の光を反射するめがねをかけた老人がひとり立っていた。
艦長はあからさまに嫌な顔をして
「軍司令、お元気ですか?」
艦長はその老人の背中に軽蔑の色を向けた。
仲が悪い軍司令を艦に乗せるのは艦長としても避けたいらしい。
今回は避けられなかったようだが……。
「今は戦闘中ですので。
そばにある椅子にでもおかけください」
艦長はCICの隅に隔離するように設けられた椅子を指差した。
軍司令はよたよたとそこへ向かい
「そうさせてもらうわい。
あーよっこらしょぉ……。
老体には答えるわ、はははは」
どすんと、その体を任せた。
「老体だなんて……。
まだまだ軍司令はお元気じゃないですか」
「お世辞がうまくなったの、アドラー」
たわいもない大人の会話。
ホンネとタテマエって奴だろう。
『波音?
聞えるかい?
って、もう聞えてるの分かってるけどね♪』
なぜいちいち確認してくるんだよ。
『万が一繋がっていないこともあったら嫌だろう?
そんなわけで毎回確認しているのさ♪』
確認は大事だ。
理由があるなら仕方ないな、認めよう。
「ちょっと待て、今CICの中だ。
少し集中させてくれ」
『構って』
「うるせー」
俺はCICの中をふよふよと漂った。
イージス放出口だなんて大事な場所なんかはモニターに表示されているものだろう。
CICの中にはディスプレイが二十以上存在している。
大きなものから小さい物までがそれぞれの個性を象徴している。
普通CICはPCが出す熱でむせ返るほど暑い、と聞いたことがある。
クーラーついてるから実際そうでもないのだろうか。
そのディスプレイの前に座る人間はヘッドホンをつけたり、せわしなくボタンをいじったりと休む暇もない。
緑や赤色に光るボタンが壁一面に貼り付けられ中は電気がないというのに明るい。
『それで、少し状況が変わったから説明するね。
シエラは三隻にてこずっているんだ。
だからシンファクシはメイナも応援に行かせてしまったんだ。
今、ヴォルニーエルは丸裸なわけ。
僕は波音が裸でいてほしいけどね』
シンファクシ元帥、あんた何を……。
焦りは目を曇らせる、って言葉知らないのか?
「……分かった。
待っててくれ。
今CICにいるんだけどどれか分からなくて……」
きょろきょろと、隅から隅まで見回す。
レーダー、武装状態表示……。
システム状態ディスプレイ――違う。
艦内被害図――これだ。
目先三十センチほどにまで近づいた。
知りたかったイージス放出口の場所までばっちり明記されている。
これを見る限り左右対称に設置されているようだから
うまく行けば一発で二つ破壊できるということになる。
セズクの腕ならそれは可能だろうか。
俺のタグのつけ方、射撃角度さえミスらなければ――。
「撃て!」
CIC全体に響いた大声にはっとさせられた。
艦長がヘッドホンについているマイクを持ってそれに声を吹き込んだのだった。
天井からぶらさがった液晶にはヴォルニーエルが映っている。
満身創痍――とはいえないが飛び交う戦闘機を叩き落そうと躍起になっている。
こっちには一ミリの注意も向いていない。
まずい。
セズクに連絡を――!
雷が落ちたような大きな音と共にマースズカエル全体が揺れたような鈍い振動が視界を揺るがした。
液晶画面を目の前に俺はあわててヴォルニーエルの画面を見直す。
「弾着まで三……二……一……今!」
液晶の中のヴォルニーエルに五つほどの業火の花が咲いた。
全長一キロちょっとの船体を覆う黒煙がその威力の大きさを物語っている。
「命中六発!」
オペレーターが艦長に嬉々として報告している。
完璧にヴォルにーエルを潰す気だ……。
『うわっと……。
まだかい、ハニー!?』
ヴォルニーエルに花が咲いてすぐにセズクから通信が来た。
「セズク、被害は!?」
しばらく黙り込むと
『軽い……かな。
全部第二装甲で食い止めてるよ』
セズクは少し声のトーンを落として教えてくれた。
超兵器の第一装甲を破るだけすごいわ。
「今、イージス放出口の場所の画像を送る。
そっちで保存しておいてくれ」
『分かった』
俺は送る、と念じた。
これで合っているよな?
視界が切り取られたように、今ヴォルニーエルに転送されているだろう。
「敵艦、被害軽微!」
また別のオペレーターが艦長に叫ぶ。
「……流石はベルカの超兵器と言ったところか。
六十一センチ砲に耐えるとはな」
艦長があごひげをくるくると丸めて呻いた。
六十一センチ砲って……。
大口径にも度があるんだぞ。
六十一センチの弾なんてそれだけで重さは八トンいくだろ。
乗用車一台よりも重たいんだぞ?
「ははは……。
もう少し近づいてはどうじゃ。
こんな遠距離では当たっても意味がないじゃろうて」
「老人は少し黙って――」
ムキになって言い返そうとした艦長の言葉をオペレーターがばっさり切った。
「あ、敵艦発砲!
光波共震砲です。
近づきます。
三、二、一、今!」
「イージスには敵わないだろう?」
軍司令がカウントダウン中にせせら笑った。
ディスプレイに映っている外カメラの映像をちらと眺める。
左舷からやってきた光波共震砲がぶつかる……前にバチチと、暴風楼の周りが発光した。
ベルカのイージスは無色だったがこうやって可視できるとバリアってのを実感できるな。
斜めに弾かれた光波共震砲は海へと枝分かれして降り注ぐ。
そこまで追ってカメラの映像は消えた。
「セズク、届いたか?」
ちゃんと送れたのかどうかは返事がないと分からない。
少しイライラした俺は返事を催促した。
『今届いたよ。
数は案外少ないね。
約二十ってところかい?』
「おそらく。
今からタグをつけるから、俺の場所と合体超兵器の見取り図を同期させてくれ。
あ、それと190.421215が敵の無線番号だ。
敵の無線も俺と同期させてくれ。
聞きながらタグつける」
これで敵の内部情報が突き抜けになる。
『はいな、了解したよ♪
じゃあタグの添付を待ってるね☆』
セズクが言葉を切り、しばらくすると頭に所在地が現された合体超兵器の図が投影された。
一つ目は艦首に四つ、右舷、左舷に六つずつ、艦尾に四つ。
これでもうCICに用はない。
さっさと後にする。
「次々と弾を叩き込め。
あいつらは化け物じゃないんだからな」
副長の声を後ろに艦橋の、これまた分厚い装甲を乗り越え外に出た。
一気に艦首に向かうため一旦甲板に降りる。
雲ひとつない空と澄んだ青い海が見渡せる。
そばに立つ艦橋さえなけりゃもっといいんだがなぁ。
潮風を感じることなくタグの添付を急ぐために舷側に向かった。
舷側に張り付いたときの角度は約九十度。
この体じゃないと間違いなく海へ重力に引かれて落ちてゆくだろう。
ふと海に目を落とすと十隻ほどの艦隊を発見してしまった。
超兵器ほど巨大ではないが十分に大きな艦影は空母や戦艦が混じっていることだろう。
高速道路をはがして船につけたような形のアレは空母だな。
約四隻ほど混じっている。
――デザートにいいのかもしれんな。
俺は無視を決め込むことにした。
報告したところでヴォルニーエルが対処できるとは思えない。
甲板には六十一センチ三連装砲が約二十ほどくっついていた。
全てがヴォルニーエルを射るように砲門を向けている。
上甲板で二十ってことは艦底にも十ほどこれがついていることだろう。
こんなすばらしい艦が今まであるなんて。
俺は惚れ惚れするほどの浪漫を感じていた。
……おい、敵だぞ。
浪漫に燃える自分を殺して、舷側に張り付く作業に戻る。
まず艦首の一つ目の放出口だな。
脳内にうっすらと浮かんでくる艦内図とあわせて見て回る。
装甲内にある場合が多いらしいから。
俺は顔だけ突っ込んで確認した。
カメラのレンズ、とでも言おうか。
それぐらい小さなものだった。
ほのかに光を纏っているのが美しい。
「こいつか……」
俺はそれにタグをつけると、次の行動へと進んだ。
顔を引き抜いて次のイージス放出口へ。
急ぐ俺をさらにせかすように雷のような音が一斉に鳴り響いた。
一瞬目に映った気がする六十一センチもの直径を持つ砲弾。
暴風楼の甲板を覆ってしまうほど発射の時に出る黒煙はすさまじいものだった。
ゆっくりとだが砲身から残りの黒煙が流れている。
続いてエネルギー衝撃波が空気を揺らした。
ヴォルニーエルに命中のお知らせだ。
星夜楼は撃っても無駄だと分かっているのか沈黙を守っている。
「タグつけたぞ!」
セズクに一報を入れた。
『よし。
待ってたよ、ハニー』
返事をするやいなや五秒ほどで俺がいたところをオレンジ色のレーザーが駆け抜けた。
さっきまでとは違ってイージスに遮られることなくそれは暴風楼の体を貫いた。
焼けた金属がとけ、風穴が撃たれる。
《なんだ、一体どうしたんだ!?》
それと同時に無線での艦長の声が聞えてきた。
ようやく同期させたかおせーよバカ。
声からして明らかに動揺している。
二つ目をすんなり見つけ攻撃のタグをつける。
すぐに飛んでくるレーザーが放出口をえぐりとった。
火花を散らし内部機器が露出する。
いいぞ、セズク。
ホモ野朗をほめながら次から次へとタグをつけてゆく。
一度コツを掴んだら案外簡単な物で次々と見つかっていくのだ。
うははは。
《なぜだ!
なぜこちらのことが……!
どうして敵は放出口だけを狙い済ませるんだ!?》
答えは簡単。
俺が目、だからだ。
全長一キロ弱の船体を守るイージス。
その息の根を止めるために最後の一箇所にタグを取り付け終えた。
『これで最後だね?』
「ああ。
やってしまえ」
《修理急げ!》
暴風楼の盾であり鎧……。
あっけないほど簡単にそれをレーザーが剥ぎ取り、焼き捨てた。
裸になった暴風楼の体には約十の穴が開いている。
セズクの射撃の腕は確かな物で一撃で二つ、破壊しているのだ。
左右対称につける連合郡も悪いとは思わなくもないのだが……。
『さ、やっちゃおうか』
This story continues.
ありがとうございました。
出来立てほやほやりん☆をお届けいたしました。
満足していただけるといいのですが……。
では!