◆放課後デート
カウンセリングが終わり、保健室を出た。
「じゃ、帰るよ」
「気をつけてな、正時」
熊野先生に挨拶をして俺と三沢さんは学校を出た。
今のところ瀬戸内さんから嫌がらせを受ける気配はない。
今日は無事に帰れそうだな。
「ちょっとだけ寄り道していく?」
警戒していると三沢さんがそう提案してきた。もちろん、断る理由なんてない。
「そうだね。どこへ寄っていこうか」
「う~ん。熊野くんに任せようかな」
選択権は俺に委ねられた。
となると適当には選べないな。三沢さんと楽しめる場所へ行かねばな……ウーン。となると、ドーナツ屋かな。一番無難ではある。
間違いなく正解だ。
だが、普通ではつまらない。
ここは俺のセンスで……直観で選ぶ。
しかし、どこへ行くべきか。
むむ……。
「…………むぅ」
「悩んでるね?」
「すまない、優柔不断で」
「ううん。やっぱり、わたしも一緒に決めようかな」
「どこか行きたいところある?」
「それはもちろんドーナツ屋さん……って、言いたいところだけど、まだ時間があるし最後でいいや」
やっぱり、ドーナツ屋『ミクスドーナツ』は行きたいんだ。後でいいようだし、第一候補からは外れた。
だが、いい場所が思い浮かばない。
ええい、こんな時は歩いて決めればいいさ。
その内、なにか見えてくるはず。
「よし、歩いて決めよう」
「いいね、それ」
「ただし」
「ただし?」
「三沢さんもこれを使って歩こう」
俺はスマホの画面を見せた。
そこには“歩数”の表示されたゲーム風のメニュー。それを物珍しそうにのぞき込む三沢さん。
これを紹介する時がきた。
「な~に、これ?」
「これね、最近発見したんだよね」
「うーん?」
「ほら、俺たち朝走るようになったでしょ。ただ走るのもモッタイナイと思っていさ」
「つまり?」
「これはね、歩くだけでポイントの貰えるアプリなんだよ」
これは最近流行りの『ポイ活』アプリ。
歩くだけでポイントがザクザク貯まるという、一見ちょっと怪しいアプリだが、世界的に利用者も多い流行りのアプリだから安心だ。
「え! なにそれ!」
「凄いでしょ。ウォーキングアプリとも言ってね。歩数や移動距離でポイントが貯まるんだ。マイルやPoyPoyなどの電子マネーに換えられるんだよ」
「へー! 知らなかった。なんで歩くだけで貰えるんだろう」
俺も詳しい仕組みは分からないが、運営会社に位置情報を送っているからだという。ちょっと怖いけど、まあ代わりにポイントがもらえるのだから安い代償だ。
これで、おこづかいを稼いでいる高校生や主婦も多いという。
「ユーザーが広告を閲覧する場合もあるから、運営会社に利益がいくんだろうね」
「あー、そういう仕組みなんだ。ポイントの一部を還元してる的な?」
「多分ね。なんにせよ、これでおこづかいを稼ごうよ」
「うん。騙されたと思ってやってみるよ」
三沢さんもウォーキングアプリをダウンロードおよびインストールした。ユーザー登録も完了させた。
これで歩くだけでポイントが稼げちゃうのだ。
「ドーナツを食べる為にがんばろう!」
「うん。エンゼルフレンチの為に!」
駅地下のお店を歩き、ウィンドウショッピングを楽しんだ。
三沢さんと一緒の時間を過ごせて稼げて一石二鳥。
俺も彼女もWin-Win。
歩くだけで楽しめるなんて最高だ。
結局なにも買わずに駅を一周した。
「――ふぅ。そこそこ稼げたかな」
「うん。少しポイントが貯まったよ」
本当にわずかながらポイントが付与されていた。少し歩いた程度なので、今は雀の涙ほどだが、塵も積もればなんとやら。
こういうのはコツコツやっていくものだ。
「今日のところは普通にドーナツを買っていこう」
「やった!」
ドーナツ屋さんに寄っていき、エンゼルフレンチを購入。姉ちゃんと爺ちゃんへの手土産にした。
「お土産もできたし、帰るよ」
「ここでお別れだね。また明日」
「ああ。あとで連絡する」
「いつでもメッセージを送ってね。今日は放課後デートありがと、熊野くん」
寂しそうな嬉しそうな表情で三沢さんは去っていく。
ほ、放課後デート……!
これはデートだったんだ!?
俺はまったく感じていなかったけど、三沢さんはそう思ってくれていたんだ。なんて嬉しい!
◆
刹那の逢魔時が終わり、闇が深くなった。
新月の夜は不気味で冷たい。
俺はこの夜が嫌いだ。
星が見えないからだ。
それにどこか怖いと感じるからだ。悪夢も見やすい。だから早く帰りたいと願う。
閑散とした駅を降り、自宅を目指す。
こんな時に限って道は静寂が支配していた。
とても静かだ。
孤独。俺ひとりしかいない。
夜の街灯が寂しく映る。
ふと視線を感じた。
背後に……?
いや、これは人間だ。
そうだ。俺と同じく家に帰ろうとする人だろう。
幽霊や妖怪なんているはずがない。まさか異界駅に迷い込んだ? なわけがない。ここは“現実”だ。
『………………』
やはり、視線を感じた。
「……!」
振り向いても“そこ”には何もいなかった。
いない。
なにもいない。
そうだ、誰もいないんだ。
俺の気のせいだ。
前を向いて家を目指す。自然と足早になって、同時に焦燥感に襲われる。
なぜ。
なぜだ。
俺はなぜこんなに焦っているんだ……?
もうすぐ家だ。
中に入ってしまえば、こっちのものだ。
(幽霊はいない)
急げ、急げ。
(それは勘違いだ)
あと少し。
あと少し。
(もうすぐ)
……………ッ。
玄関の一歩手前で“肩”を掴まれた。
『…………まって』
うそだ……。
そんな、幽霊なんているわけが……!




