お主の罪じゃない
「っと、これおいておかないと」
ふと思いついて金庫の中から出てきたばかりなのにまた中に戻る。
トランクの中から超光学記憶媒体にそっくり偽物を取り出した。
ケースから本物を取り出して偽物を中に入れてもとの場所に置く。
「これで私の罪も……」
アリルがほっとため息をつく声が聞える。
ポケットに増えたかすかな重みを感じながら俺は金庫から出た。
「正直俺はアリルに罪なんてないと思うぜ?」
金庫の扉を閉じてまた元のようにロックをかけた。
これでまたしばらく時間を稼ぐことが出来る。
「え……?」
ポケットとりだしたチップをトランクに突っ込みながらアリルを俺は見上げた。
「アリルに罪なんてないって。
俺はそう思う」
腕時計で時間を確認した。
三時。
まだ家を出て一時間しかたっていないのか。
「波音君……」
はっとしたような目つきになった顔にでこぴんをした。
「いたっ……」
「いつまでもそんなこと考えるなよ。
話した俺も悪かったかもしれないけどさ。
そんな自分を責めることじゃないだろ?
お主のとーちゃんがやったことをお主が償う必要なんてないよ」
「な?」とのんびりと言い放つ。
アリルはしばらく考え込んだように顔を伏せると
「……じゃあ今から通報します」
おい。
冗談でもそれはやめてくれ。
「それだけは勘弁してくれ。
――よし、終わり。
さっさと帰りたいぜ」
俺はトランクのロックをぱちんと閉じた。
よっこいしょっと、トランクを持ち上げる。
「私が連れて行きますよ。
お父様とお母様は地下でしょうし……ね?」
あらやだ、アリルさんったら悪い顔。
直接的に泥棒の逃走をお手伝いしてくれるというわけだ。
「頼む。
間違いなく俺は迷う」
兵士の服装に乱れがないかしっかりとチェックする。
「じゃあついてきてくださいね?」
無言で頷いた。
トランクがなぜかずっしりと重くなったように感じる。
「――なんていうか、ありがとうな。
今日は」
歩き出してしばらく俺もアリルも話さなかった。
その沈黙に耐えれなくなったから話しかける。
「いえ……」
「――…………」
会話終了。
ますます重くなったように感じるトランクを窓の外に投げ出したい気分に駆られた。
気まずいんだよ。
結局それだけの会話だけで玄関まで来てしまった。
なんで急に黙ったんだろう。
「玄関に着きました。
波音君が乗ってきた車ですがおそらく兵士達が確保しているはずです。
そこでですね……」
アリルはぼそぼそと俺に案を公開した。
確かにそれで行けば万事OKだな。
流石だ。
「じゃあそれで」
「お疲れ様です」
俺はアリルの隣に立って俺が乗ってきた車のところまでやってきた。
あのクソ長い階段はリフト使ったよ。
あれ使わないと足が棒に変化するまですぐだ。
「おう」
すごく体つきのいいおっさんが目を光らせて俺を隅から隅まで眺める。
少し体が震えた。
「ふーむ……」
何かを考えるようなしぐさをした後
おっさんの目は俺から離れアリルを見た。
その瞬間にするどい目つきがまん丸になった。
「お、お嬢様!?
一体どうなさったので!?」
その声を聞いた車を囲っている残り三人の兵士もおっさんの隣に整列した。
敬礼をす四人を前に
「この車はこの兵士が連合郡本部まで持っていくそうです。
ので、出してやって欲しいと思いまして……」
アリルは正々堂々とおっさんに命令した。
「わ、分かりました。
おい」
おっさんが顎でくいっとすると三人の兵士は車のタイヤに押し込んであった止め具を外した。
「どうぞ」
俺はトランクを持って促されるがまま車に乗り込んだ。
「では、後はお願いしますね」
アリルは運転席の窓から話しかけてきた。
その顔はいたずらに笑っている。
月が背後に浮かび、金髪がきらきらと輝いていた。
――綺麗だ。
これが俺の彼女だってんだから鼻の下を伸ばさずにはいられないな。
「はっ、了解しました」
頬が赤くなったのを悟られないようにして車のエンジンをかけた。
おっさんたち、四人の兵士にも敬礼をしてアクセルを踏む。
静かに走り出した車のミラーにどんどん小さくなっていく五の人影がテールライトに赤く浮かんだ。
がたがたといろんなところに乗り上げながらも車を自分の家の前に止めた。
「うー、疲れたー」
腰を叩きながらトランクを座席から引っ張り出す。
この中だ、いつおっさんに届けるかな。
「おっかえりーっ!!」
夜中にふさわしくないホモ野朗の声が玄関の扉から発せられた。
本能的に身を曲げた俺の前を一枚の扉が通過する。
本当にぎりぎりの場所をだ。
例えるなら……うー……。
赤点が四十点だとして四一点取ったみたいな。
そんなことよりこいつだ。
なんでドアの開け方を知らんのだ。
「ただいまー」
俺は通った瞬間に破れたであろう服の裾を引っ張りながらただいまの挨拶を言った。
「おかえりー!」
ほほえましいセズクさんの笑顔に吹き飛ばされた扉は虚空へと消えていった。
多分地球の裏側まで行ったんじゃないか?
人工衛星真っ青なスピードで飛んでたからもしかしたら人工衛星になってるかもしれん。
今頃流れ星として輝き、世界のどこかでカップルが幸せを祈ってるかもな。
「つかれたー」
トランクをセズクに預けて玄関に座り込み靴を脱ぐ。
あーこの靴うっとおしかった。
奪い取った他人の兵士の靴だから足にフィットしなかったんだよな。
足を高速で回して筋肉をほぐす。
「おかえり、波音。
ごはんにする?
お風呂にする?
それとも……」
あー。
あぶないな、次に続く言葉は。
「風呂にしてくれ」
次に続く言葉は絶対に聞きたくない。
「ごはんにする?
お風呂にする?
それとも……」
「風呂にしてくれ」
言わせない。
言わせたが瞬間俺の理性が崩壊しそう。
恐怖で。
「それとも「風呂」
被せるようにして封じ込めたった。
セズクは「つれないなぁ……」と愚痴って口を尖らせる。
つれるもなにもなんで俺が釣られなきゃならんのだと。
しかもそれにつられたら色々と危ないだろ。
ぎりぎりチョップです、そういうのは。
「あー疲れた」
二階へ続く階段を登る。
「風呂、沸いてるよ。
入ってきたら?」
自分の部屋に入って服を脱いだ。
新しいパンツとシャツを持って風呂場にGO。
しっかりと鍵を五つぐらいつけて湯船に浸かった。
なんでこんなに鍵をつけているのかは言わなくても分かるんじゃないだろうか。
風呂はほんわか暖かい。
幸せになる。
ささっと汗を流しシャンプーをつける。
ボディソープも塗りたくって泡にまみれながらもう一度シャワーを浴びる。
さっぱりして風呂から上がって歯を磨く。
そしておやすみなさい。
意識は夢にダイブした。
「おっきてー!
おっはよーっ!!」
む……。
頭をかち割るような轟音。
そして衝撃。
「ぐふぉっ」
腰にドスンとのしかかる重み。
うぐぐ……。
「起きろ」
シエラか……。
声が無愛想だから一発で分かったわ。
「えいっ!」
「めんっ」
メ、メイナか……。
元気な最終兵器だな二人して。
ここに、T・Dなんかが加わったら三人になるってことだろ?
俺耐え切れなくて死んじゃう。
二人でここまで大変なのに。
「お、起きた。
起きたから降りろ、地球は青かった」
体の上にのった二人分の体重がすっとどいたのを感じた。
あー、朝からなんて起こし方をしやがる。
「おはよ、ご飯できてるよマイハニー」
うっすら開いた目に朝日がまぶしい。
ドアにやれやれと微笑しながら立っているのはセズクさん本人だ。
ホントこいついつ寝てるんだろう。
「ご飯か……うー」
最終兵器の二人を押しのけて洗面所へと足を引きずって歩いた。
お水を顔につけてごしごし擦る。
歯ブラシに歯磨き粉をつけてしゃかしゃかする。
「あーさっぱりした。
おはよう」
セズクの用意した食卓の前に座った。
鮭と味噌汁、白いご飯が湯気を立てて並んでいる。
健康かっ。
日本食ばんざい。
「いただきます」
いやぁ俺は鮭なんかがあったらいちいち骨をとらないと気がすまなくて。
でも鮭の皮とかおいしいよね。
そう思わない?
俺一番おいしいところだとおもうよ、皮。
「後五分で出ないと遅刻決定だよ」
セズクの言葉に味噌汁を吹いた。
「なんでもっと早く起こさなかった!」
電光石火で口に飯を突っ込む。
「いってきます!」
最終兵器姉妹はのんびりと食ってやがる。
いいよな、最終兵器は。
飛べばいいんだもん。
もしくは本気で走るだけで一瞬にして学校だろ?
くそっ。
「おそいですよ、波音君!」
「おせーぞ波音」
壊れた玄関から出たらアリルと仁がやれやれと待っていてくれた。
「すまん、わざと」
「反省の色見せろよ」
仁の「あいからわずのんびりした野朗だな」という言葉を返すように
「んなことより遅刻すんぞ」
そう言い返した。
「誰を待っていたと思っているんですか……」
腕を組んでじーっと静かに俺を見てくるお方に
「すまん」
睨まれたので思わず謝った。
「で、波音は鞄も持たずにどこに行くつもりなんだ?」
あっ。
「ちょ、ちょっと待ってて。
鞄持ってくる」
「やれやれ、ですね」
「だな」
ため息つくな、二人して。
凹むんだぞなかなかに。
ダッシュで自分の部屋に戻って机の隣にある鞄を取ってきた。
まだのんびり味噌汁をすすっている最終兵器二人の横を通り過ぎて
「いってらっしゃい♪」
セズクの笑顔に俺は送り出された。
「待たせたな!」
玄関から飛び出すようにして二人の間に降り立つ。
「待ちましたね、確かに」
「ほら、行くぞ二人とも」
仁がはーと頭を振りながら鞄を頭の上に載せた。
何を言うのかと待ち構えてみれば
「バランスー」
やかましい。
何がしたいんだ。
「ほら、仁行くぞ」
「えっ、ちょ無視?」
すまん、何て突っ込めばいいのか分からんかった。
バランスかよ!
とでも突っ込めばよかったのだろうか。
誰か教えてくれ。
俺は何て突っ込めばよかったんだ。
「ちょっと小走りで行きましょうか?
間に合わないかも……ですし」
アリルは鞄を俺に差し出してそういった。
「なんで俺に鞄差し出してるの?」
「持ってください」
へ?
俺はアリルの顔を見た。
「持ってください♪」
「いや、へ?
俺が?
持つの、俺が?」
「はい♪」
な、なして。
持つけど。
逆らうと後々怖いから持つけど。
しぶしぶ俺はアリルの鞄を受け取った。
「波音、俺のも」
「しゃーなしやな。
待っててくれてたし」
「おっ、ありがとう」
俺は仁から鞄を受け取るとそのまま地面に落とした。
「よし、行くぞ」
仁は俺の手元を凝視した。
何が起ったのか理解できないようだった。
「お、おい待てよ。
鞄……俺の……」
「ん?
あれ!?
どうやら、仁の鞄は俺の手にフィットしないようだ」
「おい、波音……」
「ごめん、やりすぎた」
This story continues.
ちょっと最後の方ふざけすぎましたかね。
昔の方を読み返してみればけっこー波音のつぶやきが多くてですね。
あ、こんなんだったなぁと。
初心わするるべからずっていうのは本当ですね。
では、ありがとうございました。