1.並んだ名前
※元聖女シリーズを読んでいないと話が分からない可能性があります。
短編「元聖女は潔癖症!!」→「魔王の妹編」→「肝試し編」→「運動会編」
普通の人にはみることができないものが見え、それをはらう力があること以外は至って平凡な小学生5年生の私、宮永杏樹には人には言えない秘密がある。
その秘密というのはこことは違う世界で穢れなるものを祓う聖女として生き、そして穢れの源である魔王を倒す旅に出て死んでしまったという前世を持っていることだった。
最初は自分の妄想ではないかと疑ったが他人には見えないものが見えること、そして祓う力を持っていたことが何よりも前世を証明するものであった。聖女として利用され死んでいった前世をとても良い人生だったといえるはずもなく、今世こそは平凡な人生を送りたいと思った私が取った行動はこの力を隠すことだった。
しかし見えてしまう穢れを放置するわけにもいかず、誰にもバレないようにひっそりと浄化し続けた結果、潔癖症と言われるようになってしまったのは誤算である。開き直ってからは意外とごまかしが聞くと感じ、それからは潔癖症と偽りながら日々穢れを浄化して過ごしていた。
そんな平凡な毎日が崩れ始めたのはもうすぐ夏休みに入るという時期、季節外れの転校生、九条紫音が現れてからだった。なんと彼も前世の記憶を持っており、あろうことか私を殺した魔王であったのだ。これ以上前世に振り回されたくない私は距離を置きたかったのだが九条に妹を助けてほしいと頼まれて手伝ったり、何故か一緒に肝試しやプールに行ったりと思わぬ展開になってしまっている。
付き合ってる等の噂を払拭するためにも距離を置くべきであろうが同じクラスの隣の席同士では難しく、最近ではもう諦めている自分がいる。そのうち噂が収まってくれるのを待つしかないだろう。
そして担任の御手洗拓斗先生であるが、どうやら先生も前世の記憶を持っているらしい。肝試しで死にかけた際にまるで聖騎士のように私や九条達を助けてくれたのだ。聖女のように穢れを祓うことはできないけれど穢れを遠ざけたり吸収することができる聖騎士は聖女時代とても心強かった。
どことなく前世でお世話になった人に雰囲気が似ている気がするけど確証は得られていない。
もし先生がタクト兄さんだとしたら会いたいという人は姉さんの事だろうか。まあ、先生がタクト兄さんであろうがなかろうが会いたい人にいつか出会えるといいなあとは思う。確率はすごく低いだろうけれど、でももう1度会うことができたのならば前世の記憶があるのも案外悪くはないかなと少しは思えるような気がするから。
私は教壇の前に立つ先生を見つめながらそんなことを考えていた。
「はい、それではこの時間に運動会の出場種目を選んでもらいますね。やりたい種目の下に名前を書き込んで下さい。はい、順番にね」
チョークを置いた御手洗先生が振り返りながら言うと皆一斉に出たい種目の下に名前を書き込んでいく。
夏休みが終わったこの時期、次に控えている大きな行事として運動会があるのだ。応援に来てくれる保護者達の前で張り切る子供達。普段の退屈な授業とは違った優勝をかけて友と頑張る運動会は子供達が楽しみにしている行事の1つであるだろう。
皆どの競技に出るのかを友達と話し合いながら楽しそうに決めている姿は微笑ましかった。運動が得意な子はリレーや徒競走、反対に苦手な子は玉入れや綱引きなどの団体競技を選んでいた。
私もどれにしようかとチョークを持ったまま悩んでいると九条が話しかけてきた。
「宮永はどれにするんだ?」
「うーん、玉入れとか団体戦のにしようかなあと」
「じゃあ俺も」
玉入れの下に書いた私の名前の隣に九条が並ぶ。何となく九条は運動神経悪くなさそうだったから玉入れを選んだのは意外だった。
まあ確かに運動会にはしゃぐタイプとかではなさそうだけど。
「えー、九条はリレーだろ!足速いんだから」
「宮永も足速いだろ。いつも箒振り回して追いかけてくんじゃん」
「振り回してないわボケ」
ふざけたことを言う男子を睨むと怖い怖いと言いながら教室の隅に逃げていった。そうこうしているうちに男子が勝手に名前を書き込んでいて私はリレー、玉入れ、借り物競争、九条はリレー、玉入れ、徒競走に出場することになった。
「ちょっと待って。借り物競争とか私嫌なんだけど」
リレーはまだ良いとして借り物競争は駄目だ。
毎年リレーや徒競走、騎馬戦等が盛り上がる中、借り物競争も盛り上がる競技の1つとして挙げられる。すでにお察しであるだろうが借り物競争は毎年そのお題で場を沸かせるのだ。
そのお題の達が悪いことといったら…。
去年は定番の「好きな人」から「独身男性」、「イケメン」、「失恋したばかりの人」等といったふざけたお題が紛れ込んでいた。児童の両親ばかりが見に来るというのに婚活場と勘違いしていないかと突っ込みたくなったものだ。
というわけで借り物競争は見てる側は盛り上がりはするが出場者にとってはかなり苦戦するため希望者はほとんどいない。
「大丈夫、宮永ならいけるよ」
「何が大丈夫なのかさっぱり分からないんだけど」
男子と言い合いをしているうちに時間がきてしまったため結局変更することはできなかった。私の他に誰が出るのかなと名前を見るとそこには中村の名前があった。
ジャンケンで負けたのかなあ。ま、お互い変なお題を引かないように頑張ろうではないか。
同士を見るような目で見ていると視線に気が付いた中村が不思議そうに首を傾げていたのだった。