3.玉入れ
運動場当日は天気予報の通りに快晴でまさに運動会日和だった。朝から母は弁当と朝ご飯の準備に忙しく、父はカメラやシート等の準備をしていた。
私達も体操服に着替えてしっかりと朝ご飯を食べると両親達にまた後でねと手を振って家を出た。
「運動会楽しみだねー!!私、紗良ちゃんと二人三脚出るんだよ?もう張り切っちゃう!」
「相手の子を振り回すなよ」
「そんなことしないもん!」
「どうだか」
「きーっ!陽大なんかリレーでビリになっちゃうんだから」
「こらこら、朝から喧嘩しないの」
妹の陽菜子と弟の陽大の間に入り喧嘩を止める。2人はすぐに喧嘩するものだから私が仲裁に入るのが日常茶飯事だった。
しばらく3人で歩いていると陽大は友人を見つけたのかそちらの方へと駆けていく。そのすぐ後に九条兄妹の姿が見えたため陽菜子も紗良ちゃんに声をかけて走り寄っていった。
手を繋いできゃっきゃっと歩く2人はとても可愛い。
「おはよう、宮永」
「おはよう、今日は晴れて良かったね」
私達の前を妹達が仲良く歩いているため自然と私と九条が隣同士に並ぶ。
九条と普通に会話をしていたが一緒に登校なんてまた噂が立つのでは…。
という考えが頭をよぎったが今さら離れるのも不自然だし2人きりではないから大丈夫かと思いそのまま教室へと向かうのだった。
教室で先生から注意点等を聞いた後、私達は運動場へと移動し、校長先生の有難いお話を長々と聞いて開会式が終わった。運動場には児童の他に保護者達がすでに場所取りをしている。私も両親が来ているのかを確認するために探しているとふと、嫌な気配を感じた。
先程までは感じなかったのにと不思議に思いながら立ちあがる。保護者の間をすり抜けながら気配のする方、校門近くへと向かった。
「あれは…っ」
校門の近くで保護者に紛れていたのは真っ黒な物体。人の形をしているからおそらく転校初日の九条のように大量の穢れがまとわりついているのだろう。その人はそのまま運動場の方へと向かっていくため通った後が黒い道になっていた。
何ということだ。
運動会なんてしている場合じゃないぞ。
一刻も早く浄化しないと!
私はすぐさま教室に戻ると掃除グッズを取り出した。バケツの中に水をはり聖水へと変えておく。
急いで運動場に戻ると玉入れの選手はスタンバイするようにとアナウンスが流れていた。ここは棄権するかと思っていたのだがクラスメイトの人に見つかり連行されてしまう。
玉入れなんてしている場合じゃないのに!
焦りながら穢れの気配を探っているとすでにスタンバイしていた九条が駆け寄ってきた。
「九条、大変!すごい穢れをまとった人がいる!」
「ああ、さっきから保護者の間をうろうろと歩いているみたいだ。…やっぱり全部は吸いきれないな」
広げて見せた九条の手は真っ黒に染まっていた。
黒くなった道を戻すために穢れを吸ってくれたみたいで、よく見れば腕まで黒くなってしまっている。
私は慌てて九条の手を取り聖歌を歌った。
「ありがとう」
元通りになった九条の手を見てほっと息をつく。
穢れの気配を探ると先程とは違う場所から漂っており、また移動しているようであった。
選手入場のアナウンスが流れ始めたため押し流されるように私達も中へと入ると開始の合図であるピストルの音が鳴り響く。
カゴに向かって一生懸命投げ入れている児童達をよそに私は隠し持っていたスプレー式消臭洗剤を取り出した。何とこれ100%自然由来の香りだけを使用しており、従来の商品と変わらずしっかりと除菌もしてくれるというナチュラル志向の人にはありがたい商品。パッケージもオシャレで水着を買う代わりに全種類買ってしまったのは仕方ないことだった。
私は小豆の入った玉を拾うと軽くスプレーで吹きかけた。
「宮永、それどこから出したんだ…」
「ひみつ」
何とも言えない顔をしている九条にそう言うとまた気配が移動するのを感じた。そちらの方へと顔を向けると応援する保護者達の間から黒い禍々しい穢れの固まりが見える。
それ以上穢れを撒き散らせてなるものかと玉を握る手に力を込め、そして大きく振りかぶった。
私の手から勢い良く離れた玉はそのまままっすぐに標的である人のおそらく顔の近くに当たって落ちていった。周辺にいた保護者達は飛んでくる玉にびっくりして避けてくれたため、足を止めた標的がさらに見やすくなる。だがまた移動しようとしていたため私はもう1度玉をぶん投げた。
ちょっと洗剤をふりかけただけだから浄化の効果は期待できないだろう。玉入れが終わるまでの間だけでも足止めをしなければ。
また玉を拾って構えていると九条が玉を持った手を差し出してきた。
「これにもかけてくれないか」
「うん、分かった」
九条が持つ玉にもスプレーを吹きかけると、彼は移動する穢れに向かって玉を投げた。
私よりも綺麗なフォームで投げ出された玉は風を切るように真っ直ぐと飛び出し、進行方向に出しかけていた標的の足下に当たった。
「え、すごい!」
私は思わず驚嘆の声をあげたが九条は納得していない様子で手を開いたり握りしめたりしていた。
でもあのコントロール力があれば十分である。
「この調子なら何とかな…」
「ほう…、ずいぶんとコントロールの調子が悪そうだが、何とかなるだって?」
「ひっ…」
急に後ろから襟首を掴まれてしまい体が固まる。
聞き覚えのある声に振り返るとそこには学年主任、もとい生徒指導の鬼塚先生が恐ろしい顔で立っていた。
「2人とも強制退場だ。来い」
腕を掴まれては逃げることもできず私と九条は引きずられるように運動場を後にしたのだった。