迷い
男は俺を見ると「ふん」と笑った。
力なく銃をおろしてしまった俺に男は一気に間合いを詰めてくる。
そのスピードを借りて足を振り上げた男は
強烈な蹴りを俺の顔めがけて放ってきた。
「――!」
条件反射、と言うしかないスピードで何とか左手でガードする。
「ほう……?」
「いっつ……」
男の蹴りの力に左手の関節が悲鳴をあげる。
すまないが、そんなこと構っている暇なんてない。
刺すような痛みが来る前に、右手で男の顎へ一発叩きこんだ。
確かにそこにあったのは命中――だったのだが、さすがはモドキ。
素早く体ごと引っ込めてパンチの衝撃を緩和する。
素早く三メートルほどの距離を開けてまた男は口を開いた。
中の口が赤い。
「もう一度だけ言うぞ。
銃を取れ、レルバル。
でなければ……貴様は死ぬ」
「…………」
このモドキにも家族とかがいる――はず。
一人ぐらい泣いてくれる人がいるはずだ。
そう考えてしまうととても戦う気持ちなど起きなかった。
「へたれだなぁ、おい。
俺が殺した鬼灯の男のように」
男がさらっとそういった時も怒りすら出てこなかった。
やっぱりか。
こいつか。
そんな二言だけしか頭の中を回らなかった。
「この男もお前と一緒だったよ。
人はあまり殺したくない……とか。
偽善者にも程があるってもんだぜ。
その偽善の下では何人もの人が死んでいるっていうのにな」
俺は銃を握ってはいた。
だが使う勇気がでなかった。
今撃てば確実にこいつの息の根を止めることは出来る。
「連合と帝国の争いに首を突っ込んだんだ。
いつか、殺されることぐらい分かっていたんだろう?」
「………………」
べらべらと話しやがって……。
胸糞悪い野郎じゃねーか……。
「そもそも……だ。
貴様は人を殺さない――とか言っておきながら。
銃を握っているじゃないか」
「………………」
「――沈黙、か」
にたにたと狂気の色を放ちながらしゃべる男。
今なら――殺せるか?
やるしかない……。
でなきゃ、俺が……殺される。
握りすぎて生暖かくなった銃のグリップを握る手に力を入れた。
この銃口を男に向けて、引き金を引くだけ――。
「じゃあ、死んでもらおうか?
あばよ、腑抜け」
笑う男の後ろから何かが襲い掛かった。
金の閃光のようなスピードで。
「うおっ!?
ちっ、貴様!!」
「………………!?」
輝くパツキンのイケメン。
「うるさいよ♪」
一筋の太刀筋が男の首を横切る。
外の炎の赤で輝く金髪。
それを赤に染めて、セズクは――命を刈り取った。
ごろんと首が転がり、血雨を降らすかのような勢いで首から赤が噴き出す。
「ごめんね、ハニー。
待たせちゃったね?」
はたたっ、と血が滴る右手の刀を普通の手に戻しながらにっこりと笑うその顔が、今は怖い。
頬についた血をふき取ろうともせずにセズクは俺に手を伸ばしてきた。
血のついていない、左手の方だ。
「立てるかい?」
セズクの手を取った瞬間に、涙がボロボロこぼれてきた。
緊張感が涙を止めていたんだろうか。
その緊張をセズクが排除してくれたおかげでダムが壊れたように涙が出た。
「う……うぅ……」
「ど、どうしたんだい?」
情けない話だ。
自分でとめようとしても止まらなかった。
おっさんが死んだ……。
それが俺のせいかもしれない……。
「うっ、うわぁああん……」
セズクはきょとんとしていたが、泣きじゃくる俺の肩を叩いた。
ぽんぽんと、はじめは遠慮がちだったが
最後には背中をなでてくれた。
「大丈夫だよ♪
誰も波音を責めてやいないんだから」
「うぅ……うあうぅ……」
もう日本語にすらなっていない音の高低で何とか返事らしきものを搾り出す。
何も伝わっていないだろう。
でも何かをこうやって伝えるしかなかった。
伝えたかった、自分の思うことを。
おっさんという親が死んだこと。
それによりふと、あることを悟ったことを。
「波音……?
大丈夫……なのかい?」
俺の顔を無理やり上げさせ、セズクは心配そうに覗き込んできた。
「……うん」
まるで俺が幼児みたいじゃないか。
生意気なところも、今ばかりはとても出す気にはなれなかった。
減らず口もたたく気になれなかった。
「アリルは……?
仁、詩乃は……?」
急に思い出したように心配になったのは友人のことであった。
鳴いたカラスがもう笑った、とそんなスピードで俺はセズクに聞いていた。
セズクはさすがに少し驚いた顔をしたものの
「みんな無事だよ♪
さあここから出よう?」
と、俺の髪の毛をくしゃっと撫でた。
セズクに手をひっぱられ、立ち上がった。
さっきまでの俺の心を見透かしたように、セズクは言ってきた。
「波音……、自分がおっさんを殺した……とか思っているんだろう?
自分が産み出した連鎖がおっさんを作り出しそれがおっさんを巻き込んだと。
そう思っているんだろうね?」
ふふっと口の端を上げて、やさしく微笑むセズク。
まるで俺の心を読んだかのようにそのまんまである。
こいつは本当にすごいなぁ。
顔か?
顔に出ているのだろうか?
「それは僕がはっきりとここで否、と否定させてもらうよ?
波音自身の手で人を殺さなかった。
ならそれは無実で白なんだよ。
その辺を歩いている爺にだって誰かを殺したことになる。
だから波音。
自分を責めるなんてバカなことしちゃ駄目だよ?」
一気にセズクは俺にそう言ってくれた。
めったにべらべらとしゃべらないこいつがここまでしゃべるなんて。
心がすっと軽くなった気がした。
ひとまずありがとう――だな。
「立てるかい?」
「……うん」
セズクの手をとり立たせてもらう。
本の間に埋もれるようにして倒れているおっさんは
思ったより安らかな顔だった。
なぜだか知らないが少し笑っているような気がしないでもない。
そう思いたい。
俺はおっさんに笑いかけた。
「――ここまで俺を育ててくれてありがとう。
さようなら、おっさん」
これだけでいいだろう。
おっさんは余り複雑な挨拶は好まなかったからな。
セズクの手に捕まって窓の外を見る。
すっかり爆撃はやんでいた。
だが妙な明るさがある。
赤や青の、力強い光だ。
恐らく、超兵器――。
それもとても大きな。
「ヴォルニーエルが来てるのか?」
それはもうヴォルニーエルしかありえないだろう。
星夜楼だ。
全長一キロを軽く超える巨大戦艦。
「ああ。
僕が呼んだんだよ♪
シンファクシは嫌がっていたけどね。
連合郡本部を直接攻撃できるって言ったのさ」
セズクにつれられて所々崩れた階段を下りる。
「そこ、気をつけてね♪
崩れてるよ?」
「お、おう」
階段の窓から見て判断したのだが超兵器はぼろぼろの街をその巨体で守っているようだった。
ビルの入り口から走って出たとき俺はびびって一度足を止めた。
ビルの中からじゃ見えないことが見えたからだ。
爆撃は止んだんじゃなかった。
まだ続いていたのだ。
だがその勢いも衰えつつあったのは確かだった。
大量の爆撃機が超兵器からのレーザーでぶち抜かれてゆく。
目に残るあのオレンジ色の光は光波共震砲といっただろうか。
それが空を覆うように飛んでいる爆撃機を次々と叩き落していっている。
舷側に着いた高角砲のような形の砲台から光が出るたびに一機、また一機と死鳥は落ちていく。
超兵器をこんな近くで見るのは初めてだった。
船底にもびっしりと砲台がついている。
軽く四十メートルを超えそうな砲塔の砲身は、焼けたように赤い光を放っていた。
超兵器の船底にはそれだけじゃなく奇妙な模様が刻印されていた。
シエラやメイナの翼にもあるような。
幾何学模様だ。
それは見るものの頭に恐怖をこびりつかせるものだった。
「武装も稼動してる……。
ってことはイージスも張れるってこと?」
味方なら……安心だ。
シエラでもいない限り落とせないだろう。
「そ♪
ただ、あの超兵器にはまだ謎が多くてね。
まず第一に艦橋が狭すぎるというか………。
もともと一人だけしか乗れないようになっているというか……」
と、セズクが話しはじめたとき、横にシエラが下りてきた。
こいつもまた血を頭からたっぷりかぶったみたいな格好をしていやがる。
「生きてたか」
「ああ」
血で染まった恐怖神。
これも俺を守ってくれている、そのための血。
「生きてたか……って、まるで俺が死ぬと予想したみたいな?」
「…………」
「無視かよ、おい」
俺がしっかりしなくてどうする。
人を殺したくないのは当然だ。
だけど、俺は。
連合と帝国の争いに首を突っ込んでしまった。
顔ももう割られている。
またいつ襲い掛かってくるか分からないのだ。
そういえばずっと前セズクは言っていた。
『何かを守るには何かを失う』
みたいな事を。
俺はアリルを守ったからおっさんを失ったのか?
とにかくシンファクシに報告しよう。
ありのままを。
そしてからでも遅くはないだろう。
守りたいものを守る方法を考えるのは。
「『騎士団の栄光』……か」
御伽噺の題名を空に浮く星夜楼にそっと呟いた。
This story continues.
ありがとうございました。
がっつりと遅れてすいません。
でも、何とか。
ぎりぎりセーフで滑り込みました。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。