二話 家を抜けて新たなる地へ
雑木林はまだ抜けずに出口付近の木に登ってその太い枝から前方を見ていた。
道無き道を抜けモンスターからの攻撃を避けてたどり着いたこの楽園。
「はぁ………はぁ………」
俺は辿り着いたのだった。
愛すべきこの世界へと。
伝聞でしか知らなかったこの世界へ。
「美しいな………これが俺が見たかった本当の世界………」
それが目の前に広がっていた。
王国シュノーレ。
ここ以上に美しい国はないとされている。
「と、その前に」
道具を使い髪を染める。
金髪から黒髪へと。
顔こそは変えられないが髪色を変えるだけでもイメージは変わるだろう。
やはり金髪だと流石に親父達に見つかる可能性も高まるかもしれない。
「はぁ………」
そうしてから木に背中を預けて枝に座り込む。
「ようやくたどり着いた………」
長年憧れたこの世界に。
ここにはギルドがあって、俺が活躍するには十分な環境があるはずだ。
俺を俺として認めてくれる。そんな環境があるはずなんだ。
「きゃー!!!!」
そうして未来を思い描いていた時だった。
下から悲鳴が聞こえる。女の子のものだった。
それを聞いて急いで飛び降りる。
「ブモーーー!!!!」
飛び降りながら空中で何が起きているのか確認する。
俺の視線の先には1匹のボアと尻もちを着いた金髪の少女がいる。
敵は1匹か都合がいい。
「下がって」
少女に指示を出しボアとの間に立つ。
「あ、貴方は?」
「下がれ動くのに邪魔だ」
「は、はい!」
怯える声で答えて下がる彼女。
言い過ぎたかもしれない。後で謝っておこう。
そう考えた時
「ブモーーー!!!!」
ボアは獲物を取られたのを怒っているのか俺に突進してきた。
ボアの突進はそれを受けただけで一般人にとっては致命傷になる事も多いと聞く。
そしてその突進速度はかなり早く一般人は気付けば死んでいるほどの物だと言う。
「当たれば痛そうだな。当たれば」
「ブモーーー!!!!!」
人の言葉が分かるのか真っ直ぐに突進してくるボア。
俺は今防具を付けていない。当たれば即死だろう。
「当てられるもんなら当ててみるがいい」
スキルを使う。
俺に唯一宿った天性のスキル。
その名も最弱スキルと言われる『鑑定』だ。
すると視界の右上にウィンドウが現れた。
敵の名前はキングボア。
狩猟難易度は最高ランクのS。
1匹で小さな村なら壊滅出来るほどの強さらしい。
その角は恐ろしく鋭い。
基本的な項目を確認し終えた頃には俺とボアの距離はほぼ0になっていた。
「ふっ………」
思わず笑ってしまった。
それが俺に当たることはなかったのだから。
俺の左横を素通りするボア。
俺が避けることを読んでの軌道変更だったのだろう、しかしそれを読んで突っ立っていた俺に当たるわけも無い。
正確に言うなら読んだわけではない。スキルによって未来を見たのだ。
何が来るのか分かっていれば対処は簡単だ。
「ブモーーー??!!!」
困惑しているのか。通り過ぎた俺を振り向いて確認しようとするが遅い。
先に俺が動いたからだ。
そして俺はまた未来を見た。
こいつが俺に刺される前に動くことはないという未来を。
「そこだ」
途中で親父から貰った武器を鞘から抜くと体に突き刺した。
「………」
それだけでボアは糸の切れた人形のように倒れ込む。
※
俺はまだ座り込んでいる少女に声をかけることにした。
金髪を肩で切りそろえた金の瞳の少女。
「あ、あなたは?あれはキングボアですよ?!狩猟難易度Sの」
信じられないものを見るように俺を見ている少女。
「それをあんなにあっさり倒すなんて………有り得ない」
「そうなのか?」
狩猟難易度が高いのは分かっているがそこまで言われる程の事とは思いもしなかった。
「そうだから。ありえないよ」
「そう言われても困るんだが。倒せちゃったんだし」
「何者なの?あなた?」
「エース。ただの通りすがりだよ」
別にエースという名前は珍しいものでは無い。
なので名乗っても大丈夫だろう。
「キングボアはSランクパーティになってやっと勝てる強敵なのに」
そう言って立ち上がる彼女。
「名乗り遅れたけど私はルーナ。助けてくれてありがとう」
「礼には及ばないさ」
そう答えて交渉に入ることにした。
俺がこの国で過ごすのをサポートしてほしいのだ。
いくら何でもこのシュノーレで生活するとなると手を貸して欲しいのが本心。
「それより、俺はここで生活したいんだが手を貸してくれないだろうか?勿論助けたのは忘れてもらっても構わない」
「それ、私の善意を試してるの?」
プクッと頬を膨らませて言ってくる。
確かに見方によればそうなるな。
「面倒なら面倒で構わないよ」
スキルを使うとキングボアの解体を始める。
とりあえず金が必要だ。
こいつの素材を何処かで買い取ってもらおう。
「手伝うよ。でも具体的にどうしたらいいのかな?」
作業中にそう言ってきた。
どうやらいい返事が貰えたらしい。
「街の案内。それからまぁ色々かな」
「あ、ボアはね。その部位とか高く売れるよ」
「そうなんだな」
彼女の指示を受けて解体する。
俺はその手の知識が皆無だからありがたい。
「あ、これ良かったら使って」
「助かる」
彼女が差し出してきた皮袋に売れそうな部位を詰め込む。
ただの皮袋ではなく鮮度を保つ優れものだ。
何かで見たことのあるものだったのでその便利さは知っている。
「エースは何処からきたの?」
「少し遠くからな」
答えて立ち上がる。ようやく作業は終わった。
「とりあえずシュノーレまで案内してもらってもいいだろうか?」
「うん。付いてきて」
※
初めてシュノーレの王都にやってきたがその内部はかなり賑わっていた。兎に角声が鳴り止まないのが1番凄いと思う。
今歩いているのはメインストリートらしい、道の両端には様々な石造りの建造物が並んでいた。
「すごいなこの賑やかさ」
「ふふすごいでしょ」
自分の事ではないのに自分のことのように喜んでいるルーナ。
そんな話をしながら俺達は歩いていく。
「ん?」
その時だった。
「す、すみません」
「えー?何だって?」
「これ、本当に破魔石なんでしょうか?」
店の親父とフードを目深に被った女の子が言い合っているのが目に入った。
女の子と判断したのはその声の高さから。
「あー。それは破魔石だよ。正真正銘のね」
破魔石、確か魔を破る石だったよな。
「でも、これでもお母さんの病気が………」
「嬢ちゃん。俺の言ってることが信じられないのか?」
「それは………」
「それはSランク鑑定士の俺が破魔石だと断定したものだ。あんまりケチ付けるなら商売の邪魔をしているということで衛兵を呼ぶぞ?」
何やら言い合っているらしい。
助けに入った方がいいだろうかと思っていたところ。
「分かりました。もう少し様子を見ます」
女の子が折れていた。
とりあえず話を聞いてみようか。
困っている人は放っておけないし、何より俺のスキルが役に立ちそうだ。