最愛の貴方へ
拝啓
梅雨に入り、木々の香りも増す季節となりました。藤下様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
さて、本日は貴方様にお伝えしたいことがあり筆を取らせていただきました。
今更何も聞くことはない、と仰られるかもしれません。如月の家とはもう何の関係もないのだからと。ですがこれが最後と思って頼みを聞いてほしいのです。
貴方に最後にお目にかかったのは三年前の父の葬儀でしたね。もう二度と会うことはない、と貴方は仰った。残念ながら、そのお言葉通りとなりそうです。
ここのところ、血を吐くようになりました。床から起き上がれず、一日中庭を見つめている日もしばしばです。お医者様にも、もう長くないだろうと。
雪の日に死にたいと常々思っていました。真っ白な雪が降り積もる日に、眠るように逝きたいと。けれど、そこまでは難しいようです。
貴方と初めて会ったのは父に連れられた公園でした。あの時貴方はお母様と連れ立っていました。無邪気な子どもの頃は貴方といるのが楽しくて仕方がなかった。貴方が越してくると聞いてただ純粋に喜んだものです。
今になって、学校の帰り道、貴方と二人並んで歩いたことを思い出します。学校が離れてしまって疎遠になってしまうかと思ったけれど、貴方はわざわざ会いにきてくれた。中学まで同じ学校で毎日だって会えた頃より、あの時の方が貴方がそばにいるみたいだった。
ただ、貴方と他愛のない話を楽しんでいたあの頃だけが慕わしい。何も知らなかったあの頃が。
並木道で貴方と並んで二人。学校のことや友人のこと。何気ないすべて。話し込んで薄暗くなった春の日、貴方の指先がほんの一瞬触れたことをいまだに覚えている。あの時じっと、貴方が私をまっすぐ見ていた。その眼差しが今もこびりついて離れないのです。
いつから、貴方は知っていたのか。今となっては聞いても意味のないことですが。
先日母が、父の遺言状を手渡してきました。父が亡くなった後、書斎から持ち出したそうでございます。
遺言状には「如月家当主は雪人とする」とありました。本来なら貴方が跡を継ぐはずだったのです。母が隠してさえいなければ。
どうしても、見せられなかったのだと言いました。貴方が跡を継ぐことを認められなかったのだと。他ならぬ私が手元から離れるのに、貴方が家に入ることが耐えがたかったのだと。
私は母を責められなかった。父が他所に子どもを作ってそれが男児だと知った時から、母の地獄は生まれたのでしょう。父がその母子を近くに住まわせて、高等学校の卒業と同時に親族に紹介した時から、母は予想していたのかもしれません。それは、私も。
貴方が継ぐべきだと分かっていた。
けれど、許してください。本当に、何もかも今更です。貴方にすべてお返しします。どうか帰ってきてほしい。勝手だとは分かっています。私の意地のせいで貴方まで巻き込んでしまった。私が家に縋り付いてしまったせいです。家を継ぎたかった訳ではありません。
この地から離れたくなかった。どこかに嫁いであの並木道から遠ざかりたくなかった。
父の遺言状があれば親族も否とは言わないでしょう。私が書いたものも、この手紙に同封しておきます。後のことはすべて叔父に託しました。あの人なら母や親族を宥めて、貴方を支えてくれるでしょう。
この手紙は叔父に、私が死んだ後に出してもらうように伝えてあります。私が生きているうちに貴方が家に入っては、いらぬ禍を呼ぶでしょうから。
こんな家、なくなってしまえばいいと思われるかもしれません。もう二度と家の人間に会いたくないかもしれません。当然です。貴方の お母様の死に安心した者たちに会いたいはずがない。貴方に如月の姓を与えることを良しとしなかったあの人たちの顔が見たいはずがない。遠からず戦争が始まるでしょう。そうすればこの家もこのままでいられないでしょう。守る意味などないかもしれない。
それでもどうか守ってほしい。ここの人々はここから離れられないのです。なくなってしまうまでは我々がこの場所を守らなくてはならない。私が言う筋合いはありません。ずるいことを言っているとわかっています。でも、最期だと思って聞いてほしい。
親族は何とか当主と自分の縁者を結びつけようと必死なばかりで当てになりません。唯一信用できる叔父は数年前から身体を悪くしていて未来を託すことは難しい。貴方しかいないのです。
さよなら、雪人。最愛の友人だった貴方。私のおとうと。どうか健やかに。
せめて来世では、他人だといい。
敬具
如月十和子
藤下雪人様