第6話『三度目の入学式-1』
白い石でできた外壁、まるで城のように立派な西洋風の学校。校門に植えられた桜が花びらを散らせている。この世界で迎える三度目の四月、同時に三度目の入学式でもあった。制服がこの学校にはないのでみんな、戦士を思わせるタンクトップに似た服や騎士のように鎧をがっちりと着た生徒など、個性溢れる私服を着て登校する。黒のジャケットを無地の白シャツの上から羽織り、校門の横に立っている教師の前を通る。サングラスをかけた生徒指導の教師は「またか……」と言わんばかりの呆れた表情でクダリを見る。
ここ、『フランシアル学院』は毎年、優秀なワールドブレイカーを生み出している名門校だ。当然、生徒も超高レベルの入試を合格した優秀な者たちがこの門をくぐり、日々勉学に励んでいる。もちろん、留年した生徒など設立以来、一度も現れたことがない。
聞き慣れた三度目の入学式を終え、それぞれのクラスに移動する。クダリは相変わらず毎年、一番後ろの左側という隅の席だ。
「あの……私、サリィって言います。えっと、よろしくね」
首まで伸びた太陽を思わせるように明るく短い金の髪と深海のように青い瞳は引き込まれそうなほどきれいだった。右目にかかりそうな前髪は青いヘアピンでとめられている。
服は、白いワンピースを着て、透き通るような白い肌が顔を出す。
「ああ、俺はクダリ、よろしく」
「ちょっと待ったあああ!」
教室のドアを開け、少女は太陽に照らされて輝く麦のような茶色の髪を揺らし、猪の如くこちらに突進してくる。
服は赤いスカートに赤いラインの入った白い半袖、そして首に赤のスカーフを巻いている。
「あんた、あたしのサリィをナンパしようとしてたでしょ!」
少女のルビーのように輝く赤の目が俺を睨む。
「いや、してねえよ! それに、話しかけてたのはそっちの方からだし」
「そうなの、サリィ?」
「うん、隣の席だったから自己紹介しただけだよ」
「へ、へえ……そ、そうなんだ……」
勘違いしていたことにやっと気づき、彼女の顔から大量の汗が流れている。
「ごめんなさい、クダリさん。リューちゃんは私のことになるといつもこんな感じで……。ほら、リューちゃんも謝って、それで自己紹介もしよ?」
「わかった、サリィが言うなら。……悪かったよ。じゃあ、改めて自己紹介、あたしはリュウカ、サリィの幼馴染だ、よろしく。えっと、クダリさん、でいいのかな?」
「別にクダリで構わないよ。二人ともよろしく」
二人と握手を交わしたころ、教室のドアが開かれる。教室に入ってきたのは面倒なのか手入れすらされていないが、それなりには整っている黒髪と黒い目で白衣を身に纏った教師だ。頭にはサングラスを乗せている。
「よーし、みんないるかー? まあ、初日から欠席するやつなんていないか。先生はこのクラスの担任になったキリアという。入学式も終わって休みたいところだが君たちには今日中にあることをしてもらいたい」
教室中がざわめきだす。俺はもう三年目だから知っているので、特に驚くこともなく静かに待つ。
「別に特に難しいことでもない。まだ、仲良くなれてないやつもいるかもしれないが、君たちにはワールドブレイカーを目指す生徒同士でのチーム、『パーティー』を組んでもらいたい。上級生が作っているパーティーに入るもよし、自分たちで新しくパーティーを作るもよし、このどちらでもいいから今日中にパーティーに入ること。ということで、先生は用事があるからこれで」
先生が教室を出ても、クラスメイトの大半は教室を出なかった。みんな、それぞれ仲のいい者同士で集まっている。もちろん、先ほど知り合った二人も俺の席に集まっている。この状況は毎年起こっているので別に珍しいことでもない。みんな、初めてのことだからまとまって行動したいのだ。
「いきなりパーティーに入れと言われてもまだ、みんな学校のことも把握できていないかもしれないのに……」
サリィは席に座ってうつむき、膝の上で自分の手を触ってもじもじしている。
「それがこの学校の教育なんだから仕方ないんじゃないか?」
「クダリはどうするんだ?」
「そうだなあ……まだ、迷ってるかな……。とりあえず、パーティーにはそれぞれ部屋が用意されてるらしいし、パーティーを見学してみるのもいいかな」
「見学、か。じゃあ、あたしとサリィは二人で見学するけど、クダリも一緒に来る?」
リュウカは微笑んで手を差し伸べる。初対面のときに見せた態度からはとても考えられないほどの優しさだ。
「いや、気持ちは嬉しいけど俺は一人で大丈夫だから」
クダリはリュウカの手を取らず、一人寂しく教室を出る。
「お、クダリ、来たか。ついに完成したぞ!」
そう言って出迎えてくれたのは俺たちのクラスの担任でもあるキリアだった。頭のサングラスを下ろし、黒い目を隠している。
「博士、よく飽きませんでしたね」
「飽きなかったと言えば嘘になるかな。博士は飽きっぽいからさ、完成できたことは奇跡だと思ってもらっていい」
キリアはサングラスを上げて頭の上にかける。
「まあ、確かに。明日、この世界が消えるくらい奇跡ですね」
「それは、言い過ぎだろう。……ところで、クダリ、君はクラスの女子二人と仲が良かっただろう? 彼女たちはどうしたんだ?」
「まあ、ちょっと嘘ついて逃げてきました」
「えー、彼女たちも連れてきたらよかったのに」
「あれ、クダリ、入学式終わったんだ」
二部屋で構成されているパーティーの活動部屋、その四分の一を占める小部屋のドアが開かれる。中から出てきたのは、カイナだった。
その小部屋は主にキリアが研究したり作業したりする部屋で、開かれたドアからドライバーや金槌など、日本でも見たことのある作業道具が机の上に転がっているのが見えた。
「カイナ、また、博士の手伝いか?」
「まあね、今日は授業休みだから。……ひゃあっ!」
黒いミニスカートに白の半袖を着て、服から出ているカイナの首辺りをキリアが揉む。
「カイナ先生、お疲れでしょう、肩を揉んで差し上げましょうー!」
「ちょっと、博士、やめてください。……ひゃっ」
「そっか、カイナはもう先生なのか……」
「まあ、あなたと会ったときは既に一等士だったからね」
一等士は高校三年生と同じようなものだ。そして、入学してきたばかりの俺たち高校一年生は三等士と呼ばれる。
「俺はずっと三等士なんだよな……」
「クダリ、元気出して。今年はきっと進級できるわよ」
「そうだといいんだけどなあ……」
クダリは木の天井を呆然と見上げる。
「あ、そうだ。せっかくみんな揃ったんだからアイフィも呼んであげたら?」
「そうだな……。アイフィ! いるかー?」
自分の腹部あたりに声をかけ、アイフィはひとつ間を開けて反応をする。
「ふぁああ……。なんだマスター?」
アイフィと呼ぶと俺の体から初めて現れたように光がアイフィの人間としての姿を形成する。アイフィが寝ていたらしく、目をこすっている。
「マスター、最近呼んでくれなかったから忘れられてたのかと思ったぞ」
「おいおい、授業中とか俺の中で話しかけてただろ。嘘をつくな」
「でも、この姿になったことはなかったから、マスターの顔を見るのは久しぶりだな。我は嬉しいぞー!」
アイフィが俺の腹部目掛けて飛び込む。小学生の外見をしているから体重はそこまでないが、不意に飛び込まれたため、踏ん張れずにアイフィを抱えたまま倒れる。
「いってて……」
「こんにちはー! パーティーの見学させてくださーい!」
アイフィを離そうと肩に手を伸ばしたそのとき、ドアを開ける音とともに聞き覚えのある声が耳に入る。
「って、クダリ!」
「あっ……」
ドアを開け、入ってきたのはサリィとリュウカだった。彼女たちからは俺が小学生を抱いているロリコンに見えていることは確実だった。
一度、落ち着いて椅子に座る。サリィとリュウカが黒い木の長机を挟んだ左側の二席に座り、俺とカイナが右側の二席に座る。
「あの、クダリって実はロリコ――」
「違う、誤解だ!」
サリィが言い切る前に必死で、全力で否定する。
「えー、ホントにー?」
リュウカがニヤニヤとこちらを見て聞いてくる。こいつ、絶対わかってるだろ。
「ホントだって。な、博士!」
「博士は何もー見ていませーん」
キリアは棒読みで俺から目を逸らすように後ろを向いた。俺がロリコンではないとみんなわかっているはずなのに、わかったうえで誰も味方をしてくれないという絶望的状況だ。