◆最後の戦い!! 死ぬ気でゴールイン!! 《ツァラトゥストラかく語りき》
俺の頭上に振ってくる小瓶。
あれは……なんだ……?
瀬戸内さんはなにを仕込んだ……?
いや、考えている暇はない。
回避せねば、きっと大惨事だと俺は悟った。あの瀬戸内さんだ。毒物だとか劇薬などの危険物が入っていてもおかしくない――!
危険物乙4の資格を持つ俺が感じるのだから、間違いない。
だが、だが……もう避けることは難しい。
なんでこうなる。
ゴールを目の前ににして、俺はいつもチャンスを掴めず終わる。……チクショウ。チクショウ!!
このまま終わるのか……!
もうダメだ。そう諦めかけた時だった。
「正時、なにを諦めている!! 最後まで諦めるなッ!!」
「!? ……こ、この声は、まさか……!!」
コースに飛び出してくる姉ちゃんの姿があった。ま、まさか!
姉ちゃんはニーチェの著書である『ツァラトゥストラかく語りき』をブン投げて、瓶を弾いた。
な、なぜニーチェ!? いや、そんなことはどうでもいい。
瓶は見事な弧を描いて瀬戸内さんの方へ戻っていく。
「え……うそ!? いやあああああああああああああああ!!!!」
結果は後でいい。
それよりも先に俺はゴールへ!!
だが、あとわずかなところで三沢さんが追い上げてくる。やはり、そこで来るか……! 俺を追い抜こうとバケモノみたいな加速を見せる。
な、なんてこった。
まだそんな余力を残していたのか……。俺はとっくに限界を超えて死にそうなのに。
「熊野くん、悪いけど……!」
「そうくると思ったさ、三沢さん! あ、あんなところにエンゼルフレンチが!!」
「えっ!? どこどこ!?」
三沢さんには悪いが、俺はどんな手段を使ってでも勝つ!!
これで最後だ!!
エンゼルフレンチを求めて辺りを見渡す三沢さん。そう、俺だからこそ可能な優しいウソだ。三沢さんの好みを知らなければ出来なかった奥義。
好きだからこそ、勝ちたいからこそ、俺は“最終手段”を取った。
油断している内に俺は前進。
ついにゴール寸前……!
「もらったあああああああああああああああああああああ!!」
力はとっくに尽きていた。
それでも足は前へ出た。
死にそうだった。
馬鹿みたいに必死に走ってここまで辿り着いた。
トラブルもあったけど、なんとか自分の足で走ってこれた。
最後はちょっと卑怯な手を使ってしまったが、三沢さんに勝つ方法なんて、世界中どこを探してもこれしかない……!(断言)
ついに俺はゴールイン!!
もうダメだ……死んだ。
そのまま俺は仰向けにぶっ倒れて、ただひたすらに息を乱していた。く、苦しい……マジで死ぬぞ、これは。
「うおおおお!!」「マジかよ!!」「熊野が一位!?」「え……なんの冗談だよ」「これは現実か!?」「部活のヤツ等の立場が……まあ仕方ないか」
マラソン大会を見守る先生たちがそう話していた。部活をしているからって足が早いとは限らない。基礎体力もそうだが、足を鍛えてないとな。
それにしても――本当に終わったんだな。
一位を取ったんだ。
「お疲れ様、熊野くん。最後はやられたよ」
「ごめんな、三沢さん……。正直、勝ちたかった」
「うん、いいよ。気持ちは十分に伝わったから……ありがとう。嬉しい」
三沢さんは嬉しそうに微笑んだ。
そして、その場で腰を下ろして俺の頬にキスをしてくれた。
「み、三沢さん……!?」
「約束だからね。彼女になってあげる」
「本当かい!?」
「うん。これからよろしくね。正時くん」
やった……!
ついに三沢さんを彼女にできた!!
いやっほおおおおおおおおお!!
その一方で、瀬戸内さんが叫んでいた。
「いやあああああああああ!! た、助けてええええええ!!」
ああ、そういえば彼女が投げた小瓶は姉ちゃんの本で弾かれて……また瀬戸内さんのところへ戻ったんだ。
瓶の中身が瀬戸内さんに。
あの液体は『硫酸』だった。
彼女の両腕の皮膚がただれ、とんでもないことになっていた。
先生たちが瀬戸内さんの救護にあたり、姉ちゃんも向かっていた。
おいおい、まさか硫酸とはな。
俺があんな風になっていたかもしれないのか。もし、目にでも入っていれば失明していたぞ。あぶねえな!
「瀬戸内さん……最後に妨害してきたんだね。正時くん、よく無事だったね」
「ゴール寸前に姉ちゃんが助けてくれた」
「へえ、それで。良いお姉さんだね」
「ああ、自慢の姉だよ」
マラソン大会は終わった。
瀬戸内さんは救急車で運ばれ――だが、俺に対する傷害容疑で逮捕されることになった。
あの時、幸い保健室に炭酸水素ナトリウム水溶液があったらしく、ある程度は中和できたようだ。だから重症ではなかったようだけど、両腕にヤケドを負ったようだ。
その後、彼女は正式に退学。現れることはなくなった。
それから――。
三沢さんは……。
いや、灯は俺の彼女になった。




