第十七話 出会い
大きなビルや連なる住宅、それらの景色を目で追いながら俺は考える。目につくもの全てに意味があり、なんらかの意味があって作られるのだからそれらはこの世界に存在する。もし目に見えない世界があるというのならそこに存在するモノとは一体なんなのか…
例えば建設中の尼宮タワーが少し遠くに見えるが、距離があっても建物の巨大さは見て取れる。電波塔でもあり商業施設でもあり居住地でもあるが、見方を変えればあれはまさに”バベルの塔”なのかもしれない。そんな風に景色を眺めていると高瀬さんが声をかけてくる。
「もうすぐ着きますよ」
そう俺は今、松澤エレクトロニクス本社に向かって走る車中で、頭の中を整理していた。
会社の応接室で高瀬さんから様々な元の世界との違いを説明され、そしてそれらはスマホで検索すると簡単に真実であると裏付けされたのだ。どうやら本当に俺はいつの間にか少しだけ違う世界、いわゆるパラレルワールドに存在しているようだ。そして炎の男の件も含めて、一緒に話して欲しいという人物が松澤本社にいるらしく今向かっている訳だが、中々頭の中身がまとまらない。
しかし今俺が一番優先すべきは情報収集であり、おそらく自分よりもこの世界、いやこの事象の事を知っているという人物がいるのなら会うべきだろう。
「つきました」
ここが日本の誇る大企業の本社、巨大で立派なビルだ。尼宮市からはそう遠くないこの場所、まさかこんな平凡な会社員である俺が立ち入るとは。そして高瀬さんに連れられ内部へと向かう。何重ものセキュリティをパスしてどうやら地下らしき所に向かう。
「ここが、私の職場です」
案内されたその扉には開発1部3課と書かれていた。そして扉を開けるとそこには何台ものパソコンと沢山のモニターがあり、かなり広い空間が広がっていた。そして部屋の中心には黒いソファーが置かれており、そこには一人の男が腰かけ座っている。何かの資料を読むのに集中しているようだ。
「植木先生、病葉さんをお連れしました」
「ん?ああ!ちょっと待ってね」
そう言うと男は、手に持っていた資料とテーブルの上の資料を片づけこちらに歩み寄ってきた。
「やあ、ようこそ。病葉くんだっけ。ようこそ私は植木柳一という者です」
「初めまして、病葉亮です」
この植木柳一という男、白衣を着ていかにも研究者という感じの風貌だ。年は50代後半といったところか優しそうで人あたりが良さそうな感じの印象を受けた。
「それじゃあ座って。病葉くんコーヒーかお茶どっちにする?」
「ああ、じゃあコーヒーでお願いします」
「先生、私がしますよ」
「いやいや妃ちゃんも座ってて良いよ~」
何だか不思議な感じだ。この二人はどうも会社の上司と部下という関係には思えないからだ。一体ここはどういう部署なんだ?
「はい、お待たせ。それじゃあまず二人の話を聞こうか!」
応接室での今までのやり取りを高瀬さんが説明する。
「ふむふむ、なるほどそういう事がね~」
「この話を聞いて真実として今では理解していますが、正直混乱しています」
「そりゃそうだろうね、みんな初めは同じだからゆっくり受け入れていくと良いよ。妃ちゃんなんて最初は泣いてばかりだったよ」
バンッ!強くテーブルが叩かれた。
「先生!私の事は関係ありません!」
「そんな怒らなくても良いじゃないか、本当の事なんだから」
「先生!」
高瀬さんは顔を赤くして照れているようだ。俺もこの二人のやり取りを見ていて少し肩の力が抜けて落ち着けてきた。
「ごめんごめん、話を戻そう。お互い知りたい事は沢山あると思うけど、まずは病葉くんに聞きたい」
「はい」
「その炎の男の事を詳しく話してもらえないかい」
「分かりました」
俺は偶然の出会いの所から、捜査し見つけた経緯や奴とのやり取りの内容を詳しく説明した。
「病葉くん凄いよ!ねえ妃ちゃん!」
話し終えると植木さんはすごく興奮したようで顔を寄せてきた。
「いえ、俺も一歩間違えば勝手な制裁を加える犯罪者です。誇れる事じゃありません」
「けど、君はそうしなかった」
「はい、面と向かって奴と接すると…暴力のみで解決はできませんでした」
「まぁ私が見た記憶と一致するし嘘はついてないようね」
「その高瀬さんの記憶を読み取る能力というのはどういったものなんですか?」
「そのままよ。相手の体に触れる事でその相手の記憶が頭の中で再生されるのよ」
「でも全てじゃない、ぶつ切りにされた映画のフィルムの映像のようなもので断片的な映像と音声が再生されるような感じよ」
「なるほど相手の考えている事や想像している事は読み取れないんですか?」
「今のところはできないわね」
「今のところというと?」
「それについては私が順番に説明しよう」
「転移した者は何らかの特殊能力に目覚めると思われるんだけど、そのどれもが現代の科学で説明できるものじゃない上に、研究するには個体数があまりにも少ないんだ。だから能力は使い続ける事で変化、成長するという事も最近分かった事なんだ」
「私の能力も最初は一枚の写真のようなものだったは、それが研究していく内に動画のようなものに変化していったの」
「まぁ、その研究に付き合わされた、私の頭の中は丸裸にされた訳だけどね」
そう言うと植木さんは笑っていた。
「見たくて見たわけじゃありません!」
「あの、それで一体どれくらいの転移者がいるんですか?」
「あーそれは…完全に把握しているのは私と妃ちゃん二人だけだよ」
「二人だけですか!?」
「それに君と炎の男を加えて四人だね」
「それで、植木さんもなんらかの能力が?」
「ああ、私にもあるけど説明するのは凄く難しい能力でね、簡単に言えば新しい物を発見する能力かな」
「発見ですか…」
「今のところ新素材や新現象といった普通人じゃ見落としてしまうようなモノを見つけるって感じかな~」
「あの、それは特殊能力じゃなくてあなたの通常の能力では?」
「ああ!そうだった。まだこれを見せてなかったね」
そう言うと植木さんはテーブルの上に両手の手の平が見えるように置いた。
その手の平を見つめていると、横一文字に一筋のシワのようなものが現れたかと思うと、そのシワが瞬時に上下に開き目玉が現れたのだ!
「えっ!」
それは確かに人間の目であり、少し潤んでいるようで時折瞬きもしている。
「妃ちゃんもあれ見せてあげてよ」
そう植木さんが声をかけると、高瀬さんは頭を手で何か触るようにすると被っていたカツラを取り外した。
カツラを外すと黒髪のロングヘアーが現れた。そして何かに集中するかのように目を瞑ると、黒い髪が徐々に薄い赤、いやピンク色に変化し美しい黒とピンクのグラデーションの頭髪に変化したのだ。
「こんな感じで、転移者が能力を使うと人体の一部に変化が現れるんだよ。炎の男も何か見られなかったかい?」
俺は驚きながらも記憶をさかのぼって思い出した。
「確か…手と腕が黒い肌に変化していました」
「なるほど、それで自分自身は炎に触れても熱くないわけだ」
俺はその植木さんの言葉聞いて凄く納得した。そうか、そういう事か。特殊能力は漫画や小説の世界のファンタジーの世界のものだと思いこんでいたが、存外しくみは科学的なもので説明できるのかもしれない。そして同時に新たな疑問が生まれた。
「あの、俺には特殊能力や身体的変化はないんですが…」
「そう!それも聞きたかったんだ。本当に何も無いのかい?」
「ええ、心当たりすらありません」
「ふむ、もしかすると必ずしも特殊能力に目覚めるとは限らないかもしれないし、これから目覚めるかもしれない。まだまだ謎が多いから今の段階じゃ何とも言えないね~」
「そうですか…」
「つまりは役立たずね」
高瀬さんはメガネをクイッと指であげて答えた。
「こらこら、そんな事はないよ。病葉くんは一人で能力者を見つけて未然に犯罪を止めたんだ、普通の人ではそんな事絶対できない。特殊能力どうこう以前に病葉くんは優れた人だと私は思うよ」
植木さんの言葉を聞いて、俺はどこか救われたように感じた。
「ところでお二人やこの場所はどういったものなんですか?」
「ここは松澤エレクトロニクスの開発の一部門なんだけど、所属社員は私と妃ちゃん二人だけでまぁ転移者だけの部署だよ。私が大学時代の同期が重役の一人でそれで松澤に私たちの居場所を作ってもらったんだ。ここで能力を使っていろいろな研究をしてるんだよ」
「この世界では能力者の存在はどれぐらい認知されているんですか?」
「能力者の存在はほとんど表には出てなくてね、その理由は病葉くんなら分かるんじゃないかな?」
「理由ですか?」
俺は考えこんだ。確かに特殊能力者が表だって何かメディアで報じられる事はなかった。単にたまたま表に出ていないという事もあるが、そうじゃない可能性も勿論考えられる訳で、つまりは何らかの隠蔽工作や情報操作が行われている可能性がありそしてそれができるのは何らかの組織が存在するという事でもある。
そしてそういった管理組織が友好的である保証はない。まさに今いる松澤エレクトロニクスがそうだ。二人の様子から敵意はないとは思うが、何せ現代の科学では解明できない能力ものによっては一人で世界のしくみを変えてしまう事だって考えられる訳で…
「少し難しい質問だったかな。では質問を変えよう」
「この事実を知って君はこれからどうしたいかね?」
この質問も俺の頭を悩ませた。いやむしろ悩むというか、今日一日だけで突然の想定外の情報ばかりで正直パンクぎみなのだ。
「すみません、少し考えさせてもらえますか」
「ああ、もちろん良いとも。大事な事だからね。また日を改めて答えを聞かせてもらおう」
「帰りの車の準備させるわ」
そう言うと高瀬さんは電話するために移動し、帰りの車を手配してくれた。
「それじゃあ、また待ってるよ」
俺は植木さんに会釈して松澤を後にした。
「先生、彼をどうするんですか?」
「どうもしないよ、彼はきっと正しい答えを出すと思うしもしかすると新しい可能性に導いてくれるかもしれない。そう私は感じたよ」
「先生は楽観的すぎます」
「そうかね?彼がどんな人間かは記憶を見た君が一番分かってるんじゃないかな?」
「そうですね…少なくとも彼の涙は本物でした」
次回 【第十八話 簡単な世界を願うな】