第45話『代償と救済』
「だから、我の命、受け取ってくれるか……?」
「………………アイフィ、ひとつ提案がある」
俺は抱きしめるアイフィの肩に手を置く。
「なんだ、マスター?」
「運命を書き換えるには生命力が必要なんだよな」
「ああ、そうだが……」
「俺から生命力を使うことってできるか?」
俺は涙を拭って真剣な眼差しでアイフィを見る。
「な、何を言っているんだ、マスター! できるには、できるが、我ら女神はまだ生命力を削っても回復するからいいが、マスターたち人間が生命力を使うということはすなわち、寿命を削るということだぞ! それも、一年や二年じゃない、五十年、六十年と使うのだぞ! それでもやるというのか!」
生命力については薄々気づいていた。寿命、そういうことだろうなと、だから、俺が言ったのは並大抵の覚悟ではない。
「構わない、アイフィがいない人生なんて生きていないのと同じだ!」
「……マスター、いいのだな」
「…………ああ!」
「まさか、マスターの生命力を使うなどとは思ってもなかったな」
「ははっ、我ながらいい提案だろ?」
風が強く吹き荒れる学園の屋上でクダリとアイフィは話す。二人は屋上のベンチで手をつないで座る。
「いい提案なものか……」
アイフィの肩が小さく震える。
「……アイフィ?」
「マスターは大バカ者だ! 自分の寿命を五十年も削って、我を庇って――!」
「後悔はしていないさ。それに、俺からすれば、自分の寿命を犠牲にアイフィを救えたんだから安いものだ」
あれから、一ヶ月ほど経過し、アイフィの瞳は深紅から元の白銀の瞳に変わっていた。しかし、クダリの目は寿命を代償にした証として左目の色は青から変わっていない。
「さあ、アイフィ。『運命の女神』としての最後の仕事だ」
クダリはベンチから立ち上がる。
「最後の仕事ってまさかっ……」
「ああ、偽りの世界を終わらせる」
「でも、そんなことをしたらマスターの存在は――!」
「……今度は確実に死ぬだろうな」
「じゃあ、なぜ――!」
アイフィの目に浮かぶ涙は日の光に照らされ、それに対してクダリは後方から照らされる太陽の影に包まれ、俯き、表情がより一層暗さを増している。
「…………俺はさ、この世界が好きだよ。自分の生まれた世界じゃなくても、みんなと過ごした日々は、本物だ」
クダリの脳裏にはみんなと笑いあった日々が走馬灯のように映った。
「俺はこの世界でまだみんなと過ごしていたい。だけど、この崩壊する世界を救えるのが俺だけならば、俺はこの世界を救いたい!」
クダリは背を向けていた太陽の方へ振り返る。影に包まれた暗い表情は、日の光を浴びて明るい表情に変わった。その明るさはクダリの心にある決意を映し出しているようだった。
「そのためならば、自分の命を使ってもいいというのか。……まったく、この世で最もふざけた矛盾だな」
アイフィは笑っているが、その表情が嬉々としたものでないことは彼女の頬に流れる涙を見れば理解できた。
「……そんな矛盾を許してくれ、アイフィ。これが、最後のお願いだ」
「…………わかった。ここでいやだなんて言ったらマスターの決意をバカにすることになってしまうからな」
アイフィはクダリの左手を握り、二人は並んで一際遠くで輝く太陽を見る。
「だが、我は決して諦めない。必ずマスターは生きて帰ってくる。ずっと、待っているからな」
「ああ、必ず帰ってくるさ。待っていてくれ」
「それじゃあ、行くぞ。マスター!」




