赤の無法者(イリーガル)
4/1ですね。
拙作『白の襲撃者』のスピンオフ?的なやつです。
あっちを読んでるとちょっとわかりやすいかも。
メンタリスト【一般情報】
人の心を読み暗示にかけるもの。
思考と行動を操作するもののことである。
大同盟加盟国、龍の国の住宅街は物々しい雰囲気を醸し出していた。
制服や軍服を身にまとった人間がせわしなく動き回っている。
「被害者はロイ・ロイド52歳、麦の国出身で、この国には1年前に復興支援で入国。そのあとは居住権を獲得して、龍の国で生活していました。」
隻腕の大男カイン捜査官は淡々と上官に報告する。
報告を受けた女性捜査官のフレイルはリビングに横たわる遺体を見下ろしながらカインに問いかける。
「外傷はなさそうだけど死因は?」
「毒を飲まされたようです。テーブルのワイングラスにアナミダブツが。」
アナミダブツは天然の薬草ではあるが、過剰摂取をすれば心筋梗塞を引き起こす。
アルコールで心拍数の上がっている状態ならなおのことだ。
「被害者は既婚者で息子が1人、今は麦の国で就職、被害者は妻と2人で暮らしていたようですが、死んだときは1人だったようです。妻は先週から麦の国で仕事に行っており、今日、戻る予定でした。事情を伝えたところ、こちらに向かう旨の連絡がありました。」
カイン同様、フレイルの部下の1人であるイザードが被害者の詳細を報告する。
状況から察するに自殺の線が濃いように感じられる。
「遺書は?」
「ありません。資産の状況は現在、カヨが確認中です。」
家族宛の遺書すら残さず死亡したとは考えにくい。
となれば自殺の可能性は下がる。
おそらく資産の整理についてもおそらく空振りだろう。
「貴方の意見を聞かせて。」
フレイルは遺体の近くで観察を行っていた金髪の男に声をかける。
大同盟捜査局(Grand alliance Bureau of Investigation)通称GBIの相談役レイモンドは立ち上がり、答える。
「被害者は君の思っている通り自殺じゃない。読んでいた本に栞を挟んでいるし、ワインも上物、なにより新品の腕時計…自殺する理由がないね。ただ、殺されそうな理由はあるかもしれないけど。」
「理由って?」
「結婚指輪をしてない。痴情の縺れ…いや…それにしては陰湿過ぎる。まあ不倫は夫婦ともどもだろうけど。」
フレイルは首を傾げる。
レイモンドの観察はおそらく正しいが、妻も不倫していることはどこから判断したのか。
「落ち着いて部屋を見てみるといい。家族写真はないけど、灰皿がある。それなのにタバコの匂いはほとんどしないし、彼もワインと一緒にタバコを楽しもうした痕跡もない。不定期にタバコを吸う人間が出入りしているんだ。」
「なんでそれが妻の不倫相手なの?」
「そう考えたほうが面白いから。」
フレイルは絶句する。
面白いから。だと?
人が死んでいるのに?
「夫が死んだのは本当ですか!よっしゃ…じゃない!保険金おりますか!」
妻と思しき人物が慌てて現場に入ってくる。
信じられないことだが、レイモンドの言う『面白い』事件の様相を呈してきた。
「ジェシカ!」
遅れて入ってきた男の言葉にフレイルは完全に言葉を失う。
犯人だと自己紹介しているようなものだ。
「面白くなってきた!」
楽し気に言うレイモンドがさらに彼女の苛立ちを加速させる。
「ねえ!保険金出るのよね!」
「赤い鳩って何?」
「え?何ですかそれ?」
さらにレイモンドが意味の分からないことまで言い出した。
「とりあえず!現場から出てくださいッ!二人は容疑者として同行してもらいます!」
我慢の限界に達したフレイルは声を荒げた。
GBIは大同盟の国の多くに事務所を持っており、派遣された捜査員が捜査の際に利用できるよう、オフィスとしての機能や拘留施設などが設けられている。
カインは事務所内に設置された尋問用のブースで被害者の妻であるロイ・ジェシカと向かい合うようにして座った。
「夫を毒殺し、保険金と遺産を受け取る。そのあとで愛人と別の国で再出発…そう考えるべき状況だろうか?」
「普通はそうなのかも。」
容疑者になっているはずだが、そうではないことを状況が示している。
死んだことを確認しに現場に現れた挙句、悲しむ素振りもない。
何より毒殺というやり方をできるような知性を感じられない。
「愛人と付き合いだしたのは?」
「1年前。」
「会う頻度は?定期的だったか?」
「そう、月に2回。私は隔週で麦の国に行って彼の仕事を手伝ってるの。」
カインはそれ以降、形式的な質問をして、彼女の調書を書き上げる。
状況として怪しいのは愛人の男か。
彼はそう推理してみたが、確証のない消去法でしかなかった。
「個人の運送業ってのは何をやってるんだ?」
カインが尋問するブースの隣ではイザードが愛人の男、フェダン・イファンを同じように尋問していた。
麦の国生まれ、麦の国育ち。
別段、経歴に怪しい点は見当たらない。
「基本的には町の運送屋です。たまに企業の定期契約をしています。」
「今の定期契約は?」
「麦の国の花販売組合からの依頼で、一週間かけて世界中に花を配達しています。ジェシカは花の管理をお願いしていました。」
「経緯は?」
「アルバイトの募集をしていたんです。1週間の不在になるのでなかなか応募がなくて…」
長期輸送のアシスタントと不倫。
ありがちなシナリオと保険金殺人となれば犯人は妻か愛人が相場だが。
イザードはあえて挑発する。
「人妻に誘惑されて旦那殺して、自分は保険金と遺産をゲット…稚拙なシナリオだな、三流官能小説か?」
「そ、そんなんじゃありません!確かに不倫になりますが、僕とジェシカは確かに愛し合っていた!」
「愛する2人の間にいた旦那を毒殺したんだろ?」
イザードは彼の感情をあえて逆撫でする。
「違う!違います…決して…」
今にも泣き出しそうなイファンの様子に若干の罪悪感を感じる。
典型的な虫も殺せなさそうなタイプ。
何より人の死を直視してショックを受けている。
罪悪感ではなく恐怖。
妻に脅された。という訳ではなさそうだが。
妻の単独犯の線が濃いか。
「悪かったよ。」
イザードは言葉ばかりの謝罪をすると、調書へのサインを求めた。
フレイルとレイモンドは麦の国にある息子の元を訪れていた。
サントス警備会社は国内の警備業務を行っており、軍事力を隣国の龍の国に依存する麦の国では重宝される業種だ。
社内の休憩室で被害者の息子であるロイ・コナーはひきつった笑顔で彼女たちを迎え入れた。
「お父様の件、お悔やみを申し上げます。」
フレイルの言葉にコナーは涙を浮かべる。
「父は…確かに不倫していました。母もそうです…でも、自分にとっては…世界でたった1人の父親です…」
「お父さんの浮気相手は?」
コナーの悲しみがこれほどまでにわかりやすく出ているのにレイモンドは不躾な質問をする。
いや、捜査手順としては間違っていないが、今はそっとしておいてもいいだろう。とフレイルは思う。
「ごめんなさい…最近は実家にも戻ってなくて…父の不倫は最近のようです…母の話ですけど。」
「答えにくい質問に答えていただき、ありがとうございます。」
フレイルはコナーをフォローしつつ、見かけよりも精神的に頑丈な彼の態度に甘える。
「辛い質問かもしれませんが、お父さんを恨んでいた人や出来事に心当たりはありますか?」
コナーは俯き、少し考える。
「ごめんなさい…思いつきません。」
「赤い鳩に心当たりは?」
レイモンドはまた、唐突に意図のわからない質問をする。
「いえ、知りません…何ですかそれ?」
「なら大丈夫。お父さんのダイイングメッセージみたいなものでね。僕も何のことやら…」
白々しい。
フレイルはこれ以上、聞くべきことはないと判断し、自身の名刺をコナーに渡す。
「何かあれば教えてください。」
「辛いだろうけど、無理に忘れようとしたり、仕事に没頭したり、お酒を飲むのは良くないよ。思いっきり泣いて、叫ぶといい。」
コナーは少し笑顔でレイモンドに礼を述べた。
サントス警備会社を出たタイミングでフレイルは先ほどの話をレイモンドにする。
「赤い鳩って何?」
「魔法の呪文。」
「ふざけないで、遺体は何も持ってないし、現場にそんなものはなかった。」
レイモンドは車の助手席に乗る。
「聞いてるの?」
苛立つ彼女に、レイモンドは煽るように答える。
「わからない?今回の毒殺は痴情の縺れじゃない。資産を狙っての犯行だ。つまり犯人の目的は彼の隠した金を手に入れることにある。」
「痴情の縺れの線は消えないでしょ?妻の方の不倫は確かに怪しくはないけど、被害者の愛人が殺した可能性は消えない。」
フレイルは意見を述べながら車を発進させる。
「愛人が殺す理由がない。それに毒殺なんて陰湿なやり方を感情的になってやる必要あるかな?」
「人によるでしょ?」
「それはそうだけど、彼の愛人なら最初に殺すのは妻だ。彼を離婚させて彼の遺産と保険金の受取人を自分にすればいい。妻の保険金まで上乗せだ。」
「じゃあ誰が殺したの?」
「それがわからないから面白いんじゃないか。」
あっさりと答える彼の態度は気に入らないが意見は間違いではない。
「でも彼は復興要因で入国したんでしょ?そんな金を持っているとは思えない。」
「冴えてるね。そこも面白いポイントだ。」
彼は状況を楽しんでいるが自分たちからすれば手詰まりともいえる。
だが、このロイドという男に裏の顔があるのなら、突破口になるかもしれない。
そう思うと、ハンドルを握る手に力が入った。
GBIのオフィスに戻ってきたフレイルたちは情報をボードに張り出し、状況を整理していく。
「被害者の職業は復興作業員で、ゴーレムのオペレーターです。妻は愛人であるイファンのもとで運送業のアシスタント、息子のコナーは警備会社に勤務しています。」
イザードの報告後にカヨ、カインが続く。
「検死官によれば死亡したのは約30時間前、つまり、フレイルさんたちが現場に入る2時間前です。それと、指示されていた資産ですが、特に現金化したり整理していた様子はありません。口座の入出金記録の金額も一般的です。」
「尋問した妻と愛人には不審な点はありませんでした。」
「被害者の愛人は?」
フレイルの問いにイザードが答える。
「愛人の名前はブルーム・アナ、2時間ほどでこちらに到着します。」
「じゃあ話を聞けるわね、私も同席する。段々複雑になってきたけど、そのアナって愛人が殺してない可能性もある。イザードとカヨは被害者を改めて調べて。ただの作業員が謀殺されるとは思えない。」
一同は頷くとそれぞれ行動を始める。
ただ一人、レイモンドは被害者の読みかけの本を読んでいた。
「貴女が彼を殺したの?」
「は?そんなわけないでしょ。金持ってそうなオヤジだから近づいただけ、横取りされたの。」
尋問ブースに入れられたアナは不貞腐れた様子で答える。
彼女の怒りは本物のように感じる。
「横取りって…貴女だって彼の奥さんから奪ったのよ。」
「不倫してたんだからそうはならない。」
フレイルは呆れる。
今回の一件で死者を本気で悼んでいるのは息子だけだ。
段々と、殺されたロイドが不憫に感じられる。
「話は終わり?」
「おとといの夜はどこにいた?」
苛立つアナにカインが問いかける。
ここで彼女を逃がせば再び会うのは困難だと判断したようだ。
「龍の国のクラブ。『サーベルタイガー』って店。」
店にいたのであればアリバイの証明は簡単だ。
カインに視線を向けられていることに気づく。
これ以上は無駄か。
「何かあれば…」
そういってフレイルが名刺を渡そうとしたとき、レイモンドがブースに顔を出す。
ブースに併設された監視スペースで話を聞いていたようだが、何かに気づいたようだ。
「赤い鳩って知ってる?」
フレイルは肩透かしをくらう。
出鱈目もいいところの謎のワード。
何のためにそれを聞くのか。
アナも呆気に取られている。
「知らない?被害者のロイドさんがメモを持ってたんだけど?」
メモか。
ダイイングメッセージから進化している。
呆れつつもアナの様子を見るに、彼女は何もわかっていないのは間違いなかった。
結局、アナのアリバイはクラブに話を聞きに向かったカヨが簡単に確認できた。
それにレイモンドの言った通り、彼女には殺す動機がない。
だが、これで誰にもわからなくなった。
夫は邪魔だが殺す理由に乏しい妻とその愛人。
同じく動機がない夫の愛人。
半面、生真面目な息子。
そしてその全員がレイモンドのブラフである赤い鳩にも無反応だった。
机に向かい、資料を睨むフレイル。
答えなど出るはずもない。
「開けゴマ。そう唱えれば財宝への道は開かれよう。」
最高に苛立つご登場だ。
芝居がかった声とともに現れたレイモンドは脇に小さな金庫を持っている。
どうやらダイヤルではなく、文字を入力するタイプの金庫だ。
「その中に財宝が?」
「いや、この中は空だよ?」
上機嫌な彼の様子から察するに何か妙案があるようだ。
「で?空の金庫で何をするつもり?」
「犯人を捕まえるんだ。さあ行こう!」
ピクニックにでも行こうかというようなテンションに呆れかえる。
この男は何を考えているのか。
ただ、今はこの策に乗るしかない。
「誰が来るの?」
「それは来てからのお楽しみ。」
被害者の家に隠れるレイモンドとフレイル。
金庫はカーペットの下に目立たないように隠したが、それに何の意味があるのかレイモンドは答えなかった。
遺体は片づけられ、妻は今日からこの家を使うことができる状態だが、しばらくは仕事のために麦の国にいると話していた。
さほど遠くはないし、現実的でもある。
夫を失ってなお、そういう態度で居られるのは彼女自身、夫の死を好機としか見ていないことの表れだ。
眠気と格闘しながら待機していたフレイルの耳に、鍵の音が入る。
レイモンドも気づいたらしく、表情が明るくなる。
「早く探して…」
小声だがはっきりそういった。
誰の声だったか思い出せないが、どうやら1人ではないようだ。
「これなんだろう…」
今度は男の声がする。
彼女はようやく記憶と声が合致した。
妻と愛人だ。
「なんで?殺す理由ないって。」
驚きのあまりフレイルはレイモンドに聞く。
「殺す理由がないのは夫の愛人。でも彼らには殺す理由がある。それにしてもなかなかのやり手だね、彼女は。」
「逮捕する。」
飛び出そうとするフレイルをレイモンドが制する。
「まだだ。」
静観する2人。
そして動き回る2人はカーペットの違和感に気づく。
暗闇でわかりにくかったがカーペットの一部が盛り上がっている。
ジェシカはカーペットをはがすと声を上げる。
「見つけた!金庫よ!パスワードは確か…赤い鳩。」
金庫が電子音とともに開いた瞬間、フレイルが飛び出す。
「GBIよ!手を上げなさい!」
2人は反射的に手を上げる。
油断していただけにフレイルの登場は予想外だったようだ。
「金庫は空だよ。」
レイモンドは部屋の照明を点けながら言う。
「待って!なんで私だと…」
「毒殺の問題は相手が死んだかはっきりわからない事だ。それを確認するために愚かな妻を演じるのはなかなか面白いアイデアだ。」
「それにさっきの言葉は自白に十分ね。詳しくは事務所で聞くわ。」
「さて、全部話してもらおう。」
カインは威圧するようにイファンに問いかける。
「ドラッグを運んでました…ロイドさんが入手したドラッグをジェシカさんと運んで、金をまたロイドさんに…」
「それで、金を得るために殺したと。」
「ジェシカさんが、入手ルートを作ったからロイドさんはいらないと…でも殺すなんて…」
「殺害は彼女の独断で自分は知らないから無罪だと。」
カインの言葉にイファンは頷く。
「安心しろ。ドラッグの密輸入は重罪だ。」
切って落とされたイファンは俯き、涙を流した。
レイモンドとジェシカは向かい合って座る。
2人の間には空の金庫が置かれている。
「ドラッグを運んでいたんだってね。その金を管理していた夫を殺したと、複雑な気がしたけど結果としてはありきたりな保険金殺人の亜種だね。」
「赤い鳩がフェイクならあいつの金はどこ?」
レイモンドは悪戯っぽく笑う。
「高い買い物だっただろうね。あのワインと本、そして時計は。」
ジェシカの顔から血の気が引いていった。
金はすべて別のものに変えていた。
「なぜだろうねジェシカ、おかげで彼の資産は差し押さえできない。どこまでドラッグの金かわからないからね。少なくとも彼の罪でコナー君が訴追される可能性は低いよ。」
そこまで説明され、ジェシカは理解した。
ドラッグで儲けた金はあくまで自分と妻と協力者であるイファンのものであり、コナーは関係ない。
仮に自分が逮捕される事態になっても金はほとんど物品に変えてあるのでどこまでが違法な買い物かわからない。
息子だけは守れる。
真面目に生きている彼だけは守れる。
「けど、君が殺したという事実で彼は傷つくだろうね。保険金も消える。」
ジェシカの精神は限界を迎えたのか、天井を見上げるだけだった。
夫を毒殺した妻とその愛人は保険金だけでなくドラッグで儲けた金を手に入れるためだった。
いかにも週刊誌の好きそうなこの件は大々的に報じられ、井戸端会議の話題を独占した。
無関係のコナーは解雇こそされなかったが、ほとぼりが冷めるまで停職を命じられ、家に籠っていた。
だが、レイモンドの言葉が彼を支えていた。
すべての事実を知った後、大声で泣き叫ぶと気がまぎれた。
泣き疲れれば眠れる。
充実はしていないが、酒やドラッグに溺れるよりはマシだとわかっている。
孤独感に潰されそうな彼だが、泣き出す前に玄関でチャイムが鳴った。
扉を開けると、自分にアドバイスをくれたレイモンドが立っている。
「やあ。元気そう…っていうのは間違いかな?」
「いえ、あなたのおかげで…元気ですよ。」
レイモンドは大きな鞄を持っており、入室を求めるように指を指す。
「ああ、どうぞ。なにもありませんが。」
レイモンドは部屋に入ると、ソファに座り、鞄を開く。
そこから飲みかけのワインとグラスを取り出す。
「ワイン…ですか?」
「君に話したいことがいくつかあるんだ。」
事件から2週間後、フレイルが別件で麦の国のGBIオフィスを訪れた際、見覚えのある顔が警備員をしている。
彼女が手を振ると、彼は照れくさそうに会釈で答えるのだった。
4/1ですね