25.アスラ戦 下 〜 浮かぶ無数の垢
お待たせしました!
「はぁ、はぁ、はぁ、」
体全体で息をする。息を吐く度、意識を失うそうになる。
アスラを倒した。腹を中心に丸い大きな穴が空き、向こう側が見える。アスラ自身はというと、空を真っ直ぐと見上げている。その周りには黒い血溜まりが吹き出しており、なんともグロテスクな光景が目の前にあった。
「はぁ、はぁ、……うっ」
今起きたことが、一瞬の出来事かのように感じる。最後に使ったあの弧を描くように移動したやり方はもう二度とやらないほうがいいのかもしれない。立っているのも不思議なくらい体から命が出て行く、そんな気がするほどの消耗だった。
「はぁ…はぁ…うぇっ」
不変で移動するはずの現在から過去全ての行動を無理やり止めて、メグリの這う這うの体で急発進する。さらに、その移動に掛かる負担を不自然な手に集約させる。自然の摂理、法則を打ち消すその手。結局のところ、簡潔に言えば、誰よりも早く移動することができるのだ。それも、神を凌駕する程に。ただ、先程にも言ったように、小回りが効かない所が難点として挙げられる。
そもそも、元の世界で使っていたであろうメグリの力、"這う這うの体"。この力の根源として、同化、溶け合った、混じり合った目繰にはイメージで伝わってくる。
全てから必死に逃げていた映像。
逃げなければ死ぬ状況から這いながら逃げる映像。
逃げたら大事な何かを失う状況でも這って逃げる映像。
全てを犠牲にしてでも、なんとしてでも、逃げる映像。
(僕はそうやって……第2世界をクリアした。世界なんて大きい場所じゃない。僕が記憶しているのは、広場みたいなところで死に際まで遊ばれていたってことだけ。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて……そして、死んで、クリアした)
頭の中でメグリが、ぽつりと言った今の言葉には、はっきりと第2世界を管理しているであろう神の顔が浮かんでいた。痩せ細った体に、痩けた頬、血走った瞳の周りには丸い模様が8つ描かれている。じっと見つめているそいつは、腰ほどまで伸びたボサボサの髪を乱雑に垂らしながら嘲笑い、彼等の尊厳をボロボロにしつつ戯れていた。
(その記憶だけが、なぜか今思い出したんだ。そうだ…!あいつは…!あいつは!僕の大事にな何かを奪った!それが思い出せない!くそっ!なんでだ!なんでもっと思い出せない!くそっ!)
頭が割れるように痛い。まるで小人が頭の内側からトンカチで頭壁をフルスイングしているように、一定の間隔で視界が揺れる。もう倒れてもいい、そんな気持ちを未だ耐えているのは、ここにいるはずのない彼女が目の前にいるからだった。
「な…んで…あかめが……」
「メグリ!」
疑問を口にする。それに応えるように、こちらへ駆けてやってくるアカメ。しかしそれを手で制止させる。
「こいつは…まだ……死んでねぇ」
「っ!?」
腹に大穴を開け、今や瀕死の状態。この不槍で穿ったからには修復するのは無理ーーできたとしても相当な期間が必要になるだろう。倒した事実は変わらないが、天を見上げて立つこいつからは確かに虫の息ほどの呼吸が感じとれるのだ。
「近づい…て…アカメを殺す…ぐらいは…でき…る」
それにこいつは天上クエスト 第三世界テン管理者 厳然のアスラなのだ。7つあるであろうクエストの一つを管理している神であり、永遠と呼べる時間の中、誰一人としてこの世界をクリアしたものはいないのだ。今までこいつに挑んだものたちにどういうものがいたかなど分からないが、虫の息でもこいつは今のアカメを殺れる。それは間違いない。
「……わかったわ。まだ生きてるのね。でもこいつ、ほんとに動けるの?」
この場合、"動ける"とは二つの意味がある。一つは、腹に穴が空いてるのに動けるのかという意味ともう一つは、ほんとに自分を…アカメを殺せる程の余力が残っているのかーーそれを問いかけた。
だが、その問いに目繰は答えることなく、こう答えた。
「イヒは…どうしたっ!」
『此処にアリケリ』
目の前にイヒが現れる。未だにどういう原理法則でこいつは存在しているのか分からない。今も、こいつはアスラの中にーー腹の空いた穴の中にふわふわと浮かんでいる。
「イヒが助けてくれたのよ。ドレスを着た女性が、私に何かをしようとしていたの」
「人がいたのか!?」
「人ーーというよりは……こいつに近い、それ以上のものを感じたわ。はっきり言って満身創痍になっているあなたが勝てる相手じゃないと思う」
あの時のことを考えただけでと、そう呟いたアカメは自分の体を抱えて震えていた。
一体、何が起こってるのか疲れ切った頭では到底考えることはできないが、非常に危険な信号を感じとる。
「頭がいてぇ…、相棒!正気を戻せっ!」
現状、アカメが此処にいる時点で心安らかな状態ではない。さらに、アカメを狙った存在ーー、アスラよりも格上だというものがこの世界に降り立っている。さらに重なるように、相棒であるメグリがおかしい。アスラを倒してから、以前の記憶が甦ったのかイメージで暴れ回っている。
(返せ!返せ!僕の命を返せ!僕がいかないといけないんだ!返せよぉぉぉおおお!あいつを殺す!必ず殺してやる!)
一体、第二世界で何があったというのか。イメージはどろどろと断片的に流れ込んでくるが、要領は得ない。
「落ち着け!とりあえず、今この場を…どうするか考てくれ!」
割れるように痛んだ頭が、割れた後のようにスーッと血の気が引いていくのを感じる。
そしてさらに追い討ちが重なるようにイヒが警告する。
『中心部から溢れてくる。備えろ目繰。さすれば、お前を主として認める』
その言葉を聞いた直後だった。
"娯楽窮庭 浮垢浮垢星"
アスラを見る。
「やばいぞ、なんだこれ」
声は確かにアスラだったが、こいつはなにもしていない。なにも動いてもいない。何も話してもいない。だが、
「ちょっとぼやけてやがる!なんだこれ!」
少し、少しずつ、自分の中のアスラが霧がかかるようにぼやけていく。そこにいるのに、認識がぼかされていく。気持ち悪い。
「…っ!」
アスラを挟み、向かいのアカメも同様に今自身に何が起こっているのか分からないようで、混乱が感じ取れた。その場に座り込み、冷静になろうとしているのだろうと気持ちを汲みとったつもりだったが、しばらくするとそれが間違いだったと気づいた。
「落ち着いて、タイムリミットはもうきているの。だから、動かないで」
黒いドレスを見にまとった、無表情な女だ。そいつが今、目の前の何かの横に立っている。
「やっぱり、と言った所。不のものは私たちに届き得たの。主の言った通り」
ぶつぶつと呟いているのは分かるが、何を言っているのか分からない。かろうじて聞こえたような気がした言葉は、"不のもの"。それだけで、十分だった。
「震えてる?笑い。笑い笑い。怖い?笑い」
およそ笑っているように見えない感情のない女からは、その容姿が想像できない程に恐怖しか感じれなかった。震えが止まらない。こちらの情報を知られた上で、こいつはこんなにも余裕なのだ。
「後ろの女は殺してもいいけど、今はやめる。気分がいいの。ふふっ」
やばいやばい、なにをするつもりだ
「何もしない。ただ、帰るだけ。こいつと。落ちついて?データはとれた。もう、あなたは用済み。この筋肉の搾り滓と一緒に死になさい。ふふふ。本当に気分がいいの」
あぁ?データ?搾りかす?なんだ?
「こんな筋肉でも使い道はあるの。でも、あなたたちは、いても意味がない。そうだよね?震えてるのってあなたたちだけじゃないの」
ガタガタガタガタガタガタガタガタ
そして、第6世界 死合廻 管理者ニア・オルトニアは続けてこう言い放った。
「果てる時まで輝けない星って……っぷ。さよなら、ゴミ虫たち」
目の前から女と何かが消えて残ったのは、目繰とアカメとイヒと地面から揺れでてきた無数の黒い濁った垢のような人形のものたちだけだった。
第三世界 テン 消滅まで僅か
いよいよ終盤です!
それから、ゆったり会話なり、クエストなり、冒険者なり、スライムなり、やるぞぉ!!!!
こっからが本番です。




