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第12話 夜の森

 夜の森は、不気味で恐ろしい。


 空は鬱蒼とした木々の葉に遮られ、月の光すら届かない闇に包まれる。

 足元は木の根や岩で平らなところは殆どなく、長く伸び切った草が足に絡みついて、歩みを邪魔する。

 

 それでも、クロエは、軽快な足取りで夜の森の中を駆け抜けていた。


「犬になったおかげで、夜目が効くのは便利だなぁ」


 犬の石像に呪われたこの身体にも、数ヶ月も経てば、自分の個性として受け入れ始めていた。

 今では、夜目が効くといった様に恩恵と思える事も多くなった。


 クロエは、尻尾をブンブンと振りながら、草むらから虫や小動物の音がする度に、モフモフな犬耳をピクピクと揺らして反応していた。


 森に入ってから、クロエは仮面もフードも着けるのをやめた。

 本当は、全裸で過ごしたかったのだが、犬の本能と人間の理性の葛藤の末、瀬戸際で僅かに人間としての理性が勝った。

 今は白いシャツと黒い革のホットパンツだけは着る事にしている。

 一応、盗賊に破壊された仮面やフードの予備はまだカバンに入っている。

 しかし、ここは辺境の土地だ。

 しかも、クロエが歩いているのは、人が立ち入る事の無い森の中。

 だから、犬耳や尻尾を隠す必要は無いと判断した。


「来たわね!」


 クロエは、鼻をヒクつかせて、魔物の臭いを嗅ぎ分ける。 

 強い雄の臭い、それに汗と体臭が混ざった刺激臭を吸い込み、クロエは顔を顰める。


「この臭いは・・・オークね」


 次の瞬間、木の影から現れた巨漢が木の棍棒を振り上げた。

 身長は2m以上あり、緑色の身体は筋肉と脂肪の鎧に守られている。

 豚鼻の醜い顔に、血走った赤い瞳で、涎を撒き散らしながら襲い掛かって来た。


「ウガアアアアア!」


 オークは雄叫びと共に棍棒を振り下ろした。

 肥大したオークの筋肉は人間の比ではない。

 丸太の様な太い棍棒を片手で振り下ろすと、地面が抉れた。


「鈍間な豚ね」


 獣の反射神経を手にしたクロエは、オークの不意打ちを軽々と躱していた。


「雌犬が!」


 オークは、クロエの挑発に憤怒して、左手で掴もうとする。

 しかし、クロエは、風の様にオークの手をすり抜けて、懐に入った。


「風呂に入ってから出直して来なさい!」


 クロエは、すれ違い様に、鋭い爪でオークの脇腹を切り裂いた。

 皮が裂けて、肉を切り裂く感触が気持ち良い。

 しかし、オークの分厚い脂肪のせいで、内臓にまでは、達していない。


「があああ!」


 痛みで怒り狂ったオークが振り向き様に棍棒で薙ぎ払う。

 しかし、それをしゃがんで躱したクロエは、オークの太腿の内側を切り裂いた。

 動脈が切れて、緑色の血が噴き出した。


「いでぇ!?」


 体勢を崩したオークは膝を着いて、全身に脂汗をかいていた。

 オークがしゃがんだ事で、ちょうどクロエの目線とオークの目線の高さが一致した。


「さよなら」


 クロエは、右手に力を込めると、オークの首を引き裂いた。


「ガッ!?」


 喉から血を噴き出したオークは、そのまま前に倒れて、絶命した。


「やっぱり、イステリアに近づいてくると魔物が多いなぁ」


 王都から遠く離れたからと言う事もあるが、イステリアには、魔物が多く生息している別の理由があった。


 イステリアには、かつて魔王が住んでいた。


 魔族の生き残りだった魔王は、強大な魔力と魔物を支配する力で、世界を征服しようとしたらしい。

 だが、異世界から現れた勇者達によって300年前に滅ぼされた。

 しかし、魔王が住んでいた影響か、イステリアの土地は強い魔物が多く生息しており、人間には住みにくい土地になった。

 それでも、海に面したイステリアの街は貿易や漁業で栄えており、この辺りでは唯一の人間の都市となっている。


「確か、魔王には娘がいたって話もあったっけ?」


 今じゃ子供の絵本に出てくる様な魔王と勇者の話だが、もしも、魔族の娘が生きていたら、世界は大混乱になるだろう。


 そんな事を考えていると、近くから何か良い匂いがする事に気付いた。

 今まで嗅いだ事の無い匂い。

 どう表現すれば良いのかも分からないが、妙に惹きつけられる香りだ。


 クロエは、鼻をクンクンとヒクつかせて、四つん這いになり、地面に鼻を近付ける。

 尻尾を上に上げながら、フリフリと振る姿は、もう完全に犬に近付いていた。


「あっちからかな?」


 クロエは、犬の様に地面の匂いを嗅ぎながら匂いの元を探して進み出した。

 次第に匂いは強くなっていき、それと同時にクロエの下腹部が熱くなってくるのが分かった。


 しばらく進んで、クロエは大きな木の幹の前に辿り着いた。

 そして、自分が探していた匂いの正体に気付いて、顔を真っ赤にした。


「私・・・マーキングの臭いに興奮していたの?」


 そこには、濡れた跡が残っており、他の獣がマーキングした匂いだった。

 だが、クロエはその匂いから離れられずにいた。


「どうしよう・・・凄い雄の香りがする」


 クロエはマーキングした雄のフェロモンに興奮していた。

 普通の雄の匂いじゃない、本能的に惹きつけられてしまう様な強い雄の香りだ。

 下半身がどうしようもなく反応してしまう。

 見た事もないこの雄の子を孕みたいと切に願ってしまう様な圧倒的な強者の香りに、クロエは無意識に服を脱ぎ捨てていた。

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