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お絵描き風

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~、暑い~一歩だって外を歩きたくな~い。家のほうからこちらへやってこないかな~。

 梅雨入りしたかと思いきや、もう梅雨が明けるかもしれないとか、テレビで話していたの聞いた? 中休みなしとか、梅雨までワーカーホリックになりかけているとみえる。

 あっという間にやってきて、仕事をこなせるだけこなし、あっという間に去っていく。仕事人としては理想的な姿じゃない? ダラダラしなくってさ。

 仕事イコール生きがいという人ならとやかく言わないけれど、生きるためにやむなくやっている感覚の人だって多いじゃん? そういう人にとって仕事の時間は、一刻も早く終わらせたいし、残ってやるなどもってのほかだ。

 梅雨もまた仕事の要領がよくなって、すたこらさっさと退散しようとしている……と考えたら、かわいげもあると思わないかい? まあ、忘れ物を思い出して舞い戻ることも、仕事をしている身にはしばしばあるけどね、わはは。


 もう雨とはいかなくても、風が吹いてきてほしいなあ。人力だとやっぱり限界が見えてきちゃって。たまには自然の大いなる力に身をゆだねて、楽もしたいところだよ。

 でもね、気を付けないと喜や楽になるどころか、怒や哀を引き寄せちゃう恐れもあるらしい。なにもかもおまかせしたいのをぐっとこらえて、自分で取捨選択したり、あえてあらがってみせたりと、観察して動くことも大事かもね。

 ちょっと前にお父さんから聞いた話があるんだけど、耳に入れてみない?


 それは美術の課題で、友達2人と遅くまで残っていたときのことだったらしい。

 お父さんは美術が苦手……というか、美術の先生とあまり相性が良くなくてね。いろいろ絞った案を、片っ端からダメ出しされて没されるものだから、どんどん授業に対するモチベーションを失っていってしまったらしい。

 自然と、課題の途中経過を見せる機会も減っていき、先生によって期日を切られて、強引に次の段階に進まされるがままだったのだとか。

 意欲という点じゃあ、先生から見ていい点は上げづらいだろう。でも生徒側のお父さんとしては、もう見せに行くのが怖い段階に入っていた。

 作品にまたダメ出しされるくらいなら、勝手に進ませてくれるほうがいい。そのような思惑が合致した結果、先生が催促してくるまで能動的に動くこちはしない生徒ができあがり、こうして期限ぎりぎりにあっぷあっぷをする羽目になったというわけだ。


 もうひとりの友達は、どうにも納得できずに自ら何度も直しているという、いわば「意識高い系」だったらしい。

 先生に合格をもらっても納得ができず、許可をもらってはまた一からブツを作り、色を塗りなおす。前の絵とくらべれば、一部の色合いが多少は変化したか? 程度しかお父さんには分からない。もし自分のものならば、最初に出したやつで終わらせ、蒸し返したりはしないだろうなと思っていたらしい。

 そのときの課題の写生画についても、こうして一緒に残ってはいたが、彼のほうが早く終わった。遠くに見る山の影が、前回のものよりわずかに青みを帯びていたかのように感じられたが、ほかに何か手を入れていたとしても分からなかったそうだ。


 終わるまで待とうか? と聞かれるも、すでに下校時間も迫っており、先に帰っていてくれと促すお父さん。

 一緒に帰ること自体は良かったが、そのために待つ、となればお父さんの絵自身ものぞかれることになるだろう。

 ダメ出しばかり食らったお父さんにとって、見られるというのは恐怖だ。どのような方向であれ、感想を受けること事態がショックだ。

 ひとりで黙々取り組み続ける。そして必要最低限の接触で済ませられればそれでいい。こちらから作品を見せに行くなど、もうたくさんだ。

 友達を早くに帰し、そのまま下校時刻ぎりぎりまでもたついて、しびれを切らせて様子を見に来た美術の先生に作品を押し付けて、お父さんは足早に昇降口へ向かったんだ。


 外へ出るや、びゅっと吹き付ける風に、お父さんは思わず足を止めた。

 残暑の気配を色濃く感じさせる、生暖かさもさることながら、そこに美術室でたびたび嗅ぐ、フェノールに似た香りが乗っていたからだ。

 誰かが、年季の入った絵の具を使っている。けれども、臭いは先ほど後にした、校舎二階の美術室から漂ってきたものじゃない。

 校舎の前を横切るように、西から東の風に乗って。それはちょうど、お父さんの帰り道を背中から押すような方角だった。

 誰かが近くで絵でも描いていて、窓を開けているのかな? と最初は思った。

 しかし、自分が帰り道を歩いている間も、例の臭い漂う風は幾度も吹き付けてきた。お父さんの背後からだ。

 学校を後にして、すでに何度道を曲がったか分からない。なのに、その背中をいつもとらえては、前へ前へと追い越していく。

 そうして、家まで近づいた角を曲がったとたん。

 正面の壁に、お父さんの目は釘付けになる。


 先に帰ったはずの友達が、壁にくっついていた。

 ただ身体を寄せていた、という意味じゃない。その正面の水色をしたトタン屋根の中に、友達は入り込んでいたんだ。

 いや……「書き込まれていた」といっていい。頭と足が制服姿のまま、絵の具で表面に描かれたかのように薄っぺらく。それでいて制服のブレザーはトタンの外へ張り出し、なびいているというちぐはぐな格好。

 そこへお父さんを追い越した風が、友達の絵らしきものに触れると、なびいていたブレザーの一部が絵になった。絵になって、トタン板にぴたりと張り付き、まだ不完全な部分がアーチのようにふくらんでいるままになってしまったんだ。


 お父さんはほぼ直感的に、ふくらんだアーチ部分へ手を突っ込み、手前へ引っ張る。

 思い切り力を籠めると、年季の入ったトタン板もべりべりと音を立ててはがれるも、その下から友達の姿も現れたんだ。

 トタンに描かれたのっぺりした二次元のものじゃない。三次元の姿の状態でね。そうとう息苦しかったらしく、しばらくは肩で荒く息をしていたけれど、落ち着いてからお父さんに礼をいった。


「いや~、まいったよ。どうも『お絵描きな風』に当たっちゃったらしい。ボク、どうもあいつらに好かれているみたいで、ややもするとあいつらの『モデル』にされちゃうんだよねえ。幸いなことに、これまで『作品』にされる前に、こうして助けてもらえてはいるけれど。

 君もずいぶん絵に苦しんでいたけれど、注意していいかもね。いつ、やけっぱちな風の『お絵描き』にさらされるか分からないからさ」

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