第三十七話 インシデントダイブ
「はぁはぁ…」
プロペラを回すエンジン音が腹の底まで響き、狭い空間の圧迫感も相まって高高度用酸素マスクの中で呼吸は浅く早くなる。そして機内のランプが点灯し後部ハッチが開けられ強風が機内に吹きこむ。ここは高度1万8000フィート、俺の心拍数は一気に跳ね上がった。
「降下、用意!」
合図され俺は一歩、一歩前に歩き目の前に広がる広大な白と青の世界を見つめる。
「なんだ?怖気づいたか?」
俺の前の一人の男が語りかけ、そしてハンドサインをロードマスターに送る。
「無理なら飛ばなくて良いんだぜ!」
そう言い残すと男は目の前から消え、大空にダイブした。
「はっ、冗談じゃない」
歯を食いしばりジャンプデッキを蹴って、俺も胸から大空に飛び込んだ。
まるで地球に吸い込まれるが如く、体は空気の抵抗を感じながら落下してゆく。高速で落下しているのに景色は変わらず、遠くに富士山らしき山が見え真下には木々に囲まれた広い大地が広がり空と大地のコントラスト、自分のいる世界はこんなにも壮大で美しいという事に少なからず感動していた。つい最近まで俺の居た世界は小さな、本当に小さな所にいつの間にか居たんだと、この広大な景色にダイブして気づいた。アメリカに初めて渡った時もそういえばこんな感覚だったけな…
俺は目を瞑り、心に今の感覚を沁み込ませるのであった。
――――――約二か月前、―――――――
俺は拘留中でありながら何故か署内の会議室のような所に連れてこられた。
「今日も調書を取るんじゃないのか?」
「いいからそこで待ってろ」
俺は椅子に座らされ警官は部屋から出て行った。そして数分もしない内に一人の男が部屋に現れた。
「君が須藤君かね、私は牧島竜司というものだ」
痩せ型のスーツ姿のその男は名乗ると目の前の椅子に座った。
「なんだ?あんたは警察官じゃないのか?」
「ああ。そうだ私は今日君に会いに来た」
「俺に?」
その言葉から俺は感じとった。ああ、特別な話がしたいようだこの人は、さてどう話を展開してゆく?そして俺はどこまで話すのか?この一瞬でそこまで考えた。
「前置きや、駆け引きは私は嫌いでね、そうせっかちなんだ私は」
「ああ、そうかい」
「単刀直入に話そう。君の特異な能力とその状況を私は全て理解している。それに君のこれまでの経歴も調べて知っている」
「で、だ。私は防衛庁情報本部の人間なんだがシンプルに言えば君をリクルートしにきた。自衛隊に入隊し君のその特異な能力を活かしてくれないか?」
「はっ、自衛隊ってあんた…」
話がストレート過ぎて逆に俺は思考が追い付かなかった。
「まあ、こういう話なんだが、正直私はあまり乗り気じゃないんだ。断ってくれてかまわないよ。無論決めるのは君の自由だが、断ればこのまま起訴され裁判では実刑判決が下るだろう」
「それは脅しか何かか?」
「いや、いや。それは君自身が望んだ結果なのだろう?聞いているさ、人間時には立ち止まる時間も必要だろう、だが私に言わせればそれはただの言い訳に過ぎないと思うがな」
「はっ、そうかい」
「君の人生だ決めるのは君だ。そうそう、一つ伝言を聞いていたんだった…『過去を喰らおうとして過去に呑みこまれるなよ』だそうだ」
「あんた、それは…」
「伝えてくれと頼まれたのはこれだけだ。で、どうする?」
あいつが…、そうか。よくわからん変な奴だったがそうか…
「詳しくだ、俺をどう使いたい気だ?詳しく話せ」
「いいだろう…」
こうして俺は全ての経緯を聞いた。転移者の事、組織やそれを束ねる人物の話を。そしてアーティクルなるモノの存在を聞かされたのだ。
「なるほど…そうか、そうか…」
「なかなか、俺は馬鹿だな、能力に気づいた時自分を特別な人間だと思っていたが、それがどうした?世界を知らないだけだったじゃねーか」
「いろんな土俵があるってもんだ。鳥には鳥の。魚には魚のってもんだ。で、どうする?決めてくれ」
「そうだな、入ってやってもいいぜ。だが一つ聞かしてくれあんたはさっきあんまり乗り気じゃないって言ってたが、その理由は?」
「ふっ、そうだな。君は特別な人間ではない。特別ではないが貴重ではある。貴重なモノは大事に金庫に閉まっとくのが一番だ。それが私の部下になるんだ、壊れてしまわないか心配でね、なんせ私の部隊は曲者揃いなもんで今までぬるい生活を送ってきた民間人に耐えられるもんかね…と心配でね」
そう語りながら蔑むような笑みを、牧島は俺にわざと見せた。
「ぬるい?はは、あんた上手いな。そう言われて尚更やる気が出てきた。いいぜ上がってやるよあんたの土俵に」
「いいのか?悪いが一度乗ると途中下車は無いと思ってくれ」
「ああ、やってやるさ」
「仕方ないな、後悔するなよ。じゃあさっそく出発するぞ」
そう最後の会話を終えると、俺はなんの苦労もなく釈放され警察署を後にした。牧島の運転する車に俺は乗せられ尼宮市から遠ざかる。暫く走ると森林に囲まれた大きな土地が見えてきた。道路の看板からここは大阪府 和泉市のようだが。
「どこに向かってるんだ?」
「実は君に見せたいものがあってね。もうすぐ着く」
その言葉の通り、車は施設のゲート前で止まり柱の看板には信太山駐屯地と書かれていた。
車はゲートを通り抜け建物の前で進み停車した。
「さあ、着いたぞ。降りろ」
俺は降りて牧島の後に続く、そこは何かの格納庫のような場所であり歩哨している隊員と何人かすれ違うが、その隊員の様子からして牧島はかなり位の高い人物なのが分かった。IDカードで開錠しエレベーターに乗り込む。どうやら地下に向かっているようだ。下に到着するととある一室に導かれ、そこで少し待っていろと言われた。辺りを見回すが通風孔だろうか?それと真ん中には金属製の重そうなテーブルがあるのみだ。
暫くすると牧島が戻ってきた。そしてテーブルを挟んで俺の正面に立つとポケットからおもむろに何かを取り出した。
「これが先ほど話したアーティクルというやつだ」
牧島がテーブルに置いたそれは大きなサイコロ、真っ白で金属質な立方体のキューブであった。
「これが?」
俺は手に取りよく見てみるが、なんら変わりのないキューブだ。
「ここではアーティクル、乙種第九号という名称で管理されているが通称ホワイトキューブ、こう見えてただの金属の立方体だが少なくとも6人の人間がこのアーティクルが原因で死亡したと考えられている」
それを聞いてキューブを見ながら牧島に視線を送った。
「心配するな。条件が揃わないと異常性は起きない」
「これが、どうやって?」
「それについてはこの資料を読むといい。情報セキュリティのルールがあるもんでね、簡易書類しかここでは見せれないが、まぁそれで大体の事がわかるだろう」
一枚の紙がテーブル上に投げ出され、俺はそれを手に取り読んでみる。
『乙種第九号 ”ホワイトキューブ”
形状 7cm四方の金属製立方体 重量700g
回収日 2016年 8月16日
回収場所 兵庫県丹波篠山市○○ 民家にて
概要と経緯
上記回収場所より110番通報により発見。通報を受けた二名の警察官が到着し現場を確認した。民家の一室が消失しており、床以外の壁、天井、柱、出入りする扉すべてがその一室ごと鋭利な刃物で切り取られたかのような様子であった。そしてその消失した部屋の床の中心に乙種第九号を確認、現場警察官により回収される。消失した当時、部屋には通報者の旦那、及びその父と母がいたはずが突如部屋ごと消失し三人が行方不明との証言を得る。
現場確認後、担当警察官は調書作成の為、通報者とその息子二名と乙種第九号を回収した状態でパトカーにて移送。警察署、取調室に移動し聞き取りをしながら担当警察官二名と調書を作成していた。その時幼い息子がぐずりだした為、通報者である母親が警察署内の自動販売機でジュースを買い与える事を求めた。そこで担当警察官は取調室を出てすぐ目の前に自動販売機がある事を伝え、母親は取調室を一旦出てオレンジジュースを購入。そして振り返ると取調室は消失しており、床には乙種第九号のみが残された状態であった』
「あん?これはどういう事だ?このキューブに吸い込まれたって事か?」
俺はこの手の資料が読むのは苦手だ。
「吸い込まれた、まぁ妥当な表現だろうな。だがこれには続きがあるんだ」
「二年前に民家で消失した三名、警察署で消失した三名は行方不明だったが最近になり進展があった。青森県 合浦公園海水浴場に人間の手足だけがが流れ着いているのが発見され、DNA鑑定の結果警察署で消失した二名の警察官のものだった事が判明した。それもサメや生き物に襲われた形跡はなく、明らかに人為的な傷だった。それから別の海岸にも他四名分の身体の一部が流れ着いているのが発見される」
「行方不明全員?」
「ああ、そうだ。幼い子供も含まれていた事件だが、惨いことにな。だがこの事から幾つかの推測がなされた。そして最も可能性が高いと考えられるのは恐らくこのアーティクルは転送装置ではないか?という事だ。」
「そこで実験を試みた結果、発動条件が判明した。密室空間に三名になる事、それでどこかに転送されるようだ。いや正確には三名分の生き物か」
「ん?まさか実験って…」
「まさか、マウスによる実験を行ったんだよ。箱に三匹のマウスがいた時だけ箱ごとマウスは消失し、そこにはホワイトキューブだけが残った」
「なるほど、転送装置ね…で、これを俺に燃やせと?」
「ああ、試して欲しい。このホワイトキューブに様々な破壊行為を試したがその一切が効果がなかった」
「ふん、これがねぇ」
俺はまじまじとキューブを観察しながら考えた。
「おいでも、これが転送装置なら破壊するなんて勿体なくないか?要はテレポーテーションだろ?謎が解ければ利用出来るんじゃねーか?」
「もちろん私もそう考えた。だがもしこれが入り口なら出口になる事も考えられるのでは?」
「そ、そうか」
「もし、自衛隊がアーティクルを保管しているという情報が洩れていて、それを奪う為に差し向けられた転送装置なら?そもそも何故民家にこれがあった?謎ばかりだが人が六名も殺されているんだ悪意ある何者かが繋がってるのは確実だろう。そうなればアーティクルどころか保管する駐屯地全ての自衛官が危険にさらされているという可能性も大いにある」
「だから破壊を選んだ。それもなるべく早くに」
「そーいう事ならやるしかねぇか。今ここでやって良いんだな?」
「ああ」
俺はホワイトキューブを右手で掴み集中する。指先から肘にかけて黒い幕に覆われるように皮膚は変化し、そして燃やすというエネルギーの流れをイメージしてキューブを燃やそうとする。だがなかなか燃えない。
「ダメか?」
牧島は声をもらす。
「いや、待て…」
俺は今までいろんなモノを燃やしてきた、硬いモノ、水分が多いモノ、だがこのキューブは何か初めての感覚がある。燃やそうとする意思気のエネルギーにぶつかる何かを感じるのである。これは金属だからとかではなく、なんだ?この感覚は。エネルギーのぶつかり、金属のような硬いモノではなくもっと流動的な硬さ…
俺はさらに集中しエネルギーの流れの中で一つの答えを見つけた。そうかこれはキューブ自体のエネルギーにぶつかっているんだ。この事に気づいた俺は、キューブから手に感じるエネルギーに自分のエネルギーを混ぜ込んだ。すると真っ白だったキューブは黄色く発光し次第に全体が赤くなったと同時に燃え上がり、まるで大きな蝋燭の先端かのようにゆらゆら火の穂を揺らし燃え続けた。
二、三分燃えただろうか、次第にキューブは黒色に変化し瓦解しはじめた。ボロ、ボロと炭よりも細かい粉末に成って俺の手の平から崩れ落ちてゆく…
「終わったぜ」
俺は右手をパタパタと払い、そして牧島に手の中を見せた。
「なるほど、これが転移者の力か」
そう語る牧島の目は鋭く真剣な目つきに変化した。
「アーティクルを破壊可能だという事が分かれば今までにはない多くの選択肢が増える訳だが…これが最後の忠告だ」
お互いが真剣に見つめ合った。
「本当に良いんだな?これから先、私の部下になれば過酷な訓練と異常性を備えたモノとの実戦が待っている。人が死ぬ作戦行動もあるかもしれない、いや君自体が生き続けれる保証はないんだぞ」
「ああ、構わないぜ。俺も、自分自身の居場所は自分で作る覚悟を決めなきゃなってずっと思ってたんだ」
「そうか…」
「ならこれからは宜しく頼む」
牧島は右手を差し出し、それに俺も答えた。さすが自衛官だ、その力強い手の感触は俺の手だけではなく心に強く残るものだった。
「それじゃあさっそくだが今から千葉に飛ぶぞ」
「何しに千葉へ?」
「あん?訓練に決まっているだろ。最初の二か月は習志野演習場に行くぞ。あそこの空挺教育隊は厳しいからな覚悟しておけ」
「空挺って、まさか飛ぶのか!?」
「空挺降下は楽しいぞ!お前も世界の広さを見てこい!」
次回 【第三十八話 初陣】




