三十四話 改めて身分の高さを感じた
「………ここは」
いつの間にか寝ていたようだ。
ベッドの上で起きた。
風呂に行ってからの記憶が無い。
どうやらあのままあまりの気持ちよさに寝たらしい。
マッサージと適度な湯のコンボの恐ろしさを思い知らされた夜となった。
そのくらい記憶が無い。
なんと言うか記憶が彼方に消え去っているようなそんな感覚だ。
「ん?」
静かだが寝息が聞こえたので見回してみたらルーナ達が俺の隣で寝ていた。
「………見なかったことにしよう」
小さく呟いてもう一度眠ることにした。
なんと言っても眠気にはやはり勝てない。
※
「エース様起きてくださいー」
「………ん?」
体を揺らされて起きる。
「起きましたか?」
「まぁ起きたけど。何でそこにいるんだ?」
「その、乗りたくなったので」
寝ている俺の上にうつ伏せで乗っているサーシャ。
起きたら顔が真ん前にあるので驚きだ。
しかし、そう言っているサーシャは顔を背けた。
なんなのだろう。
「それよりあの後何があったんだ?」
「あ、そうですよー。大変だったんですよ?あの後」
「そうだったのか。悪い事をしたな」
風呂で寝るなど俺としてもやってしまったのではという感覚があった。
とりあえずサーシャに退いてもらい体を起こすことにした。
「まず、寝てしまったエース様の体を皆で引き上げてですね。その後全身洗ってから髪の毛も洗って大変でしたよ。でも顔は洗ってないですけど」
「ん?全身?」
「全身ですよ?」
しかし、サーシャは何かに気付いたようで顔を赤くして両手を突き出して左右に振った。
「そ、そこは洗っていませんからね?!」
「そうだったんだな」
それなら別に構わない。
何と言うか見られなくてよかった。というところだろう。
「それと、他のルーナ達は?」
気付けば俺とサーシャ以外いないことに気づいた。
「2人は洗濯にいきましたよ。それで、私たち2人なんです」
「そうなんだな」
とりあえずベッドから立ち上がる。
さて、王様生活一日目だが何をすればいいのやら。
「ま、一先ず外に出るとしようか」
※
サーシャを連れて庭園まで出てきた。
流石王城にある庭園だと言えばいいかかなり広かった。
「庭師頑張っているようだな」
「これはこれはエース王ですか」
俺が声をかけるとまだ若い庭師の男は振り向いた。
「労いの言葉有難く頂戴いたします」
慇懃に礼をして俺にそう答える庭師の男。
「そんなに畏まずともいい」
「で、ですが」
「俺はしょせん底辺だった男なのだから」
そんなに畏まられては調子が狂うと言うのもある。
「王、それはなりません」
その時リシアがやってきた。
「この者達は我々とは違う世界に生きる人々。そのような人々を相手に砕けた態度で接してはなりません」
「何故だ?」
「王は一般人ではないのです。線を引くべきです」
「よく分からんがそういうのは好きではなくてな」
「王………」
言いかけたリシアを無視して庭師の男を見た。
「表向きだけで構わない。最低限の礼儀を弁えてくれていればそんなに畏まらなくて構わない。な?」
そう言って微笑むと酷く驚いたような顔をする男。
「王が望むのであれば………分かりました」
「これなら構わんだろ?リシア。お前が伝統とかそういうのを守りたいという気持ちも分かるがここは既に俺の国だ。ある程度は好きにさせてくれ」
「口出しをしてしまい申し訳ございません、どうかご無礼をお許しください」
ふむ。謝罪しているが硬さが拭えないな。
「よし、決めた」
リシアの肩に手を置く。
「何を、ですか?」
「お前が率先して砕けた態度を取るようにしろ。これは王の命令だ」
一瞬場を包む静寂。
「………ええぇぇぇぇぇぇ?!!!!!!」
それからリシアの悲鳴にも似た声が庭園に響き渡ることになった。
その声を聞いて周りに人が集まってきた。
そんな中俺はリシアに訊ねる。
「急に大声を出してどうしたのだ」
「話を聞いていましたかエース王?!」
「聞いていた」
「なら、どうしてそのようなことを仰ったのですか」
「お前も人の子。誰も人の子だ。それならば俺も人の子。そこに区別などない。故に」
ビシッと人差し指をリシアに向ける。
「敬意を表す以上のものは必要ないだろう。存分に親しげに話すがいい」
「そ、それは」
「王が許している何も不満はないだろう」
そう言った時俺の声に答えたのはリシアではなく
「エース王。私はハウストと申します。近衛騎士団の団長です」
そう名乗って跪いたハウストと名乗る兵士だった。
「どうしたのだ?団長よ」
「口出しをするご無礼をお許しください。王に親しげな口調で話しかけること等誰にも出来ますまい」
「俺が許しているのにか?」
「はい。リシア殿の困惑も致し方ありません」
「ふむ。そうか」
「ご理解頂けましたでしょうか?」
そう聞いてくるハウスト。
なるほどな。それならたしかに仕方ないかもしれない。
「理解した。ならば今は無理にとは言わん」
「ご理解誠にありがとうございます」
そう言い立ち上がるハウスト。
「お前も毎日城の警備ご苦労だ」
「有り難きお言葉です。それでは私は職務の方に戻らせて頂きますので」
そう言ってハウストは戻っていった。
残ったのは若いメイド達とリシア。
「ハウストがあのように硬い人間なのは分かったがお前たちはもっと砕けてもいいぞ。とは言えすぐには無理だろう」
メイド達にそう言うと今日のところは帰らせることにした。
にしても王は大変だな。
少し何かをすれば周りに人が集まってしまうのだから。
これからは己の言動にも少し注意した方がいいかもしれないな。
この先が思いやられる。