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13/22

とつぜんの大きなチャンスに夏目はキレる

 

 いつのまにか、夏目のまわりには人が集まってじろじろ見られていた。


 夏目にとっては、人に注目されるというのは(剣道の試合以外は)ほぼ経験のない事態で、いごこちが悪い。


「マドカさん、バイトは?」

「あ、もう仕事にいかんと」。時計を見て財布を取り出した。

「とにかく2冊買わないかんな」


 レジで2冊の『WEE』を手渡されると、すぐ夏目の手をつかんで、本屋さんを後にした。


「すごいチャンスをもらったな。これで何もかも変わる。とにかく無駄にせんようにせな。わたしも頑張らんといけん」


 そういって1冊を夏目に手渡した。

「すぐお母さんに見せるんよ」

「うん、おばあちゃ…おかあさんに見せるね。ありがとう」

「じゃあね。あんたは、まっすぐ帰るんよ。

 あっ、その前に事務所に電話せんとな。雑誌の反響で大騒ぎになっちょるかもしれんよ」


 夏目は、マドカの姿が消えるまで見送った後で、くるっと背中を向けた。

 なにも言わず一人でずんずん歩いていく。


 なぜ、青山へ向かって歩いているんだろう? わからないけど夏目は頭の中で写真のことを考えている。

(お母さんの写真は、まぶしいくらい輝いていた。あの人は、やっぱりスターだ)

 胸がいっぱいになっていた。


 …だけど、やっぱりわたしと違う。


 さっきまでの感情が少しずつ変化し、今度は別の感情がふつふつと湧いてきた。

 その感情の矛先(ほこさき)は、近くにいる「だれか」へ向かって——

 夏目は立ち止まって、ぼくを見た。


「なぜ雑誌にのることを黙っていたの? わたしを、からかってるの?」


 怒っている。目は怒りでランランと燃えている。


「輪さんは、このことを知ってたの?」


 ここは強く否定せねば。ぼくはあわてて首を横に振った。


「誓って知らない。ぼくも聞いてなかったから」

「神さまは知っていたはずだよ」

「それは…、たしかに雑誌のことを教えてくれなかったのは、どうかと思うよ。

 でも、なぜそんなに怒ってるの?」

「わからない」夏目は、キレぎみに言った。

「戸惑うのはすごくわかる。だけどうれしくないの?」

「うれしいに決まってる。あんなに素敵なお母さんの姿をみて、うれしいに決まってる」

「でも、怒ってるよ」

「何で怒っているのか、わからないの」


(お母さんには、絶対勝てない。そりゃあそうだけど。勝てないのは最初からわかってるけど)

「腹が立つの。だから輪さんに八つ当たりしてるの」


 夏目の心の中は確かに、ごちゃごちゃになっていた。不安と驚きと喜びと悔しさ、いろんな感情で心があふれかえっているんだ。

 もちろん神さまには、何か考えがあるんだろうけど、現場のぼくはたまったもんじゃない。


「いったい、この1冊の雑誌で、何が起こるというの?」

「たぶん、きっかけだと思う。

 この時代には、インターネットは広まってなかった。

 だから雑誌が人々に与える影響力は、2020年代とはまるで違うんだ」

「きっかけ?」

「さあ、はやく事務所に電話をかけて、どうなっているか様子を聞くんだ。番号は」

「手帳に書いてあったから知ってる」

 夏目は、つんけん言う。


 スマホを探すために、バッグを開いた手をとめた。(スマホは使えないのか)

 交差点で見つけた電話ボックスに入り、硬貨を入れて受話器のむこうの相手と言葉をかわした。


 夏目は、すぐに電話ボックスから出てきた。

 もう怒りはふっとんでいた。事務所の人から話をきいて、怒るどころではなくなったのだ。


「すぐに、部屋に帰らなきゃ。いちばん素敵に見える服に着替えろって。今から迎えに行くからって言われた」


 服を着替えろ? いちばん素敵に見える服? どういうことだ?

 何がなんだかさっぱりわからないけれど、何かが起こっているのだけはわかった。


 ぼくたちの想像を超えた何かが。


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