49. Fの烙印
試験終了を告げる鐘の音が、茜色に染まったアギュラの空に溶けていく。
昼間は青く澄んでいた空に、今は薄っすらと『見開かれた眼』の紋章が浮かび上がっていた。月ではない。この第一世界『イーク』を管理する支配者、『錚々たる松田』の監視の目だ。
この世界は、かつて俺がいた荒廃した世界とは違う。魔法技術と科学が融合し、無駄を極限まで削ぎ落とした『最適化された文明』
ここでは数値がひとつの基準として絶対視されているが、それだけが全てではない。数値以上に、「結果」と「実力」がものを言う徹底した実力至上主義社会だ。
無能な高レベルよりも、有能な低レベルが評価されることもある。だが、基本的には「高レベル=有能」という図式が成立しているのが現実だ。
そんな歪で整然とした世界で、俺と松田ラベルは校舎前の掲示板の前に立っていた。
そこには、合格者の名前と、振り分けられたクラスが張り出されている。
「……ありましたよ、クロ先輩! 僕たちの名前!」
松田が弾んだ声で指差す。
AクラスからEクラスまでが順当に並ぶ中、Fクラスだけは掲示板の端、まるで隔離枠のような扱いで別枠に記載されていた。
【Fクラス(特殊技能科)】
・1046番 クロ
・1047番 松田ラベル
・1050番 ネイ
・……他、数名
「ええーっ!? Fですか!? Fって、あの『ファンタスティック』のFですよね!? それとも『フューチャー』? 未来のスターってことかな!」
「……いや、違うな」
俺は掲示板の備考欄に書かれた小さな文字を目で追った。
『Fクラス:測定不能、あるいは規格外の能力を持つ者を対象とした特別指導クラス』
「『Foreign(異質)』か、あるいは『Freak(異形)』のFだろうよ」
俺たちは落ちこぼれ(Failure)として集められたわけではない。
この「最適化されたシステム」において、計算式に当てはまらないバグ。それを監視し、管理するためのクラスだ。
魔力測定で「ゼロ(測定不能)」を出しながら水晶に亀裂を入れた俺。
魔力測定不能ながら異常な集客効果を発揮した松田。
そして……。
「フン。貴様らがFとはな。学校側も扱いに困ったと見える」
背後から、冷ややかな声が掛かった。
振り返ると、実技試験で大猪に襲われていた貴族の少年、レオナルド・バーンスタインが立っていた。泥だらけだった高級なローブは既に新しいものに着替えられ、金髪も整えられている。
「私はAクラスだ。当然だがな」
彼は掲示板の最上段、金色の枠で囲まれた自分の名前を顎でしゃくった。
【Aクラス(特進科)首席:レオナルド・バーンスタイン】
「……そりゃどうも。おめでとう、エリート様」
「勘違いするな。家柄だけで選ばれたわけではない」
レオナルドは不愉快そうに鼻を鳴らした。
「Aクラスは『最適解』の集まりだ。高水準のステータス、模範的なスキル構成、そして何より、この世界の理を最も効率的に使いこなす才能。……私はその頂点にいる」
彼の言う通りだろう。
実技試験での動きを見たが、彼は教科書通りの魔法を、最速かつ最大の威力で放っていた。イレギュラーな事態(大猪の暴走)には弱かったが、定められたルールの中では最強の部類だ。
この世界が求める「正解」そのもの。だからこそのAクラス。
対して、俺たちは「不正解」だ。
「……だが、貴様の実力がFだとは到底思えん。あの動き、魔力を使わずにあの大猪を翻弄した体術。……学校側の目は節穴か? それとも、貴様の力はそれほどまでに『異質』だと判断されたのか」
レオナルドは声を潜め、俺を睨みつけた。その瞳には、侮蔑ではなく、純粋な実力への評価と、得体のしれないものへの警戒心が混じっていた。
「さあな。俺はただのコンビニ店員だ。評価なんてどうでもいい」
「……チッ。欲のない男だ。次に会うときは、公式試合の場だ。そこで貴様を叩き潰し、私の恥を雪ぐ」
レオナルドはマントを翻し、取り巻きたちと共に去っていった。
どうやら、変に気に入られたらしい。
「ツンデレですねぇ。あの子、絶対先輩のファンになりますよ」
「……縁起でもないことを言うな」
俺は掲示板のFクラスの欄にもう一度目をやった。
俺と松田の下にある、もう一つの記載。
・1050番 ネイ
あの少女だ。
魔力測定の時、俺を見て生理的な拒絶反応を示した、灰色の髪の少女。
名前は『ネイ』というらしい。
彼女もまた、このシステムの規格外としてFクラスに放り込まれた。
「……面白くなってきたな」
俺は小さく呟いた。
監視の目が厳しいAクラスよりも、規格外が集まるFクラスの方がある意味動きやすいのかもしれない。
『旧校舎』の地下に眠る謎を探るには、最高のポジションだとポジティブ考えてみる。
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「……うわぁ」
案内された「Fクラス寮」を前に、松田が感嘆の声を上げた。
俺たちが連れてこられたのは、広大な敷地の最果て、鬱蒼とした森の中にある開けた場所だった。
そこには、周囲の自然から浮き立つように、真っ白な四角い建物が建っていた。
ボロくはない。むしろ、新築のように綺麗だ。
だが、生活感がない。
窓は小さく、鉄格子のような装飾が施されている。入り口の扉は頑丈な金属製で、セキュリティロックがついている。
Aクラスの寮が豪華なホテルなら、ここは……。
「……研究所か、隔離病棟だな」
「ええ? モダンでオシャレじゃないですか! 隠れ家的なペンションですよ、ペンション!」
「ポジティブなやつだな。……まあ、雨風がしのげるなら文句はない」
俺はカードキーを通して扉を開け、中に入った。
内装も白一色。無機質で清潔。
割り当てられた201号室に入ると、そこには二段ベッドと机が二つ、簡素なクローゼットがあるだけだった。どうやら男子生徒は俺たち二人だけのようだ。
「……まさか、相部屋ですか?」
「見りゃ分かるだろ。男は俺とお前の二人だけみたいだしな。……女子寮は別の棟か、あるいはこの廊下の反対側か」
「うう……。アイドルのプライベートが……。でも、先輩となら修学旅行みたいで楽しいかも! 枕投げしましょうよ!」
松田はすぐに気を取り直し、持参した巨大なリュックを開けた。
中から出てきたのは、大量のきらびやかなステージ衣装、ペンライト、化粧道具、そしてなぜか枕が三つ。
「……なんだその荷物は」
「枕が変わると眠れないタイプなんです! 頭用、抱きつき用、足用です! アイドルの睡眠は命ですからね!」
「……好きにしろ」
俺は自分の荷物を置いた。
コンビニの袋に入った着替えと、歯ブラシ。それだけだ。
かつて世界を放浪し、何度も死に、何度も生き返りながら歩き続けた俺にとって、荷物は少なければ少ないほどいい。必要なものは、その場で『成る(kame-Leon)』で生成すればいいのだから。
(……この世界に来て、俺は随分と「物」に囲まれるようになったな)
コンビニの商品、松田の荷物、学校の設備。
物がありふれている。
だが、あの第三世界では、何もなく、ただ景色と絶望だけが広がっていた。
あの虚無を知っているからこそ、この世界の「豊かさ」が、どこか薄っぺらいハリボテのように感じられる。
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夜。
松田は「肌のゴールデンタイムを守らないと!」と言って、早々に3つの枕に埋もれて爆睡していた。寝息というより、時折「ムニャ……センターは僕……」と寝言を言っている。
俺は二段ベッドの上段で、小さな窓から差し込む月明かりを見つめていた。
(……レベル2、か)
今日一日で、少しだけ力が戻った感覚がある。
スライム討伐での経験値。そして、実技試験での戦闘。
体の中にある『不』の澱が、わずかに活性化している。
俺は胸に手を当てた。
ここには、コガメ――アカメの欠片がいる。
そして、俺の魂と混ざり合った相棒、メグリがいる。
『……主よ』
イヒの声が、頭の中に響く。
レベルが上がったことで、亀の声も以前よりクリアに聞こえるようになった。
「……起きてたか、亀」
『……この場所は、悪くない。微かだが、地下から漏れ出る「旧き力」が、「不」と共鳴している』
「やっぱり、あの中庭にあった『旧校舎』か」
『あそこには、この世界が「最適化」される前の、捨てられた歴史の残滓がある。……あるいは、管理者が隠したかった「不都合な真実」か』
俺は体を起こし、窓の外を見た。
森の木々の隙間から、遠くに聳える『旧校舎』の塔が見える。黒ずんだ石壁は、この白く塗りつぶされた学園都市の中で異様な存在感を放っていた。
『……お前の力を取り戻す鍵になる可能性。そして、あのアカメという娘』
「……分かってる」
俺は拳を握りしめた。
アカメ。
かつて第三世界で共に戦い、俺を地上へ送り返してくれた少女。彼女は今、俺の中にいるコガメとしての欠片と、どこか別の場所に封じられた本体とに分かれているはずだ。
彼女を受肉させ、もう一度会うこと。
それが、俺がこのふざけた「天上クエスト」を続けている最大の理由だ。
(……松田。お前もだ)
下段で眠る松田を見下ろす。
こいつは、管理者『錚々たる松田』によって一度「器」にされかけ、俺が『不』を共有することで無理やり理から引き剥がした存在だ。
その代償として、こいつは『蘇生者』としての前後の記憶と権能を失った。
だが、もし俺がこの世界の謎を解き、不の力を完全に取り戻せば、こいつの記憶も、奪われた力も、元に戻せるかもしれない。
「……待ってろよ」
俺は目を閉じた。
泥のように眠る松田の寝息と、森のざわめき。
かつて一人で荒野を歩き続けていた頃にはなかった「他人の気配」が、今はすぐ側にある。
それは、悪くない感覚だった。
明日からは、授業が始まる。
座学、実技、そしてダンジョン実習。
「松田」のエリートたちに囲まれながら、俺はこの「バグった世界」を攻略するための牙を研ぐ。
(……まずは、レベル上げだな。そして、あの灰色の少女……ネイ。あいつも気になる)
意識が途切れる直前、俺の脳裏に、今日の成果であるステータスウィンドウが浮かび上がった。
それは、この世界の住人が見るものとは少し違う、バグやノイズが混じった、俺だけの視界だ。
【ステータス表示】
視界の端に浮かぶ半透明のウィンドウ。自分自身にしか見えないこの画面には、現在の俺たちの「スペック」が記されている。
■ クロ(目繰 里無)
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┃ 名前:クロ(目繰 里無)
┃ 所属:冒険者学校Fクラス / コンビニ店員(仮)
┃ LV:2
┃ HP:28 / 28
┃ MP:8 / 8
【特殊ステータス】
┃ 不の残滓(解放率):1.8 %
※警告:解放率の上昇に伴い、身体への負荷および世界からの修正圧力が強まる。
【保有スキル】
┃ ■ 不知火(制限付)
┃ └ 対象の定義(硬度など)を焼き切る赤い火。使用後、著しいデバフ発生。
┃ ■ 成る(kame-Leon)
┃ └ イメージを形状化する。現在は衣服・簡易武器(モップ槍など)のみ。
┃ ■ 不変(LV不足・残滓不足により使用不可)
┃ ■ 不自然な手(LV不足・残滓不足により使用不可)
【ユニーク・能力】
┃ 不のもの(封印中)
┃ └ 世界の理を否定する権能。現在は管理者により大部分が封印・相殺されている。
┃ ★ 共鳴(メグリ/イヒ/コガメ)
┃ └ 内在する魂とのリンク。レベル上昇により会話感度が向上中。
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■ 松田 ラベル
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┃ 名前:松田 ラベル
┃ 所属:冒険者学校Fクラス / 自称アイドル
┃ LV:2
┃ HP:15 / 15
┃ MP:40 / 40
【保有スキル】
┃ ■ 注目 Lv.4
┃ └ 強制的なヘイト収集。対象の思考を「見る」ことに固定する。高レベルスキル。
┃ ■ 夢を現実に(ドリーム・カム・トゥルー)
┃ └ 周囲の感情(絶望/希望)をエネルギー変換し、事象をバフ・デバフとして具現化する。
【ユニーク・能力】
┃ ★ 回避舞踏※本人は【体力が続く限り無敵】と認識
┃ └ 踊り続けている間、スタミナを消費して回避率を極大化する。スタミナ切れで強制解除。
┃ ★ 蘇生者(削除済み・ロスト)
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松田ラベルは自分のスキルをあまり理解していません。感覚派です。
ステータスの表示方法は試行錯誤しています。




