表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/22

特別な子

 唯川夏目(ゆいかわなつめ)にまつわるウワサで、大げさなものは一つもない。


 彼女は、200万人の男子の心を奪い、その3倍の数の女子から嫉妬された。


 でも、彼女の最強の魅力は、その可愛い顔でも、スタイルでもなく、

 気持ちが顔に「まるだし」になること。

 テレビカメラの前で、ど緊張しているのも。

 ベストテンに初登場して、涙ぐんで感激してるのも。

 生放送で歌って音をはずして、「あちゃー」と凹んでいるのも。

 そのまんまぜんぶ、絵に描いたように顔に出る。

 べつに、狙ってそうなるわけじゃない。勝手に顔に出てしまうのだ。

 それを見ていた全国の中高生たちは、メロメロになった。


 夏目が笑うとみんな笑いたくなり、悲しい顔をすると、みんなキリキリ胸が痛んだ。

 10歳の子どもから80歳の老人まで、もれなく全年齢の男子が壊滅的に彼女のとりこになった。


 唯川夏目……あの輝く黄金の80年代トップアイドル。


 彼女は、集団でダンスしながら歌う、アイドルグループの一人じゃない。

(といっても、今のアイドルグループを、否定する気はない)


 夏目は、ソロ(単独)のアイドルとして頂点に立っていた。


 ソロアイドルとは、

 大きなステージのまん中で1人で歌い、雑誌のカバーを1人で飾り、ドラマと映画に主演し、チョコと化粧品とパソコンのCMに起用され、自分のラジオ番組も持っている。

 そんな人のことだ。

 そんな人が、80年代には何人もいたのだ。


 唯川夏目が、ある時ラジオ番組でプレゼントの募集をしたら、放送局に50万通のハガキが殺到するジタイとなった。

 そのプレゼントとは、夏目が15分間、ひとり言をしゃべるカセットテープだった。


 たった1本のカセットテープのために、50万通。


 でも、唯川夏目は、他のアイドルとは違っていた。

 夏目のコンサートを体験したある作家は、こう言ったらしい。

「彼女は、何千人も観客がいても、一人一人と赤い糸で繋がっている」。


 さて……ところで、

 きみは、こう思っているかもしれないね?

(今、この話をしゃべっているあなたは、いったいだれ?)


 じつは、唯川夏目は、わたしの「お母さん」。

 そう。信じ難いが、ほんとうの話。

 わたしの名前は、(れい)

 唯川夏目の娘である。


 神さまは、お母さんに、誰からも愛される才能を、贈り物としてさずけた。

 娘のわたしへのギフトは……なんだろう?


 それはこれから、先の話。


 わたし……玲が生まれたのは、2000年。

 小さいわたしが遊んでいた場所は、ほかの子のような、公園とかではない。

 テレビ局の楽屋や、ドラマの撮影現場のすみっこ。

 まわりにいるのは、ほぼ制作現場の「おじさん」ばかり。


 男たちはみんな、わたしを甘やかして可愛がってくれた。

 楽屋にいる間は、いつも大人しくて、ご機嫌だったから。

 たまにグズっても、テレビの歌番組が始まると、ぴたっと泣き止んだ。

 お母さんが出演したりすると、画面に向かって、にこにこして手を振っていたという。


「こういう娘は、きっと母親のようにアイドルを目指すだろう」


 心理学者なら、こう言うかもしれない。

 でも違う。大はずれ。

 私は7歳の時から、質実剛健(しつじつごうけん)な道を行く、と決めていた。

 アイドルなんてとんでもない。アイドルなんて。


 でも、意図に反して、誰もがわたしのことを、とびきり素敵な女子に育つと思ったようだ。

 ……あの唯川夏目の「娘」だもの。


 現実は、そうでもない。

 わたしは、赤ちゃんの時も可愛くなくて、保育園の時も可愛くなくて、小学生の時も可愛くなかった。

 平均……並……ふつう……凡人。

 それが、わたし。


 それはともかく、幼稚園に行くようになると、わたしは「唯川夏目の娘」として、注目されるようになった。

 注目されるのは、子ども心に嬉しいもの。あやうく自分が特別だと思いそうになる。

 だけど困ったことに、自動的にわたしは、お母さんと比較されていた。


 誰と比較したっていいけど、トップアイドルの母親と比較するのだけは、やめろと言いたい。

 むこうは、ふつうの人間じゃない。特別製なのだ。


「おまえ、お母さんに似てないよな」

 ある日、小1の担任にいわれ、考えこんでしまった。

(わたし、もしかしてお母さんの子じゃないのかも)


 子どもというものは、自分は拾われた子だと思うものだ。

 そこでお母さんに、無邪気なふりして質問してみた。

「橋の下に捨てられてたんじゃない? わたし」

(子どもは橋の下に捨てられるというのが、妄想の定番だった)


「バカじゃないの、あんた。なかなかお腹から出てこなくて。大変だったんだから」

「でも先生にね。全然似てないって言われた」


 お母さんは激怒した。

 あんなに怒った唯川夏目を見たことがない。

 教師のことばの裏にある真意も、わたしがひそかに傷ついていたことも、一発でお母さんにはわかるのだ。

 その場で学校に怒鳴り込もうとしたお母さんを、必死で止なければならなかった。

 わたしのせいで、唯川夏目が週刊誌のネタになるのは、かんべんしてくれ。


 だけどそのとき確信した。

 たしかにわたしたちは親子だ。けんかっぱやいのは、そっくりだから。

 とにかく唯川夏目は母であり、わたしの味方だった。ずっと。

 父と離婚してからも。

 竹刀で、むかつく男子の前歯を叩き折ったときも、高校の志望を直前に変えたときも。

「味方になる」と口で言うのは簡単だけど、難しいものだ。

 それは、一緒に何かと戦うことを意味するから。


 お母さんが、戦わなかったのは一度きり。

 わたしが小学校2年の時に、お母さんは離婚して、わたしを引き取るためには、父と争わなくてはならかった。

 争えば自分だけでなく、娘も人々の目にさらされる。

 お母さんは戦わずに、自分だけ家から去っていった。


 唯川夏目は、病気を隠してるとか、いい加減なことを言われたけれど、その後、お母さんは仕事を少しずつ減らしていった。

 それとリンクして、わたしは他人から注目されなくなった。

 でも、時々わたしに呪いの言葉を投げかけるやつがいた。


 ……もっと、かわいい恰好したらいいのに

 ……芸能界にママがいて、コネがあるっていいな


 言っている人は、何でもないことばでも、がっくり力が抜けることば。

 その呪いから身を守るために、(ちょっと大げさだな)わたしは剣道部に入った。

 厳しい稽古にいそしみ、腕を上げることに専念した。

 かわいく笑わなくても、勝てばみんな喜ぶ。

 これはいい。

 わたしは剣道の稽古にひたすら励んだ。


 ——それは、あんたが本当にしたいことなの?


 ある日、お母さんは電話の向こうで、わたしに言った。


 そう。たしか、去年の誕生日にお祝いをしてくれたときも、言われた。

 まさか、こんなことになるなんて、その時は、想像もできなかった。


 とにかく、今のわたしは大学生で、夕方の講義室にいる。

 悩んでいた。

 もうすぐ卒業なのに、まだ進路が決まっていない。いまのわたしは、流されている気がしてならなかった。

 そのとき、スマホを見ていた友だちが、突然口をひらいた。


「玲、落ち着いて聞いて」

「なによそれ?」

「ネットに、ニュースが出てる」

 友だちが差し出したスマホに映る文字が目に入った。


 速報……唯川夏目さんが、都内の自宅マンションで心肺停止の状態で発見された


 次の瞬間、思いっきり心臓を氷の手でつかまれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ