53. 再挑戦の鉄槌と、歪む評価基準
本校舎に通う生徒たちが談笑しながら整備された石畳を歩く中、俺たちFクラスの面々は、光の届かない森の裏側、旧校舎の前に立っていた。 湿った土の匂いと、錆びた鉄の臭気。昨日の敗走の記憶が、肌にまとわりつくように蘇る。
「……みんな、準備はいいか」
クロは、背負ったリュックのベルトを締め直しながら、背後の四人を見渡した。
昨日の今日だ。恐怖がないと言えば嘘になるだろう。だが、彼らの目には、昨日とは違う色が宿っていた。それは「諦め」ではなく、「覚悟」に近い色だ。
「……うん。ポポちゃんも、やる気だぞ」
巨漢の虎獣人、ガロンが低く唸る。その手には、昨日まではただ抱きしめられていただけのぬいぐるみではなく、学校の備品室から借りてきた巨大なタワーシールドが握られていた。彼のレベルは8。このFクラスの中では、いや、一年生全体を見渡しても突出したステータスを持つ。彼がその力を発揮できるかどうかが、今日の攻略の鍵だ。
「僕も、喉の調子は万全です! 新曲のセットリストも組んできました!」
ラベルが、派手なアイドル衣装の襟を正す。彼のユニークスキル【注目】と【夢を現実に】によるバフは、俺たちの生命線だ。
「……爆薬の調合、変えました。昨日の比率だと、閉鎖空間での威力が強すぎて……。今度は、指向性を高めた『貫通型』です」
ドワーフのピコが、工具箱のような鞄を撫でながら呟く。彼女の機械いじりと爆破技術は、物理的な破壊力において頼りになる。
そして、最後尾に立つ灰色の少女、ネイ。 彼女は相変わらず無言で、周囲と距離を取っている。だが、昨日のようにただ拒絶して蹲るのではなく、その瞳はしっかりと、これから潜る地下への入り口を見据えていた。
「……行くぞ。リベンジマッチだ」
俺たちは重い鉄扉を押し開け、再び奈落への階段を降りていった。
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地下1階層の空気は、昨日よりもさらに淀んでいた。 迷宮という場所は、侵入者の「負の感情」を吸って成長する。昨日の俺たちの恐怖と敗北感が、この場所を活性化させているのかもしれない。 道中の雑魚敵――廃棄実験体たちは、ガロンが盾で弾き、ピコがスパナで解体し、俺がトドメを刺すという連携で難なく突破した。レベル8の獣人であるガロンが前衛に立つだけで、安定感が段違いだ。 そして、俺たちは昨日の撤退地点、1階層の最奥にある広間へとたどり着いた。
「……いたな」
広間の中央に鎮座するのは、瓦礫と廃棄部品、そして腐肉の塊で構成された巨体。
【廃棄合成獣 Lv.20】
昨日は手も足も出ずに逃げ帰った相手だ。 その赤い単眼が、ギロリとこちらを向き、低い駆動音と共に立ち上がった。
「……作戦通りだ。ガロン、前へ!」
俺の号令と共に、ガロンが雄叫びを上げた。
「……う、うおおぉぉぉっ!! こっちだ、鉄屑!!」
ガロンが盾を打ち鳴らす。スキル【咆哮】。 本来は敵を威嚇するスキルだが、彼はそれを「自分を鼓舞し、敵の注意を引く」ために使った。 ゴーレムの注意がガロンに向く。巨腕が振り上げられ、質量そのものが凶器となって叩きつけられる。
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃音が響き、床の石畳が砕け散る。 だが、ガロンは一歩も引いていなかった。 スキル【硬化】を最大出力で発動させ、その毛並みを鋼鉄に変え、タワーシールドごと攻撃を受け止めたのだ。
「……ぐ、ぐぅぅぅ……! お、重い……けど、耐えられる……!」
「ナイスだガロン! ラベル、援護!」
「はいっ! 『守り抜け! 鉄壁のガーディアン!』」
ラベルがマイクに向かって叫ぶ。彼の声が光の粒子となり、ガロンの体にまとわりつく。防御力アップのバフだ。 ゴーレムが苛立ったように、もう片方の腕を振り回す。だが、ガロンはその攻撃も受け止める。レベル8のステータスと、獣人本来の筋力。これこそが、彼が本来持っていたポテンシャルだ。
「ピコ、足だ! バランスを崩せ!」
「い、いっけぇぇぇ!」
ピコが懐から取り出したのは、昨日よりも細長い形状の爆弾だった。 それをゴーレムの膝関節の隙間に正確に投げ込む。 カキン、という金属音の後、鋭い破裂音が響いた。
パァンッ!!
爆発の規模は小さい。だが、その衝撃波は針のように一点に集中し、ゴーレムの膝を支えるシャフトをピンポイントで破壊した。 ガクン、とゴーレムの巨体が傾く。
「……今だ」
俺は、リュックから取り出した「あるもの」を握りしめ、飛び出した。 それは、コンビニで購入したガス缶とライター、そして潤滑油のスプレーだ。この世界では、別の世界から持ち込まれた技術として普通に流通している日用品。だが、使い方次第でそれは凶悪な兵器になる。 俺は『不』の力を指先に集中させ、ガス缶に微細な穴を開けると同時に着火した。
「……ネイ! お前の出番だ! その『拒絶』で、あいつの核を露出させろ!」
後方に控えていたネイが、ビクリと震える。 彼女はまだ、自分の力を恐れている。 だが、俺の視線と、前線で必死に耐えているガロンの姿を見て、彼女は小さく頷いた。
「……どいて!」
彼女が両手を突き出す。 対象は、ゴーレムの胸部にある分厚い装甲板。
「……消えろ!」
ブォンッ!!
空間が抉り取られるような音と共に、ゴーレムの胸の装甲が「存在しなくなった」。 破壊されたのではない。最初から無かったかのように、座標ごと消滅したのだ。 その奥で、赤く脈打つ核が剥き出しになる。
「……道は開いた!」
俺は地面を蹴った。 レベル2の身体能力では、普通に走っても追いつかない。
だから、使う。
俺の中に眠る、かつての記憶。かつての世界を逃げ回り、這いずり回り、それでも生き延びた男の技術。
『 這う這うの体』
俺は左手の指を、独特の形に組んだ。 中指と薬指を曲げ、親指で弾くような動作。 そこへ、体内の魔力を極限まで圧縮して送り込む。イメージするのは、ジェットエンジンの噴射口。
「……『 噴 ( フ ) 』ッ!」
パシュッ!!
指先から、指向性を持った圧縮空気が爆発的に噴射された。 その反動を利用し、俺の体は物理法則を無視した急加速を行う。 空中での軌道変更。 右へ、左へ。ジグザグに空気を蹴りながら、ゴーレムの迎撃を躱し、懐へと飛び込む。
腕の筋肉が悲鳴を上げる。骨がきしむ。レベル2の肉体には、この機動は負荷が大きすぎる。 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「……これで終わりだ!」
俺は右手に持ったモップの柄(先端にナイフを固定し、さらに『不知火』の熱量を込めたもの)を構えた。 狙うは、剥き出しになった核。
「……貫けぇぇぇっ!!」
加速の勢いを乗せた刺突が、ゴーレムの核に突き刺さる。 同時に、左手で追加の『噴』を行い、インパクトの瞬間にさらに押し込む。
ドォォォォンッ!!
核が砕け散る音が、広間に響き渡った。 ゴーレムの動きが止まる。 赤い光が明滅し、やがてフッと消えた。
ズズズ……ドサァァァッ!
巨大な質量が崩れ落ち、ただの瓦礫の山へと変わった。 土煙が舞い上がる中、俺はその場に膝をついた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
右腕が痺れて感覚がない。『這う這うの体』の反動だ。 だが、やった。レベル20のボスを、レベル平均2(ガロン除く)の寄せ集めパーティで撃破したのだ。
「……か、勝った……?」
ラベルが恐る恐る声を上げる。 俺は親指を立ててみせた。
「……ああ。俺たちの勝ちだ」
わぁぁっ! と歓声が上がる。ガロンが盾を放り投げてガッツポーズをし、ピコが飛び跳ねる。ネイも、少しだけ安堵したように肩の力を抜いた。
これで、地下1階層の攻略は完了だ。奥には地下2階層へと続く階段が見える。本来なら、このまま進むべきだろう。だが、俺たちの消耗は激しい。特に俺の右腕と、ガロンの体力は限界に近い。
「……一旦、戻るぞ。深追いは禁物だ」
俺の判断に、誰も異論はなかった。俺たちは戦利品としてゴーレムの核の欠片を回収し、地上への帰路についた。
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地上に戻った俺たちは、旧校舎の裏手にある木陰で休息を取っていた。夕日が森を赤く染めている。緊張が解けたせいか、全員が泥のように座り込んでいる。
「……ふぅ。生きた心地がしませんでしたよぉ」
ラベルが大の字になって空を見上げる。俺は、コンビニ店長から支給された(給料天引きの)スポーツドリンクを全員に配った。
「……さて。反省会と、現状確認だ」
俺は生徒手帳を開き、ステータス画面を表示させるための呪文を唱えた。この世界では、生徒手帳がそのままステータスプレートの役割を果たしている。
「まずは、レベルの確認だ。格上のボスを倒したんだ、上がってるはずだぞ」
全員が手帳を開く。
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【ステータス】
名前:ガロン レベル:9(UP!)
HP:150/180
MP:20/40
スキル:【硬化 Lv.3】【咆哮 Lv.2】
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「……あ、上がった。……レベル9だ。……これなら、故郷のみんなにも、少しは胸を張れるかな……」
ガロンが嬉しそうに尻尾を振る。レベル9。一年生としては破格の強さだ。あとはその臆病な性格さえ克服できれば、Aクラスのエース級とも渡り合えるだろう。
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【ステータス】
名前:松田 ラベル
レベル:2(UP!)
HP:20/20
MP:45/50
スキル:【注目 Lv.4】【夢を現実に Lv.1】【体力が続く限り無敵になる】
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「やったー! レベルアップです! これで新曲のダンスのキレが上がりますよ!」
ラベルが無邪気に喜ぶ。レベル2。まだまだ低いが、彼のバフスキルはレベルに依存しない「割合上昇」の効果があるようだ。これからの成長が楽しみなサポーターだ。
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【ステータス】
名前:ピコ
レベル:3(UP!)
HP:25/25
MP:30/30
スキル:【解体 Lv.2】【火薬調合 Lv.2】
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「……ふふ、ふふふ。火薬の配合、新しいレシピが閃きましたぁ……。次はもっと、ドカンと……」
ピコが危ない笑みを浮かべる。彼女の火力は貴重だ。誤爆さえなければ。
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【ステータス】
名前:ネイ
レベル:測定不能
HP:測定不能
MP:測定不能
スキル:【拒絶(名称仮)】
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「……やっぱり、何も書いてないわ」
ネイが手帳を閉じる。彼女のステータスは、最初からバグっている。レベルもスキルも表示されない。だが、あの「拒絶」の力は、レベルという概念を超越した何かだ。
「……気にすんな。お前の力は、数字で測れるもんじゃない」
俺が言うと、彼女は少しだけ視線を和らげた。
そして、俺だ。
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【ステータス】
名前:クロ(目繰 里無)
レベル:3(UP!)
HP:35/35
MP:10/10
不の残滓:2.2%
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「……レベル3、か」
亀の歩みだ。
かつて、第三世界で神を殺した時の俺は、レベル67だった。
ギルドランクで言えば、最高峰の『 星晶石 ( スター ) 』級に次ぐ、『 アダマンタイト ( 金剛 ) 』級。国一つを単独で滅ぼせる災害級の力を持っていた。
それが今は、レベル3。
『這う這うの体』を数回使っただけで腕が使い物にならなくなる、脆弱な器。だが、確実に前には進んでいる。不の残滓も微増している。これが溜まれば、あるいは……。
「……よし。今日はここまでだ。明日からは2階層の攻略に入る。敵も強くなるし、地形も複雑になる。各自、装備の手入れと体調管理を怠るなよ」
「「「はいっ!」」」
ネイは無言で頷いた。
俺たちは解散し、それぞれの寮へと戻っていった。
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その日の夜。 本校舎の最上階にある「校長室」に、一人の男が呼び出されていた。Fクラス担任、ヴェルト・ハイウィンドだ。彼は豪奢な絨毯の上で膝をつき、苦虫を噛み潰したような顔で報告を行っていた。
「……報告します。本日、Fクラスの生徒たちが、旧校舎地下迷宮の1階層ボス『廃棄合成獣』を撃破しました」
重厚な執務机の向こうで、校長のギル・アーカイブスが、ワイングラスを傾けながら書類に目を通していた。窓の外には、アギュラの夜景と、空に浮かぶ『見開かれた眼』の紋章が見える。
「……ほう。あの鉄屑を、入学早々にか。しかも、Fクラスの」
ギルの声には、驚きよりも、純粋な好奇心が混じっていた。
「……はい。信じ難いことですが、事実です。監視魔法の記録によれば、彼らは奇妙な連携を見せ、最後はあの『魔力ゼロ』の少年がトドメを刺したようです」
ヴェルトは屈辱に震えていた。自分が「ゴミ」と断じた生徒たちが、予想外の戦果を挙げたこと。そして何より、自分が担当するFクラスが注目されることが、彼のエリートとしてのプライドを逆撫でしていた。
「……ふむ。面白い」
ギルは書類を置き、眼鏡の位置を直した。
「ヴェルト君。私は彼らに興味が出てきたよ。特に、あのクロという少年と、測定不能の少女ネイ」
「はっ……しかし校長、彼らは所詮イレギュラーです。学校の秩序を乱す存在かと。早々に処分すべきでは……」
「秩序? ククッ……この世界に、真の秩序などあるのかね? 創造主様でさえ気まぐれだというのに」
ギルは意味深に笑うと、指を組んだ。
「……よろしい。彼らに新たな目標を与えよう。もし彼らが、『地下3階層』を踏破し、その奥にある『封印の間』まで到達できたなら……」
ギルは一拍置き、残酷なほど楽しげに言った。
「……彼ら全員を、『Aクラス』へ昇格させると伝えなさい」
「なっ……!?」
ヴェルトは顔を上げた。Aクラス。それは、レオナルドのような貴族や、エリート中のエリートだけが許される特権階級だ。そこに、あのFクラスのゴミどもを入れるだと?
「こ、校長! 正気ですか!? そんなことをすれば、他の生徒たちの示しがつきません! それに、松田家の威信にも関わります!」
「これは決定事項だ。……それに、ヴェルト君。君も知っているだろう? 地下3階層より先は、我々教師でさえ立ち入りを禁じられている『未知の領域』だ。……彼らがそこに辿り着けるかどうか、あるいはその過程でどう『壊れる』のか。見ものだと思わないか?」
ギルの目は笑っていなかった。それは、実験動物を迷路に放り込む科学者の目だった。
「……はッ。……承知いたしました」
ヴェルトは頭を下げ、退室した。
廊下に出た瞬間、ヴェルトの表情が歪んだ。美しいエルフの顔が、憎悪と嫉妬で醜悪に変わる。
(……ふざけるな。Aクラスだと? あんなゴミどもが、私の教え子たちと同じ場所に立つなど、あってたまるか)
ヴェルトは爪が食い込むほど拳を握りしめた。校長の命令は絶対だ。表立って逆らうことはできない。3階層まで行けと伝えなければならない。だが、迷宮の中での事故なら? 生徒同士の「不幸なトラブル」なら?
(……地下2階層。あそこは精神干渉系の魔物が多い。……少しばかり、誘導してやればいい。彼らが発狂し、互いに殺し合うように)
ヴェルトは懐から、一枚の黒い呪符を取り出した。それは、禁忌とされる『魔物寄せ』と『精神汚染』の複合呪具。
「……思い知らせてやる。身の程をわきまえぬクズには、相応の末路があることをな」
ヴェルトは冷酷な笑みを浮かべ、闇の中へと消えていった。
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その夜。 俺はいつものように、コンビニ『アギュラ店』のバックヤードにいた。店長への報告と、次の探索の準備のためだ。
「……へぇ。1階層クリアか。やるじゃないか」
店長は、煙草の煙を吐き出しながら、俺が持ち帰ったゴーレムの核の欠片を鑑定していた。
「だが、気をつけろよ。学校側……特にあの担任のエルフは、お前らをよく思っちゃいない。2階層からは、魔物以外の『罠』が増えるかもしれんぞ」
「……ああ。分かってる」
俺は、蛇便で届いた追加の物資をリュックに詰めながら答えた。教師の妨害。他のクラスからの干渉。そして、地下深くに潜む謎の存在。敵は多い。だが、今の俺たちには、確かな「連携」が生まれつつある。
「……なあ、店長。この世界の『神』ってのは、本当に全能なのか?」
ふと、俺は問いかけた。店長は手を止め、鋭い視線を俺に向けた。
「……さあな。だが、一つだけ言えることがある」
店長はニヤリと笑った。
「どんなに完璧なシステムにも、必ず『バグ』はある。お前みたいにな」
「……違いない」
俺は店を出て、星のない夜空を見上げた。明日からは、地下2階層。そこには、俺たちの心を試すような、陰湿な罠が待っている予感がした。
(……上等だ。全部、食い破ってやる)
俺はポケットの中の『不』の残滓を握りしめ、寮へと戻っていった。




