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眠らない夜と最初の音

第1話 眠らない夜と最初の音


白く曇った冬の空の下、

まだ誰にも知られていない旋律が、ひっそりと生まれた。

これは、音楽と孤独の隙間を歩く少年の、最初の一歩の記録。



第1章:眠らない夜と最初の音

ユウトが初めて曲を作ったのは、小学5年生の冬だった。


東京の空はやけに白くて、

雪も降らないのに、町が凍えていた。


母は、ある病気でたびたび入院を繰り返していた。

父は仕事を理由にしてほとんど家に帰ってこなかった。

家に残されたのは、ユウトと古びたエレクトーンだけ。


誰にも聞かれないように、誰にも知られないように、

彼はそっと鍵盤を叩いた。


そのときに生まれたメロディ。

最初の音は、誰のためでもなく、

ただ、自分が「まだここにいる」という証明だった。


それから、毎日のように鍵盤を叩いた。

音楽だけが、気持ちを整理してくれる唯一の手段だった。


クラスでは「地味な子」で通っていたけれど、

家に帰ると、ユウトは別人だった。

音の中では、自由で、誰にも制限されない。


放課後の公園で録音した風の音や、

台所でこっそり録った冷蔵庫のモーター音。

そういう音をDAW(音楽制作ソフト)に重ねていくのが、ユウトの日常になっていた。


言葉ではうまく言えない気持ちを、音にして閉じ込めるように。

まるで、自分だけの秘密基地を作るように、彼は音を集めていた。

それが、どこかに行き場をなくした気持ちの“避難所”だった。


あの冬から、1年、また1年と時間が過ぎていった。

ある夜、ふとエレクトーンの前に座っても、音が鳴らなかった。

鍵盤は無音で、ユウトの指先も止まっていた。


その日、母から電話があった。

「また少し、入院が長くなりそうなの。」


ユウトは静かにうなずいた。

でも、受話器を置いたあと、

リビングのソファに崩れ落ちて、声を押し殺して泣いた。


不安だったし、寂しかった。

でも、それを誰にも伝えたくなかった。

「大丈夫?」と聞かれるだけで、自分が崩れてしまいそうだった。


音楽に逃げていたのかもしれない。

けれど、それがなかったら、自分はとっくに潰れていた。

鍵盤の上にしか、自分の本当の気持ちを置く場所がなかった。


その夜、彼は久しぶりに夜空を見上げた。

眠らない夜。けれど、星は雲に隠れていた。


ふいに思い出したのは、数週間前に偶然耳にしたストリートライブだった。

駅前の広場で、一人の青年がアコースティックギターを弾いていた。

古びたマフラーを巻いていて、手も赤くなっていたのに、

彼は嬉しそうに歌っていた。


歌は知らない曲だった。けれど、そのコード進行と、

少ししゃがれた歌声が、まっすぐ胸に刺さった。


周囲の人は立ち止まり、スマホを構えたり、

小さな子どもが手拍子していた。


ユウトはそのとき、ただ立ち尽くしていた。

心が温まるというより、なぜか胸の奥が静かに震えた。

「この人、誰かに届けようとしてるんだ」

そんなことを感じた。


音楽は、ひとりきりのものじゃないのかもしれない。

それは、届くんだ。きっとどこかに。


あのとき、すぐ隣で立ち止まっていたのは、同じクラスの葵だった。

声はかけなかったけど、彼女もじっと、その歌に耳を澄ませていた。


なぜかあの夜から、ユウトの心に、彼女の横顔がふと浮かぶようになった。


音とともに残ったその記憶は、

ユウトの中に、かすかに震える感情のはじまりを刻んでいた。


その曇った空の向こうに、まだ見ぬ旋律がある気がして。


ユウトは、再び鍵盤に手を置いた。


涙で滲んだ音符たちが、そっと音になって滲んでいった。

それは未完成な旋律だったけれど、

彼の今のすべてが詰まっていた。


たとえ誰にも聴かれなくても、

この感情は音にして、自分自身に届けようと思った。


(第2章につづく)

最後まで読んでくれてありがとう。

「なんでこの物語を書こうと思ったのか」

少しずつ、後書きで話していけたらと思ってます。

次回も、良かったらのぞいてみてね。



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