不意打ち
俺はあわてて艦橋内に飛び込みエレベーターなどを使わずに階段で駆け上がった。
興奮でアドレナリンがどくどくで疲れなんか感じない。
中枢部が低いところに設けられていることもあり
あっという間にシンファクシのところにたどり着いた。
ほとんどドアを蹴破るようにしてこじ開け中に飛び込む。
「負傷者は!?」
この戦艦の副長らしき人物とオペレーターが激しい会話をしている。
「およそ二百……!」
オペレーターは苦痛に顔をゆがめるとそばに立つ副長にそう伝えた。
「なんてことだ――!」
副長は小さく唸り爪を噛む。
短く刈り上げた頭に申し訳ない程度に帽子が乗っている屈強な男のしぐさとしては
何か少しかわいいものだと思ってしまった俺はもう末期なのかもしれない。
「ダメージコントロール!
各班、状況を知らせ!」
金髪を乱してシンファクシがもう一人のオペレーターに怒鳴っている。
それでも液晶に添えられたディスプレイからは目を離さない。
液晶には簡略化したヴォル二ーエル全体を示した図が投射されていて
その図の一部が赤く染まり、点滅している。
あのミサイルが命中した被害箇所であることは一目瞭然であった。
状況知らせ、の合図を受けた各班から艦橋内に膨大な報告が飛び込んでくる。
副長はそれを冷静に図に書き入れてゆく。
『艦首イージス放出口一から六まで大破!』
「艦首イージス一から六……と」
図は一旦消え、変わりに艦首の図がクローズアップされた。
炎上中を示す火のマークと共にぱっと見て十ある丸いやつの内六つが
破損、機能停止を示す赤で光っていた。
『左舷一から四、六、過負荷率限界!
煙を吹いています!』
「左舷……一から四、六……と」
副長はさっきと同じように左舷をクローズアップさせ赤を眺める。
「五が生きているのが幸いか……!」
唸るように五番イージス放出口をにらむ。
『艦尾放出口一から六まで大破!
出力が落ちています!!』
今度は艦尾……。
ずれた帽子を直して副長は艦尾をクローズアップした。
『艦尾班からブリッジ!
浸水停止、量およそ四百!』
「よくやった!」
水滴のマークが消え、さっきからうなぎのぼりに増えていた数字は四百で止まった。
艦尾は比較的被害が大きいようだ。
「機関は!?」
それを思ってか機関班にシンファクシは叱りつけるように無線に言葉を叩きつけていた。
機関は船の心臓。
やられたら終わりだ。
『損害なし。
全力で行けます!』
シンファクシは安堵の息を漏らして椅子に崩れ落ちた。
頭に手を乗せて汗を拭う。
視線をうつろに図に移したときにようやく俺に気がついたらしい。
「レルバル少佐どうした?」
しゃきっと元に戻って俺に報告を求めた。
なぜ俺がここに来たのか、言わなくてはならない。
「元帥、連合の超兵器が三隻……」
順序を持って話したかったが俺は口下手。
なんかわけの分からん感じになってしまった。
後悔の波が襲ってくる。
元帥はああ、と小さく唸ると後ろのレーダーを指差した。
ノイズ交じりの大きな光点が三つ光っている。
「それはさっきレーダーに捕らえた。
攻撃してこないところを見ると何か用事でもあるのだろう……」
用事?
イージスが無くなって丸腰のだというのに?
考えが深くなってゆく。
罠じゃないのか、元帥。
シンファクシは椅子の上で髪にカチューシャをはめていた。
前髪がうっとおしくて仕方ないらしい。
オペレーターが耳からヘッドホンを外してシンファクシに叫んだ。
「元帥!
通信が入っています!
場所は――敵超兵器です!」
ほら来た、とシンファクシは俺に目で伝えると
「回せ、映像は拒否してな」
机の上にある一つの小さな受話器を取った。
耳にはめるタイプのやつだ。
艦橋内に放送を垂れ流しにするためシンファクシはパチンと小さなスイッチを押した。
朝日の立ち込める中でその緑色の光が異質な光を放つ。
《こちら連合郡超兵器、クシムデスだ。
帝国郡超兵器の艦長か?》
男の声だった。
いきなり無礼な呼びかけ方だ。
「ああ」
いや、あんたは元帥だろ。
案の定シンファクシも少しカチンと来たようで乱暴にマイクに返事を吹き込んでいた。
《これは美声……。
はじめまして、私はシフエです。
いきなりですが本題に。
私たちはあなた方を死なせたくはない。
どうです?
降伏しませんか?》
シンファクシは目配せをした。
俺に紙とペンをもってこいと合図している。
映像通信を封じた一つの理由がこれだろう。
「降伏だと?」
オペレーターから渡された紙とペンをシンファクシに渡す。
こうやってひそかに策を練ることが出来るからな。
相手にこちらの動きが筒抜けだとそうはいかない。
《そうです。
あなたはの声は美しい。
決して悪いようにはしません》
声フェチかってぐらい声にこだわってんな、この人。
頭が幸せにも程がある。
「成分――お――まし――」
艦橋にひそひそと入ってきた男がそっと紙にペンを走らせているシンファクシに耳打ちした。
声フェチの敵が五月蝿くて何を言っているのか聞き取れなかった。
「私が……?
何を言っているんだ?」
くしゃくしゃとベルカ語がかかれた紙は俺が読む間も無く副長に渡された。
副長はそれに目を通しさっとシンファクシを見るとPCに何かを打ち込んだ。
《そのままの意味ですよ。
あなたは私が聞いてきた中でもトップを争う美声だ。
海の藻屑としてしまうのはもったいない》
ねっとりと耳に絡み付いてくるこの声は俺からしたら鳥肌物だった。
もう映像を見なくても脂ぎった中年の親父が頭に浮かぶ。
おなかは出てるだろ、多分。
一日中艦橋内でラーメンすすってる、そんなイメージの声だ。
と、さっき「成分」と言っていたが何だったんだろう。
あの男は今も長々とシンファクシに耳打ちして……あ、今終わったのか。
一礼するとドアから出て行った。
「……分かった。
私も部下の命が惜しい」
そこまで俺達のことを……元帥!
一生あなたについていきます!
《……では?》
「降伏するとしよう」
は!?
いきなり覚悟をへし折られた。
折るどころじゃないわ、ぶち砕かれたわ。
「げ、元帥何を……むぐ」
「落ち着いてハニー♪
これは一つの作戦だよ♪」
この声……。
俺がシンファクシに詰め寄ろうとしたとき、セズクに口を抑えて抱きかかえられた。
作戦?
《まずハンザ一家を渡してもらいましょうか?
裏切り者には即、死を。
これは掟ですから》
無線はあいからわず気持ち悪い。
掟とか言ってるよ。
何時代だ。
「了解した」
シンファクシは完結にそういうとマイクのスイッチを切った。
《おい、マトルデス。
艦尾から近づいて回収だ》
敵の無線だけは筒抜けに聞えていた。
マトルデスとやらの艦長はその命令に従う。
《了解しました》
距離にして約五百からゆっくりと近づいてくる一機の超兵器。
あれがマトルデスだろう。
ヴォルニーエルと比べてはるかに小さいがそのまがまがしさは引けを取らない。
「マトルデス――炎神……か」
小さく呟き口の中にざらつきが残るのを感じた。
ベルカ語で名前をつけたのは何でだろう。
「元帥、ただいま。
今見てきたけどアレはベルカの遺産じゃない。
連合郡の創りあげたただの空飛ぶ戦艦みたい」
「うわっ、メイナ!?」
急に背中の後ろで声がしたせいでびびって飛び上がった。
窓からすっと入ってきながらメイナが小声でシンファクシに言ったところだった。
お前どこから入ってきてるんだよ。
びっくりさせるんじゃないっ。
「そうか、よし。
分析と結果は一致しているな」
「そのようです」
副長は報告紙とメイナの報告を聞き比べて総合的に判断した。
ベルカの遺産じゃない……?
つまりあれは連合郡が自分の技術で作り出したものだってことか?
超兵器技術を持ち、超兵器を作る……。
そのことって連合郡にとってすごいことじゃないのか?
世界にとっても――だけど。
ベルカの技術を完全に把握したってことでいいんだろ?
「メイナ、それって……」
「大丈夫。
あいつらは意味も分からずにコピーしただけ。
出力も安定してない、使えない機関を――だけど」
「じゃあベルカの技術は完全には漏れてないってことか?」
「うん」
……こればれてたら攻撃されるぞ。
きちんとマイクは切れているんだよ……な?
念のため確認する。
切れてるわ、さすが元帥。
メイナとの会話を打ち切りヴォルニーエルの図を眺める。
黒煙は大分収まってきてはいるようだがやはり赤い損傷マークが痛々しい。
《おし、艦尾にたどり着いた。
ハンザ達を出せ》
急にスピーカーを震わせたのはやる気のなさそうな女の声。
やる気出せよ。
「出すよ。
それと……これはその前菜だ。
もらってくれるだろう?」
いきなりシンファクシはマイクにそれだけ完結に吹き込んだ。
何をするつもりなのだろうか。
前菜?
《は?
前菜?》
俺もあんたと同じ考えです。
前菜ってなんじゃ。
メインディッシュの前に食うあれだよな、前菜。
シンファクシはマイクのスイッチを切ると
「撃て!」
と命じた。
反射的に後ろの窓を振り返る俺。
そこには一隻の炎神がよろよろと危なげに漂い艦尾上空にて静止していた。
「敵にイージスの展開は認められていないよな?」
副長がそばのオペレーターに問うている。
「は、ありません」
オペレーターは指を立てて安全を意味した。
ヴォルニーエルにも弾道レーザーはついている。
あのなぎ払う奴な。
その巨大な発射口が次第に光量を増してきたようだった。
「充填率八十%……」
《敵超兵器に高エネルギー反応!
弾道レーザーかと!》
「発射!」
《マトルデス避けろ!》
ヴォルニーエル艦尾の上に鎮座する一隻の超兵器を極太レーザーが貫通した。
下から伸びてきた光線は避ける間も与えずマトルデスの命を狩った。
《な――!》
敵は絶句して黙り込む。
中央を抉り取られた敵超兵器は艦尾から後方二百メートル付近にその身を沈めた。
しばらく浮いていたが黒い煙をぽっぽっ吐く。
と思うと大きな水柱を立てて真っ二つにへし折れた。
海に長く尾を引く鉄の切り裂かれる悲しみの声。
《嘘だろ……?
おい!》
弾薬庫にでも引火したのだろう。
天にまで届くほどの水蒸気爆発を残して海面はまた静に戻った。
《謀ったな……!》
さきほどまでのねっとり声はなくなっていた。
焦りと怒りが身を包み、窒息しそうなほど締め付けられている。
そういった感じの声だった。
その声に対してシンファクシは冷静に
「謀るもなにも……。
我々は攻撃しないとは言っていない」
と返した。
敵がスピーカーの後ろで息を呑むのが分かった。
《降伏する――の意味を分かっているのか!?》
こればっかりは敵が正しい気がしてきたわ。
「我々は敵同士だ。
戦争にはルールなんてない。
どれほど敵を喰らい、どれほど自分を生き長らえさせるか。
そこには憎しみは生まれても消して妥協などは生まれない」
《っ……!
この野朗………!》
「そういうことだ。
連合郡には我々帝国郡全員が強い憎しみを抱いている。
憎しみは憎しみしか生まない……なんてあくびが出るような理論を振り回し
平和を望むようなやつもいると思うが。
世界を見ろ。
例えば二つの国が憎しみあっていて軍事関係で対立していたとしよう。
どちらかがその関係で軍事関係を縮小したらどうなる?
たちまち片方に攻め込まれ、滅ぼされるに決まってる。
ライバルは少ない方がいいからな」
シンファクシは受話器を半ば耳から取り外していた。
敵の声などもう聞きたくはない、といった感じに。
《あの超兵器の艦長は……!
俺の妹だったんだぞ――!》
あのやる気のなさそうな声の人か。
「そうか。
そいつは残念だったな」
シンファクシはさらりと受け流し戦闘命令を下した。
三回ブザーが鳴り響き兵士達が所定の位置につく。
《貴様らは……我々が沈める!
その美声が恐怖に歪む様、聞かせてもらおう!》
「ふん。
勝手にするがいい」
ぷつんと音声が途切れ、シンファクシは受話器を乱暴に机の上に置いた。
元帥、かっこええ……!
「さて、奴らが来るぞ。
総員戦闘準備を早く!
急げ!!」
This story continues.
ありがとうございました。
やばい、シンファクシ元帥が悪に見える。
まあ警戒を怠った方も悪いのです。
では。