◆俺の部屋で二人きり
「――知らないところにいるんだ。怖いでしょう、三沢さん」
「異界駅ってそういう風なんだね」
俺は都市伝説の話を三沢さんにした。
すると興味深そうに聞いてくれたので、気分が舞い上がって俺は映画もすすめた。
意外なことに俺の部屋で見たいと言ってくれた。
良かったぁ、ホラーネタを持っていて。
更に運が良いことに、動画配信サイトのサブスクにも加入していた。だから、異界駅の映画も一緒に見られるのだ。
「丁度のその駅のモデルがこの沿線でね」
「そうなんだ。……ちょっと怖いね」
「うん。俺は以前、何度か連れていかれそうになった……気がする」
なんて、気のせいだとは思うけどね。
多分きっと失恋が続いて鬱になったものだから、そのせいだろうけど。
でも最近も不思議な体験をした気がする。
自宅の付近でも。
「こ、怖いなぁ……」
「三沢さん、ホラー苦手?」
「興味はあるよ。でも、ひとりで映画とかは見れないなー…」
へえ、三沢さんにも苦手なジャンルがあるんだな。それは意外だった。
でも、異界駅は一緒に見てくれるようだし、どんな反応を示すか楽しみだな。とはいえ、異界駅はそこまで怖くはない。
恐怖度で言えば中の下といったところか。
――さて、そろそろ駅に着く。
『――異界駅。異界駅……』
「「え?」」
ノイズの入ったアナウンスが響く。
その声はまるで本当に異界からの声のような、怨霊めいたものだった。
けれどそれは一瞬だった。
『……駅』
あれ……元に戻った。
いつもの駅に到着した。
「……く、熊野くん。今の……」
「き、気のせいだろ。そんな異界駅なんてあるわけないよ」
「そ、そうだよね」
少しビビりながらも降りて、早々に駅を出た。
俺の住む地域は街灯が少なく、闇が多い。
どこかへ迷い込んだのなら、それこそ神隠しに遭うかもしれない。そんなレベルで田舎だ。
心配はあったが何事もなく、自宅まで来た。
「さあ、上がって」
「お邪魔します」
丁寧にお辞儀して、丁寧に靴を揃えて家に上がる三沢さん。その礼儀正しい光景に俺は軽くビビった。意外と几帳面なのかも。
キッチンに通りかかると、そこには姉ちゃんが。もう帰っていたのか。そういえば、保健室の先生は仕事もあまりなく、残業もないと言っていたな。車で直ぐ帰れるから楽だと自慢気に話していた。
そんな姉ちゃんは俺の存在に気づいた。
「おかえり、正時」
「おう、姉ちゃん。ただいま」
「――む? そっちの女子は……み、三沢さん!?」
「お、お邪魔します」
「しょ、正時。連れてきたのか」
「ま、まあ……いいじゃないか。そういうこともある」
「まて。正時が女子を家に連れてくるなんて、これがはじめてだ。驚いたぞ」
普段は冷静な姉ちゃんも慌てていた。
「俺の部屋でちょっと遊ぶから」
そう言うと姉ちゃんは耳打ちしてきた。
「おい、正時。ちゃんと避妊はするんだぞ」
「――ぶはァッ!? な、な、なにを言っているんだよ!!」
「む? そういうことするんじゃないのか」
「するかッ!!」
「ちぇー」
馬鹿姉は放っておき、リビングへ。
じっちゃんがテレビを見ていたので、俺は挨拶だけした。
「帰ったぞー、じっちゃん」
「…………」
返答はない。どうやら、バラエティ番組を見ながら寝落ちしているようだ。あとで起こそう。
今度こそ部屋へ向かった。
ついにこの時がきた。
はじめてだ。
はじめて女の子を部屋に連れてきた。
まずは息を整えた。
扉を開け――中へ。
「どうぞ、三沢さん」
「う、うん……」
三沢さんもドキドキしているのか、落ち着かない様子だった。
だ、大丈夫だ。
姉ちゃんの言うようなことをするつもりはない!
今日は一緒にホラー映画を見る。それだけだ! 多分……。
「ここが俺の部屋」
「整っていて綺麗な部屋だね。ホラーやミステリー小説や雑誌が多い……」
「俺の趣味でね」
「あ、こっちの水槽すごい」
「それはアクアリウム。魚はいないけど水草だけやってる」
「わぁ、良い趣味だね。熊野くんのこと知れて嬉しいな」
そういえば、俺のことを話したことなかった。こうして部屋へ招くだけで、こんなに話のネタが増えるとは思いもしなかった。知ってもらうという意味でも、これはとても有意義な時間だ。
話をしながらも、俺はディスプレイの電源を入れ、さっそく『異界駅』を検索。
三沢さんをベッドに座らせ、俺もその横に。
「映画見よっか」
「うん。怖いから、近づいていい……?」
「も、もちろんだよ」
意外なことに三沢さんが、ぐっと距離と縮めてきた。あまりに近くてホラー映画を見るよりも先に心拍数が上昇した。
フローラルの良い匂いが俺のいろんな感情をくすぐった。しかも、まだ映画本編がはじまっていないのにも関わらず、三沢さんは俺の手を握ってきた。
「……っ」
「み、三沢さん。まだ物語がはじまってないよォ!?」
緊張しすぎて俺は変な声になりながら、そう言った。
「だって怖いもん……」
そ、そうか。
三沢さん、実はホラーが苦手なんだ。でも、これは俺にとっては最高で最良の時間だ。
彼女の手を握りつつ、俺は映画に集中……できない!




