36.予兆
お待たせしました。
正直に言おう。やっぱりちょっとやばいかもしれない。
蛇便を使い災厄と言われるモンスターの一部を納品し、それとは別に馬便を使い店の商品を仕入れた。この馬便が囮になるわけだが、今まではこの馬便に"納品物"を紛れ込ませていた。だが、ただの馬便あれば途中で襲撃されて"納品物"が盗られてしまう。なのでこの店だけは普通の便ではなく、特殊な便に依頼をしている。乞うご期待しておこう。
それはいいとしてだ。この金髪女騎士、俺よりもレベルは上だと仮定し、スキル所持数も上だと思われる。俺が分かるだけでも、5つはある。これは多い。この世界でのスキルとは際限なく極められるものだ。ゆえにたくさん持っていたとしても所持スキルが少ないがスキルLVが高いやつが勝つことが多いのだ。それはモンスターにも適用されている。過去の文献にはたくさん持っていた方が強かったという時代もあるらしいが結局のところ"LVが高い方が無理を通すことができる"のだ。
しかし、そもそもそれは【種族:人間】に当てはまることだ。寿命が長ければ長いほど極められ、所持スキルも多ければ、そいつはこの世界の最強に近づくだろう。そして、この金髪女騎士は恐らく、【種族:エルフ】だ。
「おい、便はまだか?もう1人やるか?」
「っひ!」
相当殺気立っているな。剣先を首に当て、血が流れ出す。部下の女は痛みに耐えている様子で、思わず声を上げる。しかしそれ以上は我慢している。
「待ってくれ。確かに遅いが何かトラブルがあったのかもしれない。こういう時はたいがい前の納品元で何かあったんだ。ほら、ここらへん治安が悪いだろ?物乞いがねだりにくるんだよ」
嘘ではない。
「ほう、ではあとどれくらいで来る」
「10分だ」
「5分。それを過ぎれば10秒につき1人殺る」
もう時間稼ぎはムリか……。松田はーー、
「…………」
少し落ち着きを取り戻しているな。意識を向けることで様子は分かるのだが、身動きが取れない以上合図が送れない。斜め後方にいる松田へどうにかサインを送れないものか。
「……」
しばらく沈黙が続く。馬便ももう来ていい頃だというのに、遅いな。
「……」
残り3分
「……」
しょうがない、全部終わらすか。そう思いながら、内なる不を練り始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《視点: 松田》
僕は今、最大最悪の境地に立っている。最初は、
〔スキル持ってる人大募集!!レジ・接客・品出し・簡単な戦闘のみ!初心者大歓迎!!〕
というどこにでもあるような分の中にある、"簡単な戦闘"という言葉に興味を惹かれ応募した。それが今になって思う。
「どこが……簡単?」
目の前には瓦礫が散乱し、炎が飛散し、クロ先輩と騎士団の女性がぶつかれば衝撃波で目の前が振動する。
「無理だ。こんな状況でステージに立てって
? 死ぬよこれ!」
この世界での命の価値は低い、誰でも知っている言葉だ。生まれも育ちもこのアギュラならなおさら。だから僕たちはレベルを上げなければいけない。しかし、レベルを上げたところでどうにもならないことだってある。
「このまま逃げようか」
幸いにも"なぜか"、僕がいることをクロ先輩以外分かっていないようだ。それはきっとクロ先輩が"なにか"したんだろう。
クロ先輩。このお店で働くにあたり、店長から再三にわたって注意をされた人物だ。ある日突然この店に押し入り、働かせてほしいと頼み込んできたそう。詳しいことを聞いてもまともに会話ができず、四苦八苦していたらしい。今となってはあんな態度だが、最初は挙動不審ですぐに辞めるだろうと店長は思っていた。
でも、クロ先輩は他とは違っていた。
スキル"らしき"ものを使い、そして恐ろしく飲み込みが早かった。吸収できるものは全部吸収して、店長曰く"店長の次に強いらしい"。一体何がなんだか……。
色々考え事をしている内に少し落ち着いてきた。
「はぁぁ……ふぅぅ」
深呼吸をする。
「……僕は無敵だ」
いつもと同じ、僕はそうやって自分を励ます。やっぱり逃げるのはやめよう。今生きて逃げれたって、今後の冒険者業にも響くだろう。そして何よりーー、
「裏切りたくない」
段々と思考がクリアになってくる。考えろ。僕のスキルは2つ、【体力が続く限り無敵になる】【注目】だ。これを使い、この状況を打開する策を考えるんだ。
店長は「クロか?信用はしているが、信頼はしていない。この世界で生きていくには自分の目で見たものだけで判断しろ」と言っていた。僕も全部とは言わないが、そうやって人に認められてみたい。それをされずして簡単に死ぬわけにはいかない。
「僕が僕に価値を見出せなくてなにがアイドルだよ」
ここが僕の人生の分かれ目なんだ。
「極めるんだ、このスキルを」
やっぱり今の僕にできるのは、ステージに立って、踊ることだ。
そう覚悟を決めた、その時ーー、
「ッッ!?」
目の前で人が死んだ。首と体が離れて、
「うっ!」
吐きそうになるのを必死に堪える。今バレれば、僕もあの女性と同じようになることが頭の中で浮かんだからだ。でも……下は我慢できなかった。
人の死は見慣れているはずなのに、いつもと違うこの状況と緊張感が僕を押しつぶしてくる。
「……ゎ…ゎわわあわゎ」
呂律が回らない。衣服から滲み出ようとしている水分類をへたり込むことでステージと同化させる。
覚悟していた心が、バラバラに崩れていくのが分かった。クロ先輩はその女性を助けようとしていたけど間に合わず、手を上げて降参しているようだった。
もう僕にできることは、何もない。
クロ先輩からなにか感じる。さっき味わった死の味が、僕の舌の上で広がる。だけど、死の味ってなんだろう。
「………り…2…ん」
少し聞こえたのは数を数えているのだろうか?これが0になれば、また何か嫌なことが起こることは明白だ。
「何もしないよりは、ましか……」
僕はその死の味を、味わいを、鼻から抜ける風味を、感じる。
"…………だろ?"
その味が、僕に伝えてくる。
"………ド……だろ?"
カチカチカチと歯を鳴らし、死をーー、噛む。
その瞬間、咀嚼から漏れ出した何かが僕の中へ流れ込み、全身を駆け巡る。
"残り1分だ"
"…っ。…っひっぐ"
これは、今のあそこでの会話?
"どうする……この状況を打破するには……"
これはクロ先輩の考え?
ゾワゾワっと込み上げてくる、これは?
来る
来る
来る
来る
来る
「くるっ!」
"アイドル、なんだろ?"
僕は、叫んでいた
「撒き散らした糞尿も力に変えろ!!!」
浸された水が飛び上がり、飛沫が散る。それと同時にどこからともなく爆発音が聞こえたとともに、花火が打ち上がる。
僕のステージの幕開けだ。
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