2.悪口
「宮永さん、ちょっといいかしら?」
給食を食べ終えた後の昼休み、親友の小桜千代とお喋りをしているとツインテールの女の子、黒川恵美が扉のところに仁王立ちしていた。
何故か私を呼んでいるようだが心当たりは全くない。
一瞬中村がいないかクラスの中を見渡したが残念な事に外に遊びに行っているようであった。黒川さんのお友達である中村に何とかしてもらおうと思ったのだが仕方ない。
私は席を立って彼女のもとへと向かった。
「何の用かな?」
「ちょっとついてきて」
ええ~、ここじゃダメなの?
と言いたかったが彼女が怒りそうだったので大人しく黙ってついていく。しばらく黙々と階段を登り、屋上に続く階段のところで足を止めるとくるりと彼女はこちらを振り向いた。
「なんで呼ばれたか分かっているわよね?」
「いえ全く…」
「ほんと腹立たしいわね…まあ、いいわ。本題に入りましょう」
「はあ…」
そうしていただけるとこちらとしても有難いですが。昼休みは有限だからね。
彼女は肩にかかった髪の毛を後ろにはらうと腕を組んだ。
「あなた、どうやら運動会で借り物競争に出るみたいじゃない?」
「情報がはやいですね…」
昨日のホームルームに決まった事なのに、なぜ友達でもない私の競技を把握しているのだ。疑問に思いながら見つめていると、彼女はスッと目を細めた。
「借り物競争でもしもお題に好きな人を引いたら」
「引いたら?」
「絶対に中村君を選ぶんじゃないわよ!!」
「……」
「ちょっと何か言いなさいよ!」
きっと今の私の顔はチベットスナギツネのようになっていることだろう。あまりの想定外さにどっと疲れる。
あー、昼休みを無駄にしたー。
「ちょっとまた無視しないでよ!」
「…あの勘違いしているみたいなので言っておきますけど、私は別に中村のこと好きとかじゃないから」
「ふん、そんなのには騙されないわよ。大抵のヒロインはそんなこと言っておきながらけろっとヒーローとイチャイチャしてるもんなのよ!」
どこ情報だよそれ…。めんどくさいなあ、もう!
「だから何度も言うけど中村の事なんてこれっぽっちも好きじゃないから!いつもからかってくるしふざけるし全然紳士的じゃない」
「はあ?あなた何も分かってないわね。中村君は……っ!」
「中村と恋愛なんてもってのほかだよ。まだ九条と噂立てられる方がまし!」
「ちょ、ちょっと、待って…!」
「はあ、やっとこれで私がこれっぽっちも中村のこと好きじゃないって分かってくれた?」
ため息をつきながら肩を下ろすと黒川さんが何故かおろおろとしている。視線が私の後ろに向けられている気がしたので振り返るとよく見知った人物が立っていた。
「な、中村…」
そこにいたのはしかめっ面をした中村だった。
ヤバイ、今の絶対聞かれてたよね…。
背中を冷や汗が流れる。
「中村君…どうしてここに?」
「黒川が宮永を誘拐していったって知らされたからだよ」
「やだ、心配してくれたの?嬉しいー!」
180度態度を変えた黒川さんはぴょんっと彼の腕に抱きつくと一緒に教室に戻ろうと促していた。
さすがに歩きにくかったのか、くっついてくる黒川をはがした中村は去り際に私の方を向くとぼそりと呟いた。
「…ブス」
それだけ言うと彼は背中を向けて去っていった。
「…だから、そういうところだっての!」
誰もいない階段で1人憤慨する。
しかしすぐに冷静になるとさっきの私の発言は良くなかったと反省した。もちろん中村を好きではないことは事実だけれどあそこまで言う必要はなかったかもしれない。悪口は悪口だ。
謝った方が良いのは分かっているけども素直に謝れそうにない自分がいる。
「うーん…」
悩んでいるうちに昼休み終了のチャイムが聞こえたためとりあえず謝罪の件は保留することに決めたのだった。
「最近、中村と何かあったのか?」
「うっ…そんなに分かりやすい?」
「いや、最近絡んでこないなと思って」
「んー…」
放課後にリレー出場メンバーでバトンの練習をしていると九条が小声で話しかけてきた。なぜ小声なのかというとリレーメンバーには中村も含まれていたからである。
あの件以降、以前のように中村が絡んでこなくなったのだ。普段であれば絡んでこなくて楽ぐらいにしか思わなかっただろうが、これに限っては私のせいなので居心地が悪い。
「なんだ、喧嘩でもしたのか?」
「いや、そういうわけでは…私がその、悪口を言ってしまってね?謝るタイミングを逃してしまったところです…」
「そうか…」
九条は私の話を聞くと中村の方をチラリとみた。
「まあ、大丈夫だろ。そもそもあいつの普段の言動のほうが悪い。自業自得だ」
「意外と辛辣じゃない?」
「本当のことだからな。ほら、練習するぞ」
九条からバトンを渡されたため私も意識を練習に切り替えた。謝るタイミングがあればその時でいいかなと楽観的に考えれば少しだけ気持ちが楽になる。
私はその勢いのまま思い切り足を踏み出したのだった。