二十話 遠い過去の苦しい思い出の夢
俺達は王室前まで来ていた。
「シド王?シド王?」
「アゼデレアか?入れ」
「失礼します」
先に彼女が入室したのに俺もついていく。
「俺の剣もいるのか。何の用だ?」
「この辺りでは珍しい料理を作ったので食べてみないかと持ってきてみたのだがどうだろうか。ピザというものだけど」
彼に近付くと前でピザを見せた。
「ピザ?何だこれ。見たことの無いものだな」
「遠くの地に伝わる料理らしい」
俺の記憶にもそういう情報がある。
「匂いは確かに食欲をそそるが、悪いな俺は料理長以外の料理は口に入れられん」
「そうか………」
考えてみればそうかもしれない。王様がわざわざ俺の作ったものを口にする義理なんてないしな。
「と言いたいところではあるがアゼデレア。お前はこのために来たのであろう?」
「はい」
どういうことだ?俺が考えている中アゼデレアが声をかけてきた。
「ルシフェルス卿。先に私が口に入れます」
「あ、毒味って訳か」
「お前がそんなつまらんことをする男でないのは分かっているが決まりでな」
はっはっはと笑うシド。
「仕方ないな。一国の王ともなれば」
「気を悪くせんでくれ。後で食べておくから」
「別に悪くはしてないよ」
アゼデレアにバスケットを渡した。
彼女は受け取ってから直ぐに1枚口に含んでいた。
「あ、美味しい………こんな美味しいもの食べたことがありません」
「ほう。そんなに美味いのか?」
「はい。なんと言うか世界中の幸を寄せ集めたかのような………そんな味がします」
「それは是非とも食べてみたいところだな」
笑う王様。
どうやら気を悪くしているといったことはないらしい。
「エースよ。後日感想をくれてやるからその時にまた来るがいい」
「分かった。いい感想を期待しているよ。それと冷めたら窯で焼いてくれ。多分美味しくなるはずだから」
「理解した。まだ何か用はあるか?」
「ないな」
「なら、先日伝えた件について調査してくれると助かる」
その言葉を受けて俺は頷くと王室を後にすることにした。
※
「おやおや、ルシフェルス卿ではないですか」
「あんたはギルバートだったか」
先日出会った要注意貴族にばったり出会ってしまった。
顔に出さないようにしなくてはな。
「はい。先代のルシフェルスを最後に少し時間が空いてしまいましたが無事に穴を埋められて良かったと思います。やはり王の剣が1本では不安ですからね。ご存知ですよね?もう1本の剣ルクスブルクについて」
「あぁ。知ってるよ」
昔からルシフェルスとルクスブルクは対になっていた。
そのどちらもが王の剣。
と、俺はそのうちの1本を任されるようになったのだが。
「どうです?子の方は大丈夫そうでしょうか?」
「は?」
いきなりの言葉に面食らった。
「ですから、子ですよ。聞けば副官の女性達とは婚姻関係にあると聞く。貴族にとっての子は大事なものですよ。跡継ぎですから」
はははと笑うギルバートに対してルーナ達は顔を赤くしていた。
そうだな。こいつらとの子供か。そういうことを考えれば確かに恥ずかしくなる。
「まぁ、その辺は鳥次第だな」
そう。その辺に関しては鳥が赤子を連れてくるのを期待するしかないというわけだ。
「そうですね。鳥殿の調子がいいことを願わなくてはなりませんな」
「そういうことだ」
くつくつくつと喉を慣らして笑うギルバート。
「ところでルシフェルス卿」
「どうした?」
「1つ頼まれてはくれませんかな?」
「別に構わないが何を」
変に断って目をつけられるのも得策ではないな。
「最近黒爪と呼ばれる化け物が最果ての荒野を彷徨っていましてね。その討伐を出来ればお願いしたいのですが」
「黒爪?」
「えぇ。我々も姿までは分からないのですが恐ろしく強く、鋭く黒い爪を持ち人々を切り裂いている化け物の存在が確認されており、商人たちも困っているようなのです」
なるほどな。それを討伐してくれとそういうことか。
「分かった。時間があればそちらの対応もしてみよう」
「いい返事をありがとうございます。それでは、私はこの辺りで」
去っていくその背中を見送る。
※
その夜に夢を見た。
遠い過去の夢。
幼き頃の夢。
「エース。何度言えば分かるんだ!」
「ご、ごめんなさい。父様………」
「何故私の言った通りに剣を使えない!理由があるなら答えろ!」
毎日父親に怒られていた。
そしてそれを見て間抜けな俺を笑う兄達。
「おいおい、エースはまだまともに剣も握れないのかよ」
「辞めてやれってあいつは剣を握る才能すらないからさ」
俺を見てはバカにする兄達。
初めはその程度だった。
だからさほど気にしなかった。
それに出来が悪いのは誰のせいでもない。俺のせいだから。
「エース。今日は私が剣の握り方を教える」
そんなある日初歩的な事をやらされた。
剣の握り方からだった。
「我がルクスブルクに求められているのは王の剣、それから騎士としての自分だ。剣を握れないのでは話にならない」
「はい。父様」
毎日必死に剣を振ったはずだった。
手にたこが出来るほどに何度も何度も身体が覚えるほどに振った。
実際今でもあの当時の剣の感触や重みは思い出せる。
必死に努力をした。
何だってした。
父様に必要とされるように父様が俺を誇ってくれるように。
そうしてもらえるためには何だってした。
「せい!」
夜な夜な1人で剣を手に取り湖に出かけていた。
何度も何度も身体に剣を握る感覚を覚えさせた。
父様に教えこまれた動きを出来るように何度もこなした。
だが俺は出来なかった。何も出来なかった。
根本的に何処か向いていないんだと、そう思った。
「エース。お前は出来損ないだ。もう家から出るな」
「そんな………」
兄達は若いながらも衛兵や近衛兵としての仕事をこなして、結果を出しているのに自分は自分一人だけは家にいろとそう言われたのだ。
でも何も言えない。俺は………剣としては無能なのだから
「………分かりました」
悔しかった。
今までの努力を全部否定された気がした。
いや、実際にされたのだろう。
お前のやってきたことはなんの意味もなさなかった、と。ただの無駄骨だった、と。
「おい、雑魚」
「ぐっ!」
そんなある日長男のゼルギスに胸ぐらを掴まれた。
「お前1人だけ剣を握れないってルクスブルクの恥だよな」
次男のグレセイスにぶん殴られた。
「敗北者が。弱者は我らの兄弟を名乗ることすら許さん。そして貴様はルクスブルクを名乗る資格すらないと知れ」
三男のゲンティスには顔を思いっきり蹴られた。
その後
「や、止めてよ………兄さん………」
「俺さ1度だけで良かったから人を斬ってみたかったんだよ。自分の剣術がどの程度優れているのかを試したくてさ」
ゼルギスが剣を抜いた。
「ぐぅ!」
前面を薄く斬られた。
出血は一応する程度でそんなに深くはなさそうだった。
でも余りの痛みに逃げ出そうとしたが遅かった。
「おいおい、逃げるなよエースちゃん。楽しみはこっからだからよ。無能でもサンドバッグくらいにはなれよ?」
「そうだ。貴様には我らのサンドバッグになる価値はある」
グレセイスもゲンティスも俺を斬ってきた。
死にそうな程に痛かった。でもこいつらは全員人が死ぬであろう傷と死なないであろう傷の付け方の程度を知っていた。
だから死ぬわけはない。
「さて、こんなものか。また頼むぜ」
「また………?」
出血によりか意識が朦朧としていた。
でも、そんな中絶望的な声だけは聞こえていた。
こんな事がこれからも続くんだろうか。
そんな絶望的な考えが頭にあったのは覚えている。