表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

物語の始まりへ〜いずれ来るその時より〜

処女作です。熟読玩味して頂けたら幸いです。


 ──・・・あぁ、思い出した。そうだったなぁ。やっぱり、綺麗だなぁ・・・。



 その日の夜──と言うには少し時が流れすぎた。夜と朝の迫間。暁前と言うのが正しいか。


 とにかく、その日のその時間は、月が綺麗だった。

 しかも満月。

 まるで示し合わせたかのように空は黒く澄み渡り、星が仄かに瞬き、天の川が奥で輝かしく流れ、満月と共に真っ暗な筈の夜空に光を灯している。


 その星明かり一つ一つは弱々しく、蛍の光と大差ない程。


 されど小さな、小さな星達は互いに助け合う、或いはせめぎ合うかのように重なり合い、混ざり合うことで、独りでは絶対成し遂げられない、美しく、優しい輝きを発する。

 

 もう既に星一つ一つの境界線はぼやけて消えていて、ただ唯一の絶景となり、さらに満月が添えられ、浮世離れした、一種の幻想的な絵が完成した。


 大夜空は目を細めてしまう程眩しい。


 しかし、彼等はこことは手も想いも届かないくらい遥かな距離に阻まれて、光を僅かに落とす事しか叶わない。


 そんな星達は眼下に広がる大地の一点に、まるで「大丈夫か」と心配するかのように必死に、そして優雅に瞬いていた。


 空全体が一瞬、大きくなったその直後、微かな笑みが零れた気配が周囲に伝播する。



 ──・・・あぁ、大丈夫。今は痛いのも苦しいのも、全部どっか飛んでったから・・・。

 


 それは、何かと、言われたら。

 あれは、誰かと、聞かれたら。


 墨に染められた水面のような暗黒世界で、その存在はまるで派手な絵の具で。

 提琴の独奏会場を連想させる静寂世界で、その存在はまるで騒騒しい波乱で。


 処女雪を踏み荒らし、小石の塔を弾き飛ばした時の、自分が、或いは他者が積み上げてきたナニカを崩してしまった瞬間の、ある意味感動と言えるモノを握り締めて、一つの小さな()はそこに存在していた。


 無気力を乱暴に振り払って八つ当たり。

 そんな意味も価値も理由も無いことを、この時の影はどーにも成らず、何にも成れない想いを盾に正当化して。

 その刹那だけ、責務を宿した瞳を、妥協の瞼で覆い隠した。これが最後、と己を甘やかして。

 しかし輪郭が闇に呑まれていても、溶けて混ざることはなく、確かに影は蹲踞の体勢のまま平手を膝に置き、上に捉える輝きを見ていた。感じていた。向き合っていた。


 確かに影は苦しみ、笑い、不可視の血を吐いた。



 願い祈る以前に、流レ星が大夜空を泳ぐことなど、ある筈がないのに。



 そしてようやく、影は上空から前方へその視界を動かした。


 二度と翳ることはないだろう目に、飛び込んできたのは影の置かれている状況に反してあまりに呑気な何時もの闇路。それが今の影にはどうしようもなく勇気を与えてくれる。


 ここには、夜空から降る照明しか明かりは無い。それも当然、周りをいくら見渡しても火の粉どころか人が存在する痕跡すら発見できなかった。ここには灯火も人もいない。


 あるのは鬱蒼とした緑樹と荘厳な山脈と浩浩たる田園、金碧輝煌な大空、それと──





 ──あるのはただ、彼方まで続く道。





 全てを吸い込んでしまいそうなその暗闇に、大夜空の、朝が来てしまえば消える儚くも、美しい景色が映える。



 ──・・・ごめん。逃げるよ。



 影は、決して小さくない感情を瞳に乗せて上空の絶景を最後に一瞥すると、唐突に走り始めた。

 決して上を向かないよう彼等と目が合わぬよう、地面と対面しながら目を瞑りながら、ただ道の先を目指して走った。


 辺りは不気味に薄暗く、この雰囲気はどんな者だろうと足が竦むに違いない。正に一寸先は闇と言うところ。


 おどろおどろしい薄暗い道を、しかし駆けていく影。


 夜の間に雨でも降ったのだろう。既に通り過ぎた雨雲が、山脈を越えようとしている。

 足元の草には水滴が浮かび、地面には出来たばかりの水溜りがこの道を通る者の靴裏を汚す。


 しかし、その影は意に介さずビチャビチャと水飛沫をあげてひたすらに走る。




 まるで、友だちと遊ぶ約束をしたイタズラ好きな少年のように。


 まるで、尊敬している有名人を一目見ようとする夢見る少年のように。


 まるで、大好きなあの子に会うのが待ちきれない、恋する少年のように・・・。



 春先にしては冷える空気を呼吸し、影は外套を翻させてその道を駆け続けた。






♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢







 周りの景色は少しずつ変化していった。あれほど鬱蒼としていた木々たちは、伐採され切り株となり、靴とズボンの裾を汚した水溜りも軽く舗装された道を前に姿を消している。


 無意識に人の気配が無かったことを不安がっていた影はほんの少しずつ、人が存在している説得力のある証拠が見つかって、心の中でホッと胸を撫で下ろす。

 そしてそれは人の存在の証拠であると同時に、目的地である街が、残り僅かの距離にあることを示しているのを、影は知っている。


 影は無意識に足の回転を速くし、それに合わせて息も荒くなっていく。

 しかし、この荒い息が求めているのは酸素ではなく一刻も早くその地に着き、あの人々と話し、影の使命を全うすること。


 それでも、こう思わずにはいられない。

 




 ──みんなに会いたい。


 その時を想うだけで心の芯は甘く、温かくなり、身体は火照っていく。


 ──言いたいことがたくさんある。


 文句も、馬鹿みたいなことも、真面目な話も、感謝の言葉も、・・・ほんの少し勇気が要る愛の告白も、あの人たちと交わしたい。あの声に(もた)れ掛かりたい。


 ──自分は笑えるだろうか?


 無理だ。言葉を交わした瞬間、泣く自信がある。なんなら目が合った瞬間に、迷子の子供が母親に会えた時のように、泣いて抱きつくかもしれない。


 ──もしそうなったら、みんなは抱き返してくれるだろうか?


 最初は分からない。普通に気味が悪く思われるかもしれないし、話す前に頰をはたかれ、殴られ、半殺しにされるかもしれない。・・・・・・・・冗談抜きで。

 それでも、最後には肩を組んで、支えて助けてくれて、優しさを内包して抱き返してくれる。そういう人たちだ。


 その時を深く想い、影は不意に感情が決壊しそうになる。 

 それでも、あの人たちにグショグショの顔など見せたくない。笑って、話したい。第一印象はスマイルで、だ。


 


 


 影は早朝の肌寒い道を駆ける。駆けていく。駆けていった。そして、止まる。

 ここまでずっと走り続けた影も流石に疲れたのか、膝に手を置き、身体を丸めて息苦しそうにしている。空気を吸い、もう要らないそれを吐き、間髪入れずに吸う。多量に吸いすぎてゴホゴホ咳込む。

 

 しかし、それでも影は笑う。この程度の苦しみで、溢れてくるこの感情の吐露を阻止出来るものか、と挑発するように。


 ある程度呼吸を整え、顔を少しずつ上げる。影が回り続ける足を止めたのは、疲れた訳でも、足がつった訳でもない。



 目的の地に──

 約束の地に──

 自分の故郷に──

 家に──

 あの人たちがいる場所に──


 帰ってきた。



 そう、帰ってきた!

 


 影はまだその目で『家』を見ていない。真上を見ないように、彼等の目と鉢合わせることを恐れて地面を見つめながら走っていた為だ。

 だがここは影が親の顔より見た道。

 目を瞑っていても辿り着ける自信が、影にはあった。


 ついに顔が完全に上がる。

 そこには、隠しきれない喜色と、少しの不安でいっぱいで。

 表現することが難しい色んなものがごちゃ混ぜになったモノが浮かんでいた。


 あの街がまだ残っていることを祈りながら、正面の光景を視界に収める。

 そこには、影がずっと待ち焦がれていた街が──





 

 ・・・その顔には、もう、笑顔は無かった。


 あれほど、荒かった息すらも、今は止まっている。


 口から思わず呻き声が漏れる。






 あの街が、自分の故郷が、家が、あの人たちがいる、思い出深い場所が数えきれない程ある、あの街が。

 



 ──目の前に、ある。




 そうだ。目の前にある。


 薄暗かった景色はいつの間にかぼんやりと輝きを帯び始めていた。

 真っ黒だった空も淡い青色と曙色のグラデーションが広がり、輝く星々は温かい光と溶け混ざる様にスゥーッ、と消えていく。

 

 夜が、明ける。


 山頂から顔を出した太陽が、幾多の光の手をこちらに向けて伸ばしてくる。


 その光はまだ辛抱強く残っている闇を押し込みながら、自分の手が届く範囲全てを照らそうとする。

 この街も例外ではなく、照らされることによって、うっすらとしていた場所もくっきりと見えるようになる。

 それがさらに涙腺を追い込む。


 影は奥歯をグッと噛み締め、目頭を押さえて、感情が決壊し溢れるのを寸分のところで耐える。


 ──もう、我慢できそうにないなぁ・・・。


 ここまで、すごく、すごく踏ん張ってきた。走っている間の数十分ですら、泣いてしまいそうだった。


 ──みんなに、笑っている顔を見せないと。


 でも、もう駄目だ。あと数歩進むだけで、早くも目に溜まっていた水滴がこぼれ落ちてしまう。情けない声を出しながら、泣いてしまう。

 

 それでも、笑おう。泣いて、笑おう。すごく気持ち悪く見えるだろうけどそれでも、だ。


 だって、しょうがないじゃないか。


 ──泣いてしまうほど


 喧嘩した記憶も、苦しかった記憶も、どうにもならなくて塞ぎ込んで、多方面に迷惑をかけた黒歴史もあるけれど。


 ──それでも、笑ってしまうほど


 ただ、あの人たちに会いたい。隣に居たい。一緒のテーブルで飯を食いたい。色んなことを教えてもらいたい。


 ただ、愛し合いたい。




 夜明けを迎えた世界が、影を、眩く温かい光で照らしていく。


 輪郭をぼやかす闇が消えていき、はっきりとした形を持つようになる。


 その小さな背に陽光を、めいいっぱい浴び───いつしか、影は、影でなくなっていた。

 

 影──否、その者は様々な感情に震える胸を抱きながら前へ進む。

 その顔は、泣いているのに笑っていて、鼻水をすすっているのに白い歯を見せていて。



 ──ここから


 そうだ。ここから全て、あの『追放宣言』から始まったのだ。



 「エイト・アングラフのヤバい戦いが。」


 ──崖っぷちギリギリからの、復活の物語が。

この話は先のエピソードを載せたものなのであしからず。

いつか再掲載する予定ですので、その時が来るまで読み続けて頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ