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【一章完結】不のものクエスト〜誰もクリアできなかったクエスト攻略したけど、初めからやり直し?手に入れた不の力で神どもをぶっ飛ばします〜  作者: knockhai
第二章 バグった世界のバグったものたち

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48. 測定不能の異端者、拒絶する少女

区切りを意識したら書きすぎました。

書き溜め調整します。



 アギュラ冒険者学校。

 

  その威容は、急速に発展した第一世界イークの象徴として、都市アギュラの北端に鎮座していた。 高くそびえる尖塔、磨き上げられた白亜の石壁。一見すると歴史ある学び舎のように見えるが、よく観察すれば、その建築様式が奇妙な融合を果たしていることに気づく。ドワーフの堅牢な石工技術を土台に、エルフの優美な曲線を描く彫刻が施され、そして人間族の実用主義的な鉄骨がそれらを補強している。多種多様な文化が「加速」という強制力によって混ぜ合わされた、美しいキメラのような校舎だ。


 正門のアーチをくぐる受験生たちの波は、まるで色とりどりの川のようだった。 長い耳を震わせ、風の精霊と戯れながら歩くエルフ。 身の丈ほどもある大剣を背負い、獣毛に覆われた太い腕を誇示する獣人。 髭に美しい鉱石の飾りを編み込み、自身の鍛え上げた武具の点検に余念がないドワーフ。 そして、数において圧倒的多数を占める人間たち。


この世界には、確かに多様な種族が息づいている。 だが、その多様性を切り裂くように、一台の豪奢な馬車が石畳を疾走してきた。


「道を開けろ! 公爵家の馬車が通るぞ!」


 御者の怒号と共に、黒塗りの馬車が我が物顔で受験生の列を割る。 跳ね飛ばされそうになった一般の人間や、身分の低い獣人たちが悲鳴を上げて道端へと避ける。馬車の窓からは、金糸で刺繍されたローブを纏った人間の少年が、退屈そうに頬杖をつき、路傍の石を見るような目でこちらを見下ろしていた。


「どこの世界でも、特権階級ってのは変わらないんだろうな」


 クロは、舞い上がった土埃を手で払いながら、その光景を冷ややかに観察していた。 俺の格好は、軽装備に薄汚れた外套を羽織っただけのもの。この世界においては「現代的な安っぽさ」が悪目立ちしている。だが、俺にとってはこれが一番動きやすく、そして俺という存在の「浮き具合」を表すのに丁度いい。


「うわぁ……すごいですね! あんな豪華な馬車、僕の『全国コンサート』の移動車にピッタリですよ! ねぇクロ先輩、僕たちもあっちに乗りませんか?」


 隣では、松田ラベルが目を輝かせて馬車を見送っている。 金髪を無造作に跳ねさせ、パステルカラーの衣装に身を包んだ小柄な少年。彼はごく普通の一般家庭の生まれだ。身体が小さく、戦士には向かないと周囲に言われながらも、独自の「歌って踊って戦う」という概念で冒険者を目指している変わり種だ。


「……乗れるわけないだろ。俺たちは歩きだ。それに、お前のその格好なら馬車より目立つぞ」


「ふふっ、それもそうですね! あえて徒歩でファンサービス……これもアイドルの務めです!☆」


 ラベルは周囲の冷ややかな視線――「なんだあの派手なチビは」という侮蔑混じりの目を、全て「熱狂的な視線」へと脳内変換し、無駄にキレのあるポーズで手を振り返している。 かつて俺との『不の共有』によって『蘇生者』としての前後関係の記憶を失った彼だが、その根底にある「目立ちたい」「誰かを照らしたい」という魂の形だけは、どんな理不尽なシステムも変えることはできなかったらしい。


「行くぞ、松田。……仕事の時間だ」


 俺たちは、種族と階級が入り乱れる校舎へと続く長い石畳を歩き出した。



 校舎のエントランスホールは、高級ホテルのロビーのように広大で、静謐な空気に包まれていた。 床は大理石で敷き詰められ、天井からは巨大なシャンデリアが吊り下げられている。その光を受けて、中央に飾られた『見開かれた眼』の紋章が、不気味な輝きを放っていた。


 受付には長い行列ができていたが、そこでも露骨な「区別」が行われていた。 向かって右側、レッドカーペットが敷かれたレーンは『貴族・推薦枠』。王族関係者や高位の冒険者の子弟が、恭しい教師たちに案内されていく。 一方、左側の雑多なレーンは『一般枠』。数百人の受験生がすし詰め状態で並ばされ、事務的な対応を受けている。


「……並ぶぞ」


 俺たちは左側の列の最後尾についた。 進みは遅い。だが、俺にとっては好都合だった。 俺は懐から、店長に渡されたメモ帳とペンを取り出した。


「クロ先輩、何書いてるんですか? ファンレターの下書き?」


「……仕事だ。『市場調査』だよ」


 店長からの依頼――『学生たちのトレンド調査』。 俺は周囲の学生たちを観察し、その装備や持ち物を詳細に記録していく。


(……エルフの学生は、魔力付与された布製品を好む。ブランドは『シルヴァン・ウィーヴ』か。伝統工芸品だな。ドワーフは『アイアン・フィスト社』の金属加工品。質実剛健だ)


 俺の目は、次に人間族の学生たちへ向く。 彼らの多くが身につけているのは、最近急激にシェアを伸ばしている新興企業『M・インダストリー』――松田財閥系の製品だ。 安価で、そこそこの性能があり、大量生産されている。学生たちが列に並びながら齧っている栄養補助食品も、『松田製菓』のロゴが入っていた。


(……衣食住において『松田』ブランドの影響力は強いが、まだ独占までは行っていない。古参の種族ブランドも根強いな。だが、『M』のロゴが入った製品が、まるでウイルスのように一般層を侵食し始めているのは確かか)


 管理者『錚々たる松田』の影響か、この世界では「松田」の名を冠した製品が不自然な速度で普及している。だが、一般の学生たちはそれが管理者の印だとは知らず、単なる「流行りの安くて便利なブランド」として消費しているようだ。


 一時間ほど並んで、ようやく俺たちの番が回ってきた。 受付に座っていたのは、神経質そうな眼鏡をかけたエルフの男性教師だった。彼は俺たちの服装――軽装備にうす汚れた外套姿の俺と、派手なアイドル衣装のラベルを見て、長い耳をピクリと動かし、露骨に眉をひそめた。


「……次は。名前と種族、受験番号を」


「クロ。人間ヒューマン。受験番号1046番」

「松田ラベルです! 人間です! 番号は1047番! あ、サインは後でいいですか?」


「……マツダ?」


 エルフの教師の手が止まる。彼はラベルの顔と、手元のリストを交互に見た。 そして、ふぅ、と呆れたような溜息をついた。


「……また『松田』か。最近、この姓の受験者がやたらと増えているな」


 教師の声には、敬意など微塵もなく、むしろ徒労感が滲んでいた。 この世界において「松田」という姓は、管理者の名前と同じではあるが、特権階級の証ではない。むしろ、ここ数年で急増した「ありふれた名前」であり、教師たちにとっては「またか」という対象でしかないようだ。


「……いいか、君。名前が世界の創造主の聖名と同じだからといって、特別扱いはしないぞ。実力が伴わなければ即刻退学だ。名前負けして恥をさらすことのないようにしたまえ」


「え? 神様と同じ名前なんて光栄だなぁ! でも僕は僕、松田ラベルとして輝きますよ! 見ててくださいね先生!」


「……ふん。口だけは達者なようだな」


 教師は興味を失ったように鼻を鳴らし、事務的に処理を進めた。 どうやら、松田姓を持っていても何の優遇もない。むしろ、「名前負けするなよ」というプレッシャーをかけられるだけのようだ。これはこれで、生きにくい世の中だ。


「ギルドからの推薦状は……あるな。アギュラ支部のシエラ君からか。……珍しいな、あの鉄仮面が推薦を出すとは」


 教師は俺が出した羊皮紙を確認し、スタンプを押した。


「筆記試験は免除だ。……だが、勘違いするなよ。実技と魔力測定で無能だと判断されれば、推薦があろうと即刻不合格だ。うちはエリート養成校なんでね、ゴミを拾う趣味はない」


「……肝に銘じておくよ」


 俺は受験票を受け取り、ラベルと共に奥のホールへと進んだ。



 次なる試験会場は、『魔力測定の間』と呼ばれる円形のホールだった。 中央には台座があり、その上にバスケットボールほどの大きさの水晶玉が置かれている。 周囲の観覧席には、既に試験を終えた生徒や、審査員である教師たちがずらりと並んでいた。


「――次、受験番号89番。ガロン・ヴァルグ」


 名前を呼ばれたのは、大柄な狼の獣人だった。 彼が水晶に手をかざすと、バチバチという音と共に、荒々しい黄色の雷光が溢れ出した。


「おおっ……!」

「魔力量5000超え! 属性は『雷』か。獣人にしては繊細なコントロールだ」


 教師たちがどよめき、ペンを走らせる。 続いて、エルフの少女が緑色の風を巻き起こし、ドワーフの少年が重厚な土の魔力を見せつける。 種族ごとの特性が色濃く出る中、やはり人間族の受験者は平均的な能力に留まる者が多かった。


「すっげー! 先輩、あれ見てください! 僕もあんなふうに光るかなぁ」


「……お前なら、もっと変な光り方をするだろうよ」


 俺は苦笑しながら、会場の隅に目をやった。 ふと、視界の端に違和感を覚えたからだ。 そこには、他の受験生とは少し違う空気を纏った、一人の少女が座っていた。


 種族は人間だろうか。 艶やかな、だがどこか色のない灰色の長い髪。前髪は切りそろえられ、整えられている。 制服でも鎧でもなく、シンプルな白いドレスワンピースを着ている。清潔だが、どこか喪服を連想させるような装いだ。 彼女は周囲の喧騒から切り離されたように、一人静寂の中にいた。


(……あいつ、どこかで見たか?)


 いや、記憶にない。 だが、俺の中の『不の残滓』が、微かに疼く。 俺が見ていることに気づいたのか、少女がふと顔を上げた。 灰色アッシュの瞳と、俺の光のない黒い瞳が合う。


 その瞬間。


「……っ!」


 少女の華奢な肩が、ビクリと大きく跳ねた。 彼女は顔を青ざめさせ、口元を片手で押さえて、まるで汚らわしいものを見たかのように俺から視線を逸らした。 その表情にあったのは、恐怖ではない。 もっと根源的な、生理的なレベルでの「拒絶」。吐き気を催すほどの嫌悪感。


(……なんだ? 今の反応)


 俺は自分の顔を触る。血は付いていないし、変装も解けていないはずだ。モブ顔の初心者冒険者に、そこまであからさまな拒絶を示すか?


『……主よ。気をつけろ』


 俺の中で、イヒの声が響いた。レベルが2になったおかげか、亀の声が以前よりクリアに聞こえる。


『……あれは、お前の対極にある器だ。まだ覚醒してはいないが、無意識にお前の「不」を感じ取り、拒絶している』


「対極……?」


『……不が「存在の否定」ならば、あれは「意思の拒絶」。……今はまだ、種に過ぎない。世界の加速で主の不を利用されたか』


 イヒの言葉は謎めいていたが、警告の意味だけは理解できた。 あの少女――名前も知らない彼女は、将来的に俺の前に立ちはだかる壁になるかもしれない。


「――次、受験番号1047番。松田ラベル」


 思考を巡らせている間に、ラベルの番が回ってきた。


「はいっ! 松田ラベル、行きまーす!」


 ラベルはステージに上がるように軽やかに台座へ駆け寄ると、審査員席に向かってウインクを飛ばした。


「審査員の皆さん、そして未来のファンの皆さん! 僕の輝き、見逃さないでくださいね!」


「……さっさとやれ」


 試験官の冷たい声にもめげず、ラベルは水晶に両手をかざした。 「輝け! 僕のオーラ!」


 その瞬間、会場の空気が変わった。 水晶から直接光が出たのではない。 ラベルの周囲、そして会場の空間そのものから、キラキラとした金色の粒子が湧き上がり、彼に集束し始めたのだ。


「うわぁ……なんだあれ、綺麗だ」

「なんだか、見てるとドキドキする……」


 観覧席にいた生徒たちが、無意識に身を乗り出す。 退屈そうにしていた教師たちでさえ、ペンを止めてラベルを凝視した。 彼らの瞳に宿る「期待」「興奮」「高揚」。 それらのポジティブな感情が、ラベルのスキル【注目】によって強制的に吸い上げられ、物理的な光の粉となって可視化されている。


(……なるほどな。ラベル自身が光ってるんじゃねぇ。こいつは周りの空気を、期待感を、自分の輝きに変えてやがる)


 以前、希少モンスターを倒した際に【注目】がレベル4へと昇華したと聞いていたが、これほどとは。 単に目立つだけのスキルではない。場の空気を支配し、自分への期待値バフへと変換する、アイドルとして完成された能力。スキルの熟練度とは別の仕様がレベルにはあるのかもしれない。


「な、なんだこれは!?」

「魔力反応……測定不能!? いや、数値が出ないぞ! だが、とてつもないエネルギーを感じる!」


 試験官が慌てふためく。 攻撃的な魔力ではない。だが、その場にいる全員の視線を強制的に集め、思考を奪うほどのカリスマ性。


「魔力量は測定できませんが……この輝きこそが僕の実力です!☆」


 ラベルがポーズを決めると、会場全体を包んでいた光の粒子が弾け、歓声ともため息ともつかない音が漏れた。 あろうことか数人の女性教師が拍手をしてしまっている。


「……判定不能だが、特殊な支援スキル持ちとして記録する。……合格ラインだ。下がれ」


「やりました先輩! 僕、合格です!」


 戻ってきたラベルとハイタッチを交わし、俺は息を吐いた。 次は、俺の番だ。


「――次、受験番号1046番。クロ」


 会場の空気が少し冷める。名字のない人間の平民。しかも、装備は貧弱なコンビニ店員風。 期待されていないのが肌で分かる。


 俺は台座の前に立った。 水晶玉は、無色透明で、静かに俺を映し出している。


(……さて。俺の『不』は、この世界の測定器にどう映るかな)


 俺は右手を水晶にかざした。 魔力を込めるのではない。 俺の中にある『不の残滓』――世界の理から外れたバグを、ほんの少しだけ流し込む。 『不変』も『不自然な手』も、今のレベル1の肉体(表記はレベル2だが、中身はまだ脆弱だ)では使えない。俺が今使えるのは、この微かな残り滓だけだ。


「……在れ」


 俺は小さく呟いた。 その瞬間。


 ズズッ……。


 水晶が光ることはなかった。 代わりに、水晶の中心に、インクを垂らしたような「黒い染み」が生まれた。 その染みは一瞬で広がり、水晶全体を塗りつぶしていく。 光を放つのではない。 光を「吸い込んで」いる。 会場の照明が、窓から差し込む陽光が、全てその黒い球体に飲み込まれ、周囲が薄暗くなったように錯覚する。


「な、なんだ!? 故障か!?」

「光らないぞ! 真っ黒だ!」

「魔力量……ゼロ!? いや、反応がない!」


 試験官が計器を叩くが、針はピクリとも動かない。 やがて、俺が手を離すと、黒い染みは霧散し、水晶は元の透明に戻った。


「……判定、魔力ゼロ!」


 試験官が大声で告げた。


「ぷっ……あはははは!」

「なんだあいつ! ただ水晶を汚しただけかよ!」

「魔力ゼロって、一般人以下じゃねぇか! よくそれで冒険者学校に来れたな!」


 会場中から爆笑が巻き起こる。 侮蔑、嘲笑、憐れみ。 予想通りの反応だ。この世界のシステムは、「プラスの力」しか測定できない。俺の持つ「マイナスの力(不)」は、ゼロとして処理される。


 俺は表情を変えず、台座を降りようとした。 その時だった。


「……待ちなさい」


 観覧席の最上段。影になっていて顔が見えなかった特別席から、知的で落ち着いた声が響いた。 笑い声がピタリと止む。 そこに座っていたのは、銀縁の眼鏡をかけ、仕立ての良い深青のスーツを纏った初老の男性だった。 白髪交じりの髪を後ろで束ね、手には分厚い書物を持っている。その佇まいは、戦士というよりは賢者や学者のそれに近い。


 アギュラ冒険者学校校長――ギル・アーカイブス。


 彼は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、俺を凝視していた。


「……試験官。今の測定、本当に『ゼロ』だったかね?」


「は、はい校長! 計器は反応しませんでした! ただのエラーかと!」


「エラー、か。……ふむ」


 ギル校長は意味深に口元を歪めた。 彼は、水晶の表面に走った、髪の毛ほどの細い「亀裂」を見逃していなかったのだ。 魔力を受け止めきれずに割れたのではない。 存在を否定され、水晶としての「硬度」という概念を削り取られた痕跡。


「……面白い。その生徒、一次試験は通過としよう」


「は、はい!? しかし校長、魔力ゼロの者を合格させるなど……!」


「私がルールだ。それに、彼には『可能性』を感じる。……クロ君、だったね」


 ギル校長が俺に話しかける。その目は、単なる教育者の目ではない。未知の事象に対する探究心と、底知れない知識欲に満ちた目だった。


「……はい」


「期待しているよ。……午後の『実技試験』、楽しみにしている」


 校長はそれだけ言うと、再び手元の書物に目を落とした。 会場は静まり返り、困惑の空気が流れる。 俺は一礼し、無言でその場を去った。



 会場を出た俺たちは、昼休憩のために中庭へと移動した。 そこには、エルフたちが木陰で竪琴を奏で、獣人たちが肉を食らい、ドワーフたちが酒(持ち込み禁止のはずだが)を酌み交わす、多様な光景が広がっていた。


「すごいですよクロ先輩! あの校長先生に気に入られるなんて! 魔力ゼロからの逆転サクセスストーリー、これ絶対売れますよ!」


 ラベルは興奮冷めやらぬ様子で俺の背中を叩く。


「……売らなくていい。それに、気に入られたわけじゃない。……観察対象にされたんだよ」


 俺はベンチに座り、コンビニの廃棄弁当おにぎりを開封した。 ギル・アーカイブス。 その名の通り、この世界の「記録」や「歴史」に精通している人物なのだろうか。ギルドのシエラが言っていた「この世界の歴史」を知る人物かもしれない。彼が味方なのか敵なのかは分からないが、少なくとも俺の存在を「ゼロ」とは見なさなかった。


「……それにしても、先輩のあの黒い水晶、怖かったです」


 ラベルが真顔で言った。


「僕の『輝き』とは真逆の……全てを飲み込むような闇でした。あれも、先輩の『不知火』みたいな力なんですか?」


「……ああ。ただの『残り滓』だけどな」


 俺はおにぎりをかじりながら、ふと中庭の奥にある光景に目が留まった。 華やかな校舎群から少し離れた場所に、異様な雰囲気を放つ建物がある。 蔦に覆われた、古びた石造りの塔だ。 他の校舎が白亜で統一されているのに対し、そこだけが黒ずんだ石材で作られており、明らかに建築年代が違う。 入り口には厳重な鎖が巻かれ、『立入禁止』の札がかけられている。


「……なんだ、あれは」


 俺が呟くと、近くのベンチで食事をしていた上級生らしき二人組の会話が耳に入ってきた。


「おい、新入生があそこ見てるぜ」

「やめとけよ。あそこは『旧校舎』だろ? なんでも、地下にとんでもないものが封印されてるって噂だぜ」

「ああ、聞いたことある。『開かずの地下』……。夜な夜な、地下から何かが這い回る音がするとか」

「先生たちもあそこには近づかないらしいしな」


(……地下、か)


 俺の直感が告げている。 あそこが、ただの物置や廃墟ではないことを。 『不』の力を持つ俺には分かる。あの塔の地下から、微かだが、この世界の理とは違う「ノイズ」のような気配が漏れ出している。


『……主よ』


イヒの声が響く。


『……臭う。古い時代の、隠された「記録」の臭いだ』


「……記録?」


『……この世界が上書きされる前の、あるいは管理者が隠したかった不都合な真実。それが眠っている可能性がある』


 俺は最後の一口を飲み込み、その塔を睨みつけた。 アカメを取り戻すための鍵、そしてこの世界の全貌。それがあの地下にあるかもしれない。 だが、今はまだ近づく時ではない。あそこには強力な結界が張られているのが見える。今のレベル2の俺では、触れただけで弾き飛ばされるだろう。


「……ラベル。午後の実技試験、気合入れろよ」


「はい? もちろんです! 僕のステージはこれからが本番ですから!」


「実技の会場は、学校の裏山にある演習場だ。そこでは、実際にモンスターと戦うことになる。エルフの魔法や獣人の腕力に遅れを取るなよ」


「任せてください! モンスターだって僕のファンにしてみせますよ!」


 俺は立ち上がり、黒ずんだ塔に背を向けた。 いつか必ず、あの扉をこじ開けてやる。 だが今は、目の前の「試験」という名の茶番をクリアし、この学校というシステムの中に潜り込むことが先決だ。


「……行くぞ、アイドル。俺たちのステージはこれからだ」


「はいっ! 輝きましょう、クロ先輩!」


 昼の鐘が鳴り響く。 この歪な世界の午後が、俺たちを待ち受けていた。



 午後の実技試験会場は、学校の裏手に広がる広大な演習林だった。 鬱蒼とした森の中、所々に人工的な障害物や的が設置されている。 試験のルールは単純だ。 森の中に放たれた低級モンスターを討伐し、その証拠となる部位を持ち帰ること。 制限時間は二時間。


「では、試験開始!」


 教師の号令と共に、数百人の受験生が一斉に森へと駆け出す。 我先にと功を焦る者、慎重に様子を伺う者。 俺とラベルは、最後尾からゆっくりと歩き出した。


「クロ先輩、急がなくていいんですか? 獲物がなくなっちゃいますよ」


「……焦るな。雑魚を何匹狩っても評価は知れてる。狙うのは『当たり』だ」


 俺の『不』の感覚が、森の奥に潜む「異質な魔力」を捉えていた。 学校側が用意したただの雑魚モンスターではない、試験の「隠し玉」のような存在。それを狩れば、一発で高評価間違いなしだ。


 森に入ると、すぐに戦闘の音が聞こえてきた。


「グギャァァ!」


  ゴブリンの悲鳴。 近くで、先ほどの魔力測定で雷を出していた獣人のガロンが、棍棒でゴブリンを粉砕していた。


「へっ、雑魚が! 俺様の敵じゃねぇ!」


 一方、エルフの少女たちは風魔法で魔物を浮かせ、的確に急所を射抜いている。 種族ごとの特性が色濃く出る中、やはり人間族の俺たちの身体能力は、スペックだけで言えば最弱だ。 ましてや俺は、かつて使えた『不変(座標固定)』や『不自然な手(物理法則無視)』といった強力なスキルは、現在のレベルと不の解放率では使用できない。使えるのは、制限付きの『不知火』と、自分の身体を使った泥臭いアクションのみ。もう一つあるとすれば内なる不で溶けあったメグリの魂に刻まれた固有スキルだ。うっすらと分かる。メグリは正当な挑戦者であり、第二世界までクリアしている。どのような背景があるのかまでは分からないが、決死の思いで手に入れたスキルを使用できるかもしれない。しかし、それはまだしない。その権利はまだ俺にはない。


「……さて、俺たちもやるか」


 目の前に、三匹のウルフが現れた。 牙を剥き出しにし、涎を垂らしている。 俺たちを格好の獲物と見たようだ。


「ひぃっ! わんちゃんにしては目つきが怖いです!」


「ラベル、出番だ。お前の『仕事』をしろ」


「は、はいっ! えっと……みんな、僕を見て!」


 ラベルが震える声で叫び、ポーズを取る。 高レベルスキル【注目】。 ウルフたちの視線が、一瞬にして俺からラベルへと移る。 「ガルルッ!」 ウルフたちが一斉にラベルに飛び掛かる。


「うわぁぁぁ! ファンサービスが激しすぎますぅぅ!」


 ラベルは悲鳴を上げながら、必死にステップを踏む。 まるでダンスを踊るかのように、右へ、左へ。 ウルフの鋭い爪が、ラベルの派手な衣装を切り裂く――はずだった。


 シュッ。 ブンッ。


 当たらない。 ウルフの爪は、ラベルの鼻先数ミリを掠め、あるいは足元の小石に躓いて軌道が逸れる。 傍から見れば、ラベルが奇跡的な運の良さで回避しているように見えるだろう。あるいは、華麗なダンスステップで翻弄しているように。


 だが、俺には分かる。 こいつの動きに合わせて、微かに減っていく「スタミナ」のゲージのようなものが。 こいつの本当のユニークスキル。 【体力が続く限り無敵になる】。 本人は「踊り続けている間は当たらない」と思い込んでいるが、実際にはスタミナを代償に、事象レベルで「被弾」をキャンセルし、回避行動へと強制変換しているのだ。 俺の目には、ウルフの爪がラベルに触れる寸前で、世界の方が微かにズレて、回避が成立しているように見える。


(……チートだな。だが、スタミナ切れ=死だ。短期決戦しかねぇ)


「ナイス囮だ」


 俺はその隙に、無防備になったウルフの背後へと回り込む。 手には、コンビニのバックヤードからくすねてきた、何の変哲もないモップの柄の先端をナイフのように尖らせたもの。 今の俺には強力な武器を生成するほどの不の残滓はない。 だが、これで十分だ。


「……シッ!」


 俺は地面を蹴る。 『不変』のような超加速はない。ただの筋力だ。だが、相手はラベルに夢中だ。 俺は一匹目のウルフの首筋に、モップの柄を突き立てた。 物理的な威力だけでは足りない。 俺はそこに、指先からほんの僅かな『不の残滓』を流し込む。


「……燃えろ」


『不知火』


  対象を焼き尽くすほどの火力はない。だが、「皮膚の硬度」という定義を、ほんの一点だけ焼き切る。 ズブッ! 木の棒が、まるで豆腐に吸い込まれるようにウルフの肉を貫いた。


「ギャッ?」


 ウルフが悲鳴を上げる間もなく絶命する。 残り二匹が俺に気づくが、ラベルの【注目】がまだ効いているため、反応が遅れる。 そのコンマ数秒のラグが命取りだ。


「……次」


 俺は左手を振るう。『不自然な手』は使えないが、ポケットに入れていた砂をばら撒く。 ウルフが怯んだ隙に、俺は低く潜り込み、下顎から脳天へと棒を突き上げる。


「二匹、三匹。……終了だ」


 戦闘時間は十秒足らず。 俺は息一つ切らさず、倒れたウルフから討伐証明の耳を切り取った。


「す、すごいですクロ先輩! 一瞬で!」


 ラベルが目を回しながら近寄ってくる。スタミナを消費したせいで、肩で息をしている。


「お前が引きつけてくれたおかげだ。……だが、これじゃただの合格点だ。行くぞ、奥へ」

(自前の力じゃ無理だった。俺は今でも内に眠る沈んだものたちの力を借りる【不のもの】なんだとつくづく思う。)


 俺たちはさらに森の深部へと進んだ。



 森の奥に進むにつれ、周囲の空気が重くなっていく。 他の受験生たちの姿もまばらになり、代わりに強力な魔物の気配が濃くなる。


「……いたぞ」


 開けた場所に出ると、そこには巨大な影があった。 体長3メートルはあろうかという、剛毛に覆われた大猪(ボア)。 その瞳は赤く充血し、鼻息からは炎が漏れ出している。 試験用の魔物にしては、明らかに強すぎる。おそらく、教師たちが用意した「上級生レベル」の課題だ。


 だが、その大猪と対峙している先客がいた。 今朝、馬車に乗っていたあの貴族の少年だ。 取り巻きを連れているかと思ったが、今は一人のようだ。 彼の美しいローブは泥に汚れ、肩で息をしている。


「はぁ、はぁ……! この私が、こんな畜生ごときに……!」


 少年は杖を構え、火球を放つが、大猪の硬い毛皮に弾かれる。 魔力切れか、威力が落ちている。 大猪が蹄で地面を掻き、突進の構えを見せる。


「……あの、助けなくていいんですか?」


 ラベルが心配そうに言う。


「……放っておけ。あいつらはプライドが高い。手を出せば逆恨みされるぞ」


 俺は冷たく言い放つが、その時、大猪が猛然と突進を開始した。 少年は足がすくんで動けない。


「くっ……!」


(……チッ。目覚めが悪いな)


 俺は舌打ちし、地面を蹴った。 『不変』は使えない。真正面から受け止めれば、今のレベル1の俺では全身の骨が砕ける。 だから、使うのは知恵と、ほんの少しの『不の力』だ。


 俺は少年の前に躍り出ると同時に、ポケットから取り出した「油の入った瓶(コンビニ商品)」を地面に叩きつけた。 さらに、大猪の突進ルート上の地面に、左手をかざす。


「……不知火」


 地面の摩擦係数を消すことはできない。だが、油に引火させ、一瞬の爆発的な熱風を生み出すことはできる。 ボワッ!! 炎と煙が舞い上がり、大猪の視界を奪うと同時に、足元の油で滑らせる。


「ブギィッ!?」


体勢を崩した大猪が、俺たちの横を猛スピードで滑っていく。 そのすれ違いざま。


「ラベル! 今だ! あいつの気を引け!」

「は、はいっ! こっち向いて!」


 ラベルが歪なポーズを決める。 体勢を崩して混乱している大猪の意識がこんな時でも、強制的にラベルへと向く。首が不自然な角度でねじれ、さらにバランスを崩す。


「そこだ」


俺は横っ腹の、毛皮が薄くなっている一点を狙った。 持っていたモップの柄では貫けない。 俺は腰に差していた、ギルドで借りた安物のナイフを抜いた。 刃に、全神経を集中させる。 『不』の残滓を、刃先に纏わせる。切れ味を上げるのではない。「切れない」という理を焼き切る。


 ザシュッ!!


 ナイフは深々と突き刺さり、俺はそのまま横に走って傷口を広げた。 大量の血が噴き出し、大猪は悲鳴を上げて転倒した。 ズズーンと地響きを立てて倒れた巨体は、ピクリとも動かなくなった。


「……ふぅ」


俺は血を払い、振り返った。 貴族の少年は、呆然と俺たちを見ている。


「……貴様、何者だ? 魔力ゼロの落ちこぼれではなかったのか?」


「……ただの通りすがりだ。勘違いするなよ、お前を助けたわけじゃない。こいつのポイントが欲しかっただけだ」


 俺は大猪の牙をへし折り、ポケットに入れた。 少年は悔しそうに唇を噛んだが、やがてフンと顔を背けた。


「……礼は言わんぞ。だが、名前くらいは覚えておいてやる。私はレオナルド・バーンスタイン。……次は負けん」


 少年はふらつく足取りで去っていった。 どうやら、ただの嫌味な貴族というわけでもなさそうだ。


「素直じゃないですねぇ。ツンデレってやつですか?」


「……お前が言うな」



 試験終了の鐘が鳴る直前。 俺たちは出口へと向かっていた。 その途中、ふと奇妙な光景を目撃した。


 森の木陰。 一匹のゴブリンが、何かに怯えるように後ずさりをしている。 その視線の先には、あの「灰色の少女」がいた。 彼女は何も持っていない。武器も、杖も。 ただ、静かにゴブリンを見つめているだけだ。


「……あ、あ、ァ……」


 ゴブリンが、恐怖に顔を歪める。 そして、次の瞬間。


 ジュッ……。


 音もなく。 ゴブリンの腕が、足が、胴体が。 まるで消しゴムで消されたかのように、空間から「消失」した。 血も出ない。死体も残らない。 ただ、「存在しなくなった」。


「……ッ!?」


 俺は息を呑んだ。 あれは、魔法じゃない。 俺の『不知火』のような、物理的な破壊でもない。 もっと根源的な、世界の理を拒絶する力。


『……見たか、主よ』


 イヒの声が震えている。


『……あれが【否】だ。肯定の対極。存在の拒絶。……彼女は、世界そのものを拒絶している』


 少女は、何事もなかったかのように歩き出した。 その時、ふとこちらを振り返り、俺と目が合った。 彼女の灰色の瞳が、また揺れる。 生理的な嫌悪感。 彼女は口元を押さえ、逃げるように走り去っていった。


「……クロ先輩? どうしたんですか?」


 ラベルには、今の光景が見えていなかったようだ。


「……いや。とんでもない化け物がいたって話だ」


 俺は冷や汗を拭った。 この学校には、俺以外にも「バグ」がいる。 それも、俺とは相容れない、危険なバグが。


 試験終了の鐘が、森に鳴り響いた。 長い一日が終わろうとしている。 だが、俺たちの「冒険者学校」での戦いは、まだ始まったばかりだった。



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