背筋が凍る思いだぜぇ、ふぅははぁ。
「えへへじゃねーんだよっ!
俺が死んじまうっ!」
せせら笑うシエラに小さく突っ込みを入れつつ下界に目を凝らす。
煤が空気と共に舞い上がり炎の赤のグラデーションが映える。
「別にいい」
少し考えてからさらっとシエラは俺に笑った。
その笑顔はまぶしいものだ。
最終兵器だってのにそんな顔するんだな。
「……………ひどいな、あいからわず。」
俺はぷいっと彼女の顔を見ないようにしてふてくされた。
まったくもってひどい。
はじめてあの遺跡で出会ったときといってることがまるで違う。
心変わりか。
お兄さんはかなりさびしいよ。
ちくりちくりと悲しみを心に下を探しつくす。
「見落とさないで」
「分かってる。
シエラもレーダーちゃんとやれよ」
「え……分かった!」
元気だな、急に。
どうした情痴不安定か。
「何が分かったんだ?」
「レーダー使うってこと」
「え………」
もう、何で――こう。
おーばかさんなんだろうか。
楽しいからいいけど、こういうときぐらいはまじめにだな……。
ブツブツ口に出さないように愚痴を垂れる。
と、校庭でちらりと何かが動くのが目についた。
やや、これは報告申し上げつかまつるぞ。
「おい、シエラ、あれ!」
「……パンソロジーに反応。
生き物ではあるみたい」
唸りつつ最終兵器は報告した。
あるみたい……って?
「形は?」
「丸」
丸?
聞き間違えたか?
丸い生物って何がある?
こたつの上でまるまるくなる猫?
「もっかい言って」
「丸」
聞き間違えじゃない――だと?
じゃあなんだ。
丸って何だ。
「丸って……や、とりあえず見に行こうぜ」
掴んでいる手をぱしぱしと叩いた。
「生き物なら助けてやりたいし」
「分かった。
どのへん?」
最終兵器は眠たそうに位置を聞いてくる。
頭に霞みでもかかってんのか。
「あのあたり。
あの赤いところ、まだ燃えてないところあるだろ?」
校庭の隅にあるまだ火が届いていないところを指差した。
「わかった。
そこに降りればいいだろ?」
何かこえーよ、その言い方。
いつも昔にくらべて表情は豊になってきたから分かるけど
昔の無表情のままだったら怒ってるようにしか聞えないよ……。
「よっ……と。
どれだ?」
地面に足がつくやいなやシエラに聞いた。
「あれ」
そっと人差し指を向けた先に
「にーにー!」
可愛い鳴き声のその物体がぴょんぴょんはねていた。
おやおや……。
その物体は大きく飛翔すると俺の肩に飛び乗った。
軟らかい。
「ルファー?」
「にー!」
……すっかりこいつの存在を忘れ取った。
がっつりと頭から欠落していた。
よく生きてたなぁ。
生きてるのがすごいな。
――でもこいつシエラと同じ細胞から……。
いや考えるのはやめておこう。
俺の肩に乗っているのも最終兵器だなんて考えたくない。
ESSPX細胞なのは分かったけどもうあれだ。
うん。
バイオテクノロジーってすごい。
「よーしよし」
ルファーを上からつまむ。
プリンのように軟らかい。
「にーにーっ」
すりよってくるルファーの頭をなでなで。
「波音。
ペットはいいけど詩乃を探すのが先」
シエラは冷静にルファーを触った。
「あ、軟らかい――!」
「だろ?」
少し笑みがこぼれた最終兵器ほどほほえましいものはない。
や、アリルには敵わんけど。
いや前言撤回。
両方かわいい。
優柔不断な俺はまじでアホだ。
「ぷにぷに」
「おい、おい。
お前詩乃を探すって言ってただろうが」
触るのに夢中のシエラに注意する。
するとその言葉を聴いていたかのように
「にー!」
シエラに触られながらルファーが肩ではねていたかと思うと地面に降りた。
ボールみたい。
地面に落ちたショックで少し弾んでやがる。
「にー!」
丸が下を指した矢印に変わる。
そういえば変形するんだったな。
ESSPX細胞の塊だもんな。
矢印が下を向いているってことは何かを発見したってことだろう。
ひょっとするとこの下に人がいるのかもしれない。
「シエラ」
「……いる。
一人、奇跡的な組み合わせで隙間に納まってる」
「瓦礫、飛ばせるか?」
ここは校舎の壊れた瓦礫が積もる場所だ。
人以上の大きさがあるのがごろごろしてる。
俺はシエラにどうぞのポーズで場所を譲り渡した。
「まかせて」
シエラは右手を差し出すと瓦礫が何かに弾かれたかのようにそれだけで吹き飛んだ。
吹き飛んだ瓦礫はまだ少し形の残った校舎に刺さる。
コンクリートとコンクリートがぶつかり破片が飛び散る。
「まだもうちょい」
ルファーはまだ下を指している。
次々と飛ぶ瓦礫が次第になくなり、校庭の土が見えてきたときだ。
「いた!」
黒髪が目に入った。
あわてて瓦礫の隙間から助け出し顔を見る。
「詩乃だ!
いたぞ!」
あらかたどこら辺にいるのか分かっててよかった。
実行委員なんてこのテント周辺にしかいないからな。
「おい、しっかりしろ!」
大きなお声を出して詩乃に呼びかける。
このときゆすったりはしない。
逆に悪化させたりしたら嫌だし。
何よりにわかの治療は死に繋がることもあるからだ。
「は……のん?」
頭を打ったのか血が出ている。
詩乃の頭を支える方の手はもう血でぬるついていた。
あわててシエラに詩乃を預け
「はやく詩乃をヴォルニーエルへ!
俺はもう少し生存者を探してみる!
あとメイナ呼んで来て」
命令を下した。
頼んだぞ。
「分かった」
最終兵器は丁寧に詩乃をイージスに包んで持ち上げると光の尾を曳きながらヴォルニーエルへと飛び去った。
「あっつ……」
周りから迫る熱がすぐに来た。
シエラの飛び去ったとは肺を焦がすような灼熱の空気が体を包む。
空へと立ち上る黒煙を下から見上げるのは何かものおかしい。
こういう光景、見たことがあるな。
昔おっさんが作ったゲームのような景色が目の前にありありと浮かんでいた。
今考えてみればあれ、結構よく出来たゲームだった。
「誰かいませんかー!
誰かー!!」
「にーにー!」
大声で周りに呼びかける。
返事の代わりに風がごうと唸り俺の服を少し焦がした。
鼻を突き、むせ返る臭い。
思わず咳き込み、胸を押さえた。
「誰かっ――!
誰か……げほっげほっ……!」
誰でもいい。
返事してくれ。
同級生なんて贅沢は言わない。
どこにでもいそうなおっさんで構わない。
だから……。
「誰か……」
「にーにー!」
肺に潜り込んだ煙は何度も俺の咳を引き起こし大声を消してゆく。
しぼんだ肺が空気を取り入れようと膨らむもまた煙が入り込み咳を誘発する。
次第に息がつまってきた。
膝をついて空気を求めて口を開ける。
「だ、だ……ごほっ」
だんだん目の前が暗くなってきた。
酸素が足りない。
周りで燃え盛る火のせいだ。
シエラに命令して、えらそうにしていたから罰が当たったのだろう。
諦めかけた俺を蹴り飛ばすように急に空気が冷え、ゆっくりと迫っていた火が爆風に吹かれ、消える。
それと同時に煙なんかもかき消され急に息がしやすくなる。
「お待たせ~」
メイナがすとんと降りてきた。
短髪が揺れる。
シエラの同じ赤紫の瞳が煤まみれの俺を映した。
「ありゃ、やっぱりすごいねぇ……。
私のレーダーに映ってる人影をみても……」
メイナは髪をかきあげながらふっとため息をついた。
ルファーが跳ねながら矢印から丸に戻り俺の肩に乗りなおす。
「生きている人はもういないねぇ」
逆に詩乃が生きていることが奇跡だったってことだ。
メイナが差し出してきた手を掴み立ち上がらせてもらった。
小さくお礼を言ってから
「よし、もういいだろ。
……帰ろう」
足元にあるものを見ないようにしてメイナに伝えた。
冬蝉や彗人兄さんは……。
死んでしまったのだろうか。
今は――考えたくない。
足元に転がった焼け焦げた肉の塊を見てそう感じた。
手の形だったのだろう、恐らく。
動物などにはないであろう細く鋭い骨の除く肉……。
「あまり見ないほうがいいと思うよ?」
やんわりと注意してくる。
「……ああ」
メイナのイージスがなかったら俺はこの仏と一緒に転がることになるだろう。
成仏してくれよ……。
「行こう」
火の勢いがまた増してきた。
メイナに捕まり上空で待つヴォルニーエルへと飛ぶ。
ヴォルニーエルのイージスは解除されていたためそのまま甲板に降り立った。
そこからまた俺の街を見下ろした。
赤一色に染まる街。
……連合郡め。
俺の家があったはずの場所はぽっかりと大きな穴が一つ開いているだけだった。
部屋の中にあったはずのたくさんのゲームやCDなんかを思い出して少し憂鬱になる。
唯一の家族との思い出の場所。
それが一発の爆弾で吹き飛んでしまった。
涙が出る領域を超えてなんか呆れた。
軍服を着て甲板をかける兵士達は皆勝利にわいている。
俺はその兵士達の間を潜り抜け歩く。
一人だけ、なんだか惨めだった。
「ねぇ、波音。
部屋に行かない?」
俺の隣を歩いていたメイナがくいっと手を引っ張った。
部屋……。
シンファクシが俺に与えてくれたあの部屋か。
見ておいても悪くはないよな。
「行く。
仁もいるんだよな?」
誰かと話していないとやるせなかった。
今度は飛ばずに歩いて艦橋までたどり着いた。
その艦橋の根元に新しく付け足されたっぽい扉をこじ開け、中に入る。
鉄の臭いが鼻をつまむ。
それを我慢して手すりのついた階段を下った。
「ほら、開けるよ?」
「おう」
メイナが十五ケタほどのパスワードを入れると軽いメロディーと共に扉のロックが外れた。
「Hignea」(どうぞ)
ベルカ語でメイナは俺に譲るしぐさを見せた。
たいした気遣いだ。
扉を開き、中に入ると戦闘艦とは思えないほど綺麗な廊下に出た。
しかも結構広い。
「へぇー、中はこんなんになってたんだぁ。
私は何度か超兵器の中に入ったことあるけど
ここまで綺麗なのは一隻だけだったよ」
メイナがきょろきょろを周りを見渡しながら飛び跳ねた。
テンション上がってますな。
確かにいつまでも俺のようにセンチメンタルにいるのもどうかと思うが……。
切り替えの早さには本当に驚かされる。
「おーい!」
後ろから声が聞えたから振り返ると仁がいた。
ぴょんぴょん跳ねている。
ウサギか。
「よぉ、仁」
俺はつかつかと早歩きで仁に近づきヘッドロックをかます。
「ぐぇぁ」
「仁ー!」
泡を吹いて倒れた仁をあわてて助け起す。
そこまで行くとは思わんかった。
すまねぇ。
それにしても……。
「よく生きてたな」
仁は「いてて」と呟きながら
「いやぁ、もう駄目かと思ったんだけどよ。
セズクが助けに来てくれたんだ。
な?」
俺の後ろにいるセズクに目配せした。
いつの間に。
「ああ♪」
俺が振り返ったときには既にホモ野朗はぴったりと俺に密着していやがった。
「ひゃっ!?」
また後ろから抱きつかれた。
おまえなぁ……。
「離せ、気持ち悪い」
嫌悪を込めた言葉をぶつける。
だが蛙の面に水。
まったくもってケロとした顔でセズクは俺の耳に息を吹きかけてきやがった。
ぞくぞくっと鳥肌が立つ。
ちなみに今のは、蛙とケロをかけている。
お気づきになった方も多いと思う。
「落ち着け、バカ」
「大丈夫、落ち着いてるよ♪
僕はいつも冷静に興奮しているだけで」
それ駄目な感じだー!
「お前、バカだろ、本当にッ!」
それにしてもこいつの怪力は何とかならないのか!?
廊下でもみ合ってると(喧嘩的な意味で)邪魔だろうに。
「やだなぁ♪
そんな事と言っても体は喜んでそげぶ」
とうとう見かねたメイナがセズクを蹴り飛ばしてくれた。
すっとんだセズクは壁にぶつかり轟沈する。
本日二回目じゃないか?
「詩乃をつれてきた。
それに……」
俺がセズクを横目に仁に話しかける。
ここまであったこと、全て話しておかないと。
口をまた開いたときだった。
また背筋を凍らせるような声が……。
「波音君っ!」
This story continues.
ありがとうございました。
波音アホの子でした、やっぱり。
次回、アリルさん登場。
そしてヴォルニーエルはアフリカへ……。
さてどうなるのやら。
では来週をお楽しみに!