いたずらをする子供のように
「マルク、ここで待っていてくださいよ?
……じゃあ行きましょう」
アリルは狼の頭を撫でながら言い聞かせていた。
「あ、ちょっと待ってくれ」
トランクを開けて中から取り出した注射器を兵士にぶっ刺す!
睡眠薬を投与して、見つからないように建物の影に隠した。
「えーっと、番号は……」
注射器をトランクの中に戻して兵士服のしわを伸ばした。
アリルは頭を抑えつつ扉の電子ロックの番号を入力する。
小さくはじけた電子音の後横に開いた扉の中に入った。
「早く来てくださいよ?」
「ほいほい」
俺はトランクを持ち上げた。
月の顔が雲に汚されていく。
暗くなった森の中を眺め警戒の目を光らせながら中に入った。
通路をぐんぐん進むアリルに対して俺はそろそろと進む。
「そんなに警戒しなくてもここの防犯装置は全部私が切ってありますよ?
きょろきょろしなくて大丈夫です」
アリルがおかしそうに体を揺らした。
笑ってやがる!
「ないならはじめっからないって言ってくれよ……。
かなり神経を削るんだぜ?」
ないと分かったとたんにぽろっと愚痴がこぼれた。
「少しはスリルがないと楽しくないでしょう?」
もっとも……だな。
「そうだな……。
すまんかった」
「アリル!?
どぉこに行ってたのよぉ!!」
あの建物から入って十分ほど歩いた。
最後の一つのごっつい豪華な扉を開くと廊下にてマダムが心配のあまり顔を青くして
寝巻き姿でむんすと腕を組んで立っていた。
その横にいる筋肉をぴくぴくさせている男はアリル父だ。
謎の動きだな、筋ぴく。
尊敬する動き、男の浪漫だ、筋ぴく。
「異常はなかったか?」
アリル父はゆったりとした寝巻き姿でアリルの無事を喜んでいるようだった。
俺を見ながらそういってきたが念のため俺は後ろを振り返った。
「お前だ、お前」
誰もいない。
俺か。
「はっ、異常はありませんでした!」
連合郡式の敬礼をして報告を返した。
「そうか……。
賊め、どこに隠れた……?」
唸りながら腕を組むアリル父は目を細めた。
そばにある椅子を引っ張り出してその上に座り足を組む。
「ん?」
と、アリル父は俺の持っているトランクに目をつけたようだった。
「おい、それは何だ?」
人差し指で指してくいくいっと曲げる。
渡せと、催促しているのだ。
ちょっとやばいかもしれない。
「中を見せてみろ」
「はっ……!
っとと――!
俺はトランクを持ち上げた。
そのとき、危なく落としそうなフリをして側面の小さなスイッチを押す。
「はっ、これは連合郡本部より届いたワインであります」
「えっ……?」
小さく息を呑んだアリルの方は向かないようにして
アリル父の前でロックを外して中を開けて見せた。
中央にどんと鎮座するワイン。
このトランク、二重底になっているのだ、実は。
「おおぉ……」
アリル父は声を漏らした。
ワイングラスが二つそのワインの脇に添えられている。
そのグラスもまた小細工が施された高級な品物。
それにこのワインも本物のブランド品なのだ。
一本軽く五十万はするらしい。
俺はあまりワインのことを知らないから何とも言えないのだが。
「よし、行っていいぞ」
アリル父は今俺が入ってきたばかりの扉を指差した。
もう一度外に出て警備をしてこいと言っているのだ。
「はっ、了解であります」
俺はトランクの蓋を閉めて床に置き敬礼した。
アリル父もそれに対して敬礼を返してくる。
このままもう一度外に出るしかないよな。
上に行ったらばれるだろうし……。
このワインを食堂に届けるといった使命をでっちあげてみるか?
とにかく怪しまれないうちに退散して方法を考えよう。
俺がくるりと右ならえをして転換した。
と、つんつんと肩を叩かれた。
「?」
振り向いた俺のすぐ横に立つアリル父。
びっくりした。
「ワインを置いてくるついでにアリルの警備も頼む。
もしまた賊がアリルを狙ってくるようなら生死は問わない。
――殺せ」
俺にだけ聞えるように小さく最後の言葉は付け足された。
「はっ……!
ではお嬢様、参りましょう」
それにぞっとしたようなものを感じながらも俺はトランクを持ち上げてもう一度敬礼を返した。
「はーい。
おやすみなさい、お父様、お母様」
アリルはわざとらしく欠伸をして俺についてくるように手で引っ張った。
「では、失礼します!」
「頼んだぞ」
アリルの後ろを警備するように銃を持つ。
二人一緒に歩いて廊下の角を曲がったところで
「ばれるんじゃないかとどきどきしました。
もう手が汗びっしょりです」
「あー、俺も結構びびったわ。
結構怖かった」
アリルと俺は会話を再会した。
さっきまで乾いていた額の汗をぬぐう。
トランクも持ってきたし、うまいこといった。
アリルは天井を見て
「ここは地下です。
一つ上に上がりましょう」
地下なんてあったのか……。
「地下って……。
それになんでこんな壁が金属製なんだ?」
アリルは「いい質問ですよ!」と言って
「核攻撃にも耐えれるような仕組みになっているんです。
放射能にも対抗できるように鉛も含まれています。
このもう一つ下に行けば食糧を生産するフロアもあるんですよ」
アーコロジーってわけか。
さすが、連合郡幹部のお家だな。
「さぁ、上に行きましょう。
もう兵士はいないと思います。
さっとやっちゃってくださいね?」
いたずらをする子供のような純粋な顔をしてアリルはそう述べた。
「了解だ。
お嬢様の頼みとあらば」
滑らかな階段を上って分厚い四重の扉を押し開けた。
暗闇の廊下。
「えーっと、たしかここに……」
何かがはじけるような音がしてぼんやりとした明かりがついた。
「夜はこれが最大なんです。
父はあまり目がよくなくて……」
同じくぼんやりと映るアリルがえへへと笑う。
目が悪いようには見えなかったが。
しばらく二人とも黙って歩いた。
「さ、つきましたよ」
アリルは厳重そうな扉の前で止まった。
案外楽に行きそうだな。
トランクのボタンをもう一度押して、ワインをひっこめた。
その下から蛸のような機械を取り出す。
これを金庫のくるくる回すところにかぶせた。
上からぐいっと何度か押して、しっかり張り付いているのを確認してスイッチON。
静かに蛸の頭が回転しだした。
後はこいつに任せれればいい。
次は電子ロックだ。
ドライバーをトランクから取り出してネジを外した。
金属のカバーを横にずらして中を覗く。
「これか……?」
配線のカバーを爪でむしりとった。
むき出しになった銅の部分にクリップをつける。
クリップの先はトランクの超小型ハッキングPCに繋がっている。
コードを差し込んでPCを起動。
PCが電子ロックの解析を始める。
こんなもんかな……。
「な、何かすごいですね……」
「ん?
そうか?」
俺よりも仁の方がすごいぞ、PCは。
「すごい……です」
蛸の動きが止まった。
PCの液晶に二十桁の数字が全て浮かび止まっている。
ガコンと、重たい音がしてロックが外れた。
「よっし、開いた。
アリル、ここで待っててくれ」
俺は機器をトランクの中に詰め込みながら金庫の中を覗いた。
真っ暗で何も見えない。
「私はこの先の防犯装置を知りません。
気をつけてください」
少し心配そうな顔が可愛い。
「おう。
ありがとうな」
金庫の中に入った。
自動で電気がつく。
「せまっ!」
思わず避けんだ。
縦横、二メートルぐらいの大きさしかない。
人が二人は入れるかどうかだろ。
その狭い空間に机があってその上に入れ物に入った小さなチップがあった。
超光学記憶媒体だ。
みーつけた。
「いただきますよー」
誰かに聞えるように呟いてそれをつまみ取った。
ポケットに入れる。
「よっし、OK。
かえるべさ」
ひどい目にあったが、これでおっさんの任務は達成だ。
「おめでとうございます、波音君!」
少し膨らんだポケットをみてアリルがほめてくれた。
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ありがとうございます。
これで丁度百話目です。
長かった。
でもまだ続くという・・・(笑)
嫌でなかったらあともう少しお付き合いください。