51. 虚飾の入学式
ヴェルト教師が捨て台詞を残して去った後の、静まり返ったFクラスの教室。
チョークの粉が雪のように降り積もった教壇が、先ほどの騒動の余韻を残している。
「……とんだ茶番だ」
俺は息を吐きながら、椅子に深く座り直した。
とりあえず、教師からの初手攻撃は凌いだ。だが、これで目を付けられたのは確実だ。平穏な学校生活なんざ、夢のまた夢だろう。
「すごいですねクロ先輩! あの先生を撃退しちゃうなんて! 今の、演出ですか? 『粉雪の舞う教室』……デビュー曲のMVに使えそうです!」
金髪の少年が目を輝かせながら駆け寄ってくる。こいつのメンタルは、オリハルコンでできているのかもしれない。あるいは、単に馬鹿なのか。
俺はこいつの顔を見た。整った顔立ちに、金髪。
かつて第三世界で戦ったあの筋肉ダルマのような暑苦しさも、この世界を支配する管理者のような胡散臭さもない。
こいつは、俺が不を共有し、理から引き剥がした、ただの純粋なアイドル志望――ラベルだ。
もう「松田」という、この世界で神聖視され、呪いともなる名前で呼ぶ必要はないだろう。俺の中でこいつは、ただのラベルだ。
「……演出なわけあるか。偶然だ」
俺は適当に返しつつ、教室を見渡した。
ヴェルトの剣幕に押されて静まり返っていた他の生徒たちが、教師がいなくなったことで動き出していた。
「……ふぅ。怖かったぁ……。爆発するかと思ったよぉ……」
机の下から這い出してきたのは、小柄なドワーフの少女だった。
髪はボサボサの赤茶色で、なぜか頭に溶接用のゴーグルを乗せている。制服のサイズが合っておらず、萌え袖状態になっている手には、油まみれのスパナが握りしめられていた。
「君、大丈夫? 震えてるけど」
ラベルが声をかけると、彼女はビクッとしてスパナを構えた。
「ち、近づかないでくださいぃ! このスパナには『爆縮機能』がついてて、間違ってスイッチ押しちゃうと教室ごとドカンですからぁ!」
「ええっ!? なんでそんな危険物持ってるの!?」
「……だって、落ち着くから……」
ドワーフの少女は涙目で言いながら、スパナを抱きしめて再びガタガタと震えだした。どうやら対人恐怖症と爆発物愛好癖を併せ持つ、厄介なタイプらしい。
「……ぬぅ」
もう一人、教室の隅で腕を組んでいた巨漢が立ち上がった。
虎の獣人だ。身長は2メートルを超えているだろう。盛り上がった筋肉が制服を内側から破裂させそうだ。
鋭い牙、凶悪な爪。どう見ても歴戦の戦士……あるいは凶悪犯にしか見えない。
「……ひぃっ! た、食べないでぇ!」
ドワーフの少女が悲鳴を上げる。
虎の獣人は、俺たちの前までズシン、ズシンと歩み寄ると――。
「……すまん。怖がらせたか」
蚊の鳴くような、信じられないほど小さな声で言った。
そして、懐から何かを取り出す。それは、ピンク色の可愛らしいクマのぬいぐるみだった。
「……こいつの名は『ポポ』だ。……可愛いだろう?」
彼は凶悪な顔を真っ赤にして、ぬいぐるみを愛おしそうに撫でた。
「……」
俺は頭痛を覚えた。
爆弾魔の対人恐怖症ドワーフ。
ぬいぐるみを愛する極度の恥ずかしがり屋な虎獣人。
アイドル志望の元・管理者の器。
そして、俺という不純物。
「……動物園かよ、ここは」
俺が呟くと、教室の最後列、窓際でずっと外を見ていたネイが、冷ややかな視線をこちらに向けた。
「……騒がしい。頭が痛くなる」
彼女は俺たちとの間に明確な壁を作り、拒絶のオーラを放っている。
俺が視線を返すと、彼女は露骨に顔をしかめ、口元をハンカチで覆った。
「……こっち見ないで。視線が、気持ち悪い」
「挨拶もなしかよ。クラスメイトだろ」
「……馴れ合うつもりはないわ。あなたみたいな『異物』とは特にね」
彼女の言葉には、嫌悪以上の、生理的なレベルでの拒絶が含まれている。
俺の中にある『不』。彼女の中にある得体の知れない何か。
やはり、相性は最悪らしい。俺としても、不用意に近づくべきではないと本能が告げている。
『……主よ』
イヒの声が響く。
『……愉快。だが、油断するな。あの獣人もドワーフも、ただの落ちこぼれではない。何かしらの「エラー」を抱えている。それ故のこのクラスだ』
「……違いない」
その時、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
『――新入生諸君。これより大講堂にて入学式を行う。速やかに移動せよ』
「おっ! 入学式ですね! メインステージですよクロ先輩! 行きましょう!」
ラベルが俺の腕を引く。
俺はため息をつきながら立ち上がった。
さて、このイカれたメンバーで、どんな式典になることやら。
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案内された大講堂は、王宮の舞踏会場のように豪華絢爛だった。
高い天井にはフレスコ画が描かれ、巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられている。
だが、そこでも明確な「格差」が可視化されていた。最前列の、ふかふかの赤いシートにはAクラスの生徒たち。その後ろにB、Cクラスと続き……。
俺たちFクラスの席は、一階席には用意されていなかった。
「……あそこかよ」
俺が見上げた先。
ホールの最上段、照明機材や空調のダクトが通る、狭いキャットウォークのような場所。そこにパイプ椅子が数脚、申し訳程度に並べられていた。
「うわぁ! 二階席……というより、天井席ですね! ここなら会場全体を見渡せますよ! ファンのみんなの顔がよく見えるなぁ!」
ラベルは手すりから身を乗り出し、下界の生徒たちに手を振っている。もちろん、誰も気づいていないし、気づいたとしてもゴミを見るような目で一瞥するだけだろう。
虎獣人の男――名前は確かガロンと言ったか――は、高所恐怖症なのか、手すりにしがみついて震えている。
ドワーフの少女は「こ、ここから爆弾落としたら……」と物騒なことをブツブツ言っている。
ネイは一番端の席に座り、周囲との関わりを断つように目を閉じていた。
壇上には、教師たちが整列していた。
その中央に、一人の老紳士が進み出る。今朝、放送で声を聞いた校長、ギル・アーカイブスだ。
眼鏡の奥の瞳は理知的で、しかしどこか、研究対象を観察するマッドサイエンティストのような光を宿している。
『――新入生の諸君、入学おめでとう』
魔法で拡声された声が、講堂全体に響き渡る。
『君たちは選ばれた。この世界「イーク」の平和と秩序を守り、さらなる発展へと導くための「力」を持つ者として』
校長の言葉は、ありきたりな祝辞のように聞こえる。だが、俺の中のイヒが、微かに警告の音を鳴らした。
『……主よ。言葉の裏を感じろ』
(……ああ。分かってる)
校長は続ける。
『この世界は偉大なる創造主によって、文明は祝福され、豊かな社会が築かれた。だが、光があれば影もある。ダンジョンの深淵から湧き出る魔物、そして世界の理に仇なす不敬な存在……』
校長の視線が、一瞬だけ、遥か上空の俺たちの方へ向けられた気がした。
この世界の住人にとって、創造主とは絶対的な神だ。校長もまた、その神を崇める敬虔な信徒――あるいは、神の威光を利用する側の人間として振る舞っている。システムや管理者といった言葉は一切出ない。
『君たちの使命は、それらを駆逐し、この美しい世界を「維持」することだ。……あるいは、その先にある「真実」に辿り着き、新たな理となることか』
校長は意味深に言葉を切ると、不敵に微笑んだ。
『では、新入生代表の挨拶に移ろう。Aクラス首席、レオナルド・バーンスタイン君』
万雷の拍手の中、金髪の少年が壇上に上がった。
昨日、実技試験で因縁のできた貴族、レオナルドだ。
彼は堂々とした態度で、完璧なスピーチを始めた。
「――我々Aクラスは、この学園の誇りとして、常に先頭に立ち、偉大なる創造主の御心に沿うよう、正しき力を行使することを誓います……」
「かっこいいですねぇ! あの子、センターの素質ありますよ!」
ラベルが無邪気に評価する。
俺はあくびを噛み殺した。
この式典自体が、巨大なシステムの一部だ。優秀な「駒」を選別し、思想を植え付け、神に都合の良い兵隊を作るための儀式。
隣のネイを見ると、彼女は耳を塞ぎ、苦しそうに眉を寄せていた。
この空間に充満する、集団催眠のような「熱狂」と「服従」の空気。それに彼女の何かが過剰反応し、拒絶反応を起こしているのだろう。
「……おい」
俺が声をかけると、ネイは鋭く俺を睨み返した。
「……話しかけないで。あなたの声も、あの人たちの声も……全部、ノイズよ」
取り付く島もない。
彼女にとって、俺を含むこの世界の全てが「異物」なのだ。
式典は、つつがなく終了した。
俺たちFクラスの存在など、最初から無かったかのように。
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式典が終わり、俺たちは再び「隔離棟」の教室へと戻ってきた。
教師のヴェルトは戻ってこない。
代わりに、黒板には『自習。および相互理解』とだけ書かれていた。
「相互理解って……要するに放置プレイですね」
ラベルが苦笑する。
誰も口火を切らない重苦しい空気の中、ラベルが机の上に飛び乗った。
「じゃあ! せっかく同じクラスになったんですし、自己紹介タイムといきましょう! まずは僕から! Fクラスのアイドル、松田ラベルです! 趣味は歌とダンス、特技はファンサービス! みんなのハートを鷲掴みにしちゃいますよ! よろしくね!☆」
バチーンとウインクを決める。
シーンとする教室。
だが、虎獣人の男が、おずおずと手を挙げた。
「……すごいな。そんなに堂々と喋れるなんて」
彼はモジモジしながら立ち上がった。
「……俺は、ガロンだ。種族は虎獣人。……その、見た目はこんなだが、争いは好まない。……趣味は、手芸と……可愛いものを集めることだ。……よろしく頼む」
ガロンは顔を真っ赤にして、ポポちゃん(ぬいぐるみ)の顔で自分の顔を隠して座った。
見た目とのギャップで風邪を引きそうだ。
「……次は、私、ですね……」
ドワーフの少女が、ガタガタ震えながら立ち上がる。
「……ピ、ピコです。ドワーフ族です。……えっと、機械いじりが好きで……特に、その、爆発する瞬間の閃光とか、衝撃波とか……そういうのが、落ち着くんです……。……仲良くしてください、爆発しない程度に……」
ピコは言い終わると同時に机の下に潜り込んだ。
やはり危険人物だ。
そして、視線はネイに集まる。
彼女は頬杖をついたまま、冷たく言い放った。
「……ネイ。それ以外に教えることはないわ」
「えーっ、もっと教えてよ! 好きな食べ物は? 休日の過ごし方は?」
ラベルが食い下がるが、ネイは無視を決め込む。
最後に、俺の番だ。
「……クロだ。職業はコンビニ店員。他は……まあ、色々だ。以上」
「ええーっ!? 先輩も素っ気ないなぁ! コンビニ店員って職業なんですか!? ていうか『色々』って何ですか、ミステリアス路線ですか!?」
「うるさい。……これで全員か」
一癖も二癖もある連中だ。
ガロンは見た目に反して気弱すぎるし、ピコは挙動不審な爆弾魔。ネイは拒絶の塊で、ラベルは脳内お花畑のアイドル。
そして俺は、世界のバグ。
まともな奴が一人もいない。
「……ふふっ。面白いクラスになりそうですね!」
ラベルだけが、この状況を楽しんでいるようだ。
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その時、教室の扉が開き、一枚の羊皮紙が風に乗って舞い込んできた。
ヴェルトの風魔法による通信だ。
羊皮紙は黒板に張り付き、文字が浮かび上がる。
【Fクラス 今後の活動予定】
1.基本方針
Fクラス生徒は、既存のカリキュラム(座学・通常演習)には参加しないものとする。
この世界の定めた基準に適合しない君たちは、通常の教育課程では評価不能である。
よって、君たちの価値を再評価するための処置を行う。
2.特別課題
明日より毎日、午後の時間は『旧校舎地下迷宮(通称:廃棄区画)』を巡ること。
3.目標
地下迷宮の『最下層』への到達。
期限は無期限。ただし、一定の成果が見られない場合は退学処分とする。
4.備考
地下迷宮内での生死は問わない。
自己責任において生存せよ。
「……地下迷宮を、巡れだと?」
俺は眉をひそめた。
『旧校舎』。あの中庭にあった、封鎖された塔のことか。
あそこには、俺の『不』と共鳴する何かが眠っていると踏んでいた場所だ。
まさか、学校側からそこへ入れと指示されるとは。
「廃棄区画……なんだか、響きが怖いですねぇ」
ラベルが身震いする。
「……でも、『生死は問わない』って……それ、授業じゃなくて処刑宣告じゃないですか?」
ピコが青ざめる。
「……ふん。望むところだ」
ガロンが、ポポちゃんを握りしめながら、意外にも力強く言った。
「……俺は、強くなりたい。見た目だけじゃなく、心も。……このクラスでなら、変われる気がする」
「……勝手にしなさい」
ネイは興味なさそうに吐き捨てたが、その視線は羊皮紙の文字を鋭く追っていた。
彼女もまた、あの地下に何かを感じているのかもしれない。
「……決まりだな」
俺は立ち上がり、黒板の羊皮紙を指差した。
「俺たちは『F』だ。学校側も、俺たちを持て余してる。だから、評価し直すために、一番危険で、誰も近づかない場所に放り込むことにしたんだろ。……好都合だ」
俺は口元を歪めた。
地下迷宮。そこには、この世界の「加速」によって埋もれた真実があるかもしれない。
アカメを取り戻す手がかりも。
「明日からが本番だ。……死にたくない奴は、覚悟を決めておけよ」
俺の言葉に、ラベルがニカっと笑った。
「もちろんです! 地下迷宮でのライブツアー、開幕ですね!」
Fクラス。
最適化されたこの世界で、弾き出された者たちの吹き溜まり。
ここから何かが始まる予感がした。
俺たちの、理不尽な世界への反逆が。
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【現在のステータス】
名前:クロ(目繰 里無)
レベル:2
HP:28/28 MP:8/8
不の残滓:1.9%
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