第四十話 偽りの愛の巣
「ここね入るわよ」
「あ、ああ」
ここは都内のはずだが辺りに人気は無い。この人気の無さがより一層、緊張感を高める。まさかこんな形でこんな場所に来るとは数日前には想像すら出来なかった事だ。そう俺は今、杠葉とラブホテルに来ている。自動ドアをくぐり抜け、少し薄暗い玄関を歩く。俺は辺りを物珍しそうにキョロキョロしながら見回す。目の前には螺旋階段がありオシャレな内装の印象だ。
「あら?あなた随分と緊張しているようね」
落ち着いた声で杠葉が話しかけてくる。
「べ、別に緊張なんかしてないさ。こんな所来るのは久々なもんでね」
「そう。じゃあそこのパネルから部屋を選んでボタンを押して」
「あ、ああ。402号室。これだな」
「ええ」
俺は部屋を選びボタンを押す。するとボタンは点滅し正面の機械からカードが発行され出てきた。それを手に取り、選んだ部屋へと二人はエレベーターに乗り移動する。ホテル内には落ち着いた雰囲気のピアノの曲が流れており、ゴミ一つ落ちていない廊下、壁には絵画が飾られライトアップされた光が高級感を演出している。カード型のルームキーを差し込み、ドアを開け室内に入る。
10畳ほどの部屋、中心には綺麗にベットメイクされたベットそしてその横にはテーブルとソファーが置かれており、壁掛け式のテレビが配置されていた。俺は室内のドアを開けてみる。
「ここはバスルームか」
「まぁ普通の部屋ね。さぁ始めるわよ」
そう言うと杠葉は上着を脱ぎ始めた。
「あ、ああ」
そして俺も服を脱ぎ始める。
二人は見つめ合い、お互いの意思を確認するかのように言葉を交わす。
「準備はいいかしら?」
「ああ」
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真っ直ぐに、ただ目標に向かって最短で出したはずのパンチはいとも簡単に捌かれる。そして焦って手数を増やした瞬間、手首を握られいとも簡単に俺の体のバランスは崩される。まるで万力で曲げられる金属のように抵抗すら許されずマットに投げられた。
「はぁ、この調子じゃ大分時間かかりそうね」
呆れ顔で杠葉は呟く。
「くそっ、はぁ、はぁ」
俺ははマットに手をついて激しく呼吸する。
「榊君変わってくれない?」
「身体操作は杠葉の方が遥か上だろう、俺のはまずは基礎が出来てからだな」
「はぁ…ほら。立ちなさい」
そう言われ、力を振り絞って立ち上がり、構えを作る。
「ほら、肩が上がってる。まずは脱力を意識しなさいと言ってるでしょう!」
「あ、ああ」
額に汗が流れ落ちる。そして杠葉は手を掴み説明する。
「いい。真っ直ぐの力は別方向の力にとても弱いの。まずは脱力して相手に触れられても力まない。身体をコントロールしなさい!」
「そして攻撃に移る時は相手の力と拮抗しないように、自分の身体や重心を移動させる」
そう説明しながら動かさられる杠葉の腕はまるで無機質な物体のような感触であり、こちらの掴まれているという事に対しての反射的な僅かな力みすら感じさせず、そして気づけば俺はマットに投げられているのである。
マットに大の字に倒れ、目を瞑り必死に言われた事を整理し、自分の中へと落とし込もうと考えを巡らす。
「そろそろ休憩にするか」
「ええ、そうね」
倒れている須藤をよそに二人は移動する準備を始めた。そんな時であるトレーニングルームのドアが開きそこに空閑が入ってきた。
「よかった皆さん居ますね、至急作戦会議をしたいので30分後にブリーフィングルームに集まって下さい」
「仕方ない、休憩は後回しだ。了解」
「了解」
「おい!須藤聞いた通りだ行くぞ!」
「ああ…」
俺は立ち上がりトレーニングルームを後にする。一旦部屋に戻り、汗を拭き着替えを済まして会議室に向かう。作戦会議か、もしやついに出動命令が出るのだろうか?様々な想像をしながら会議室に到着した。中央に円形のテーブル、それを囲むように並べられた椅子に俺は腰かけた。どうやら俺が最後だったらしい。
「皆さん揃いましたね。それでは作戦会議を始めます」
「まずはこの資料を見て下さい。これが今回私達が調査、対応するアーティクルになります。これについて私達で作戦を立案し、陸将が承認すれば出動命令が出される予定です」
用意された何枚かの資料を皆が目を通す。
『丙種第三号 ”愛の巣”
形状 築30年五階建ての建設物及び敷地内の全て
回収日 2021年 11月25日
回収場所 東京都○○区
概要と経緯
厚生労働省の統計管理部門、担当課長の報告にて発覚。2020年~2021年にかけて東京都18区内での女性の事故死、病死件数が異常な増加推移を示した(高齢者を含めない)だが推移の変化点などは考えられず、統計学上有り得ない統計変化を観測した。これに起因し事故死、病死案件の再調査を行った結果、死亡時期の少し前に東京都○○区内ラブホテルを利用していたという証言の共通点を発見、利用者から詳細を聞きとり調査した結果、このラブホテルは異常性を備えている可能性が極めて高いと判断された。発覚後、オーナーから建物、土地を含め利権を買い取り、立ち入り禁止にした上で建物外部からの撮影監視の対応中である。その際に電気やガス、水道は停止したが外部からの観察ではホテル内部の各設備類は今だ営業時と変わらず稼働状態なのが確認されている。』
「ラブホテル?読んでも全然わかんねーよ」
「誰かが事故死、病死に見せかけて殺している?」
杠葉は須藤に呆れた感じの顔をしながら空閑に質問する。
「いえ、事故死、病死なのは間違いありません。死亡原因は交通事故や流行り病、様々ですがそれは確実です」
「ならどういう事?このホテルを利用した女性だけが死ぬ?」
「恐らくヒントは利用者からの証言にあります。このホテルを利用した際、突然部屋に頼んでもないドリンクを従業員が運んで来たそうです。従業員はサービスですと答えたそうですが、死んだ女性を含むカップルはそのドリンクを飲んでしまった、という共通点が証言により判明しています。すぐにホテル管理者に確認しましたが、そんなサービスはしていないし、当日ドリンクを運んだとされる従業員も確認されていません」
「ドリンク…毒?」
杠葉は手で顎先を触りながら考える。
「人を事故死や病死させる毒なんて随分だな」
「ええ、それも不可解なのですが。推測するに…これはオカルトチックな話になるのですが…」
「なんだ?今現在、目の前にオカルトな人間が存在してるんだ全部話してくれ」
榊に視線を送られ、ああ俺の事かと理解する。
「当該のアーティクル、このアーティクルは現実改変を行っている可能性があります」
「現実改変?なんでも思いどりに出来るって事か?」
「簡単に言えばそうなのかもしれませんが、実際はもっと複雑です。ですがあくまでオカルトの域の話です」
「まぁ、私達が相手にするモノはそういったモノって事ね」
杠葉は妙に納得している様子だ。
「まぁな」
意外だが榊も納得してる。
「それと、その…女性が死んだカップルにはもう一つ共通点があります」
「なんだ?」
「不倫、浮気関係のカップルでして、この点が情報収集の際苦労したそうです」
「はっ、そりゃそうだ。不倫した挙句、相手が死んじゃーな。人を騙して偽ってんだ自業自得だ」
須藤は鼻で笑いながら答える。
「でも死んでいるのは女性側だけ、いびつな自業自得ね」
杠葉はひと睨みするが、須藤は目を反らした。
「おい、おい。不倫のどっちが悪い論争なんて始めるなよ。空閑まとめてくれ」
「はい、女性だけ死んでいるというのは何か作為的な印象があります。それも調査対象という事にします。そして、現時点で分かっている情報を大きくまとめると」
「一つ、このホテルを利用し出されたドリンクを飲むと恐らく死ぬ」
「二つ、そのドリンクを提供している”何か”がホテルに存在している」
「そして三つ目、実は最初に言い忘れましたがこれがホテル全体をアーティクルだと判断決定された理由です。管理の際ライフラインは全て断っていますが、ホテル内は謎の力で稼働状態を維持しています」
「そりゃあ摩訶不思議だな。何が起きるか…」
榊は渋い表情で考えるが直ぐに次の質問を切り出した。
「で、目的は排除か?」
「あ、はい。一応、というか出来ればですが、まずはそれらを踏まえて作戦目標を定め、大まかな方針から作戦を組み立てたいと思います」
「まぁ、不明な点が多いからな」
「まずは潜入調査ね」
「はい。杠葉さんは元々技術士官ですし調査で何か収穫があるかもしれません」
「ええ。私は飲むと死ぬというそのドリンク。そのドリンクを回収分析するべきだと思うわ」
「そうですね、ですがそれだと男女二人ペアで潜入する事になりますが…それにドリンクを運んでくる異常物体と接触も考えられます」
四人が暫く考える、須藤が切り出す。
「俺が行くしかないだろ。いざとなったらその異常物体を燃やすしかない」
二度目の暫くの沈黙の後、次は榊が切り出した。
「足場だ。建設現場で使うような足場をホテルの周りの敷地外に幾つか組んどけ。それと周りの人払いは無論出来るんだろうな?」
「は、はい!繁華街ではありますが、自衛隊による不発弾除去という名目で辺りの住民は移動させます。ですが足場は何に?」
「写真で見る限りこのホテルはかなり古い木造だ、内部はリフォームされてるが廊下や各部屋に窓が多い。俺がカバーしてやる、戦闘になれば俺も中に突入する」
「て、事は俺でいいんだな」
「ああ。だが向こうが攻撃してこない限りはこちらからは手を出すな。まずはホテル内部を調査してからだ」
「了解」
「私もそれで構わないわ」
「分かりました。ではまずは須藤さん、杠葉さんで潜入調査、榊さんは周囲から観察。第一目標は異常物体の情報収集とドリンクの回収。第二目標をホテル内部の情報収集として作戦を立案します。後必要な準備や装備も教えて下さい」
大まかな作戦の枠組みが決まり、そこからさらに皆で話し合い、作戦の細部まで詰めてゆく。
こうして初のアーティクル調査作戦は立案され牧島の承認後すぐに開始、出動命令が下された。
次回 【第四十一話 メッセージ】




