第41話『みんなのもとへ』
「運命の……女神? どういうことだ?」
崖の上から流れて来る暖かな空気が冷たい空気に変換され、その影響で水が岩肌を伝って地面に作られた水たまりに落ちる。静寂な空気に加え、音が反響する空洞に雫の落ちる音が響く。
「我の意思で運命を書き換えられる力だ。自由に運命を変えられるが、もちろん代償がないわけではない。この左目が赤くなればなるほど能力を使える限度が来る。この状態なら一ヶ月もすれば治るが、この状態から能力を酷使すれば我の存在は、消える」
「なっ、消えるって……!」
「仕方ないことだ。能力を使うには生命力がいる。生命力が自然に回復するのは我の瞳が変化する範囲までだ。つまり、我の瞳が真っ赤になった以降は生命力が回復せず、能力を使えば死ぬということだ」
アイフィの瞳は深紅、おそらく次能力を使えば死ぬという生と死の境界線に立っているということか。
「……それなら、俺が絶対にそんな能力使わせない!」
「ふっ、我も使う気はないぞ、マスター」
「よし、じゃあ後はこの崖をどうやって登るかだが……」
再び崖を見上げるが果てしなく長い。光すら差し込めて来ないのだ。ここをよじ登るなどということは不可能だろう。となると、ワープする魔方陣みたいなものが近くにあればいいのだが。
「マスター、こんなものがあったぞ」
アイフィが何かを見下ろしている。クダリはアイフィの隣に行ってその正体を確かめる。
「これは……」
崖の岩にも負けない鋭く、磨かれたナイフが二本転がっている。辺りを見回しても使えそうなものはこのナイフしかない。この結果から考えられる選択肢は一つ。
「はあっ、はあっ……」
やや紫がかった黒の岩に右手に持ったナイフを刺す。そのナイフを握り締め、左足、右足を比較的突出している岩に乗せる。次に、左のナイフを岩から引き抜き、上の方へ刺す。また、足を岩の上に引っ掛けていく。まだ光は差し込めて来ない。
「……まさか人生初めてのクライミングがこんな過酷な崖なんてな……」
『火事場の馬鹿力というやつだな、初めてとは思えないほどのスピードだ。……あ、そこの岩は危ないぞ』
「サンキュー、しっかしまだまだ先は長いな」
クダリはアイフィに言われ、右手のナイフの刺す位置をずらす。
『いざとなれば、我が運命の力で……』
「いや、その選択肢はない。俺自身の力でこの崖を登りきってやる」
全身から流れる汗が奈落に落ちていく。まだこの辺りは冷たい空気が流れ出ており汗が流れれば流れるほど冷やされて寒く感じる。ついに、左のナイフを刺したとき、上空から光が差し込める。それはとてつもなく淡く、弱い光だったが、クダリにとっては希望の光に感じた。
「よし、あともうひと頑張りだな!」
あれから十分ほど経過し、地面の岩は紫から茶色へと変化し上層に近くなっていく。差し込める光はさらに強さを増し、体に当たる空気はこの世界に来たときに感じた風とほぼ変わらない温度にまで達した。
「はあっ、はあっ……」
『マスター、ゴールだ!』
アイフィの言葉に反応し、上を見上げる。これ以上崖は続かず、あとほんの五メートルほどだろうか。最後の力を振り絞ってこの崖を登り切る。
「よしっ、やったぞ!」
なんとか崖から這い上がり、二本のナイフを腰のベルトにかけ、ガッツポーズをする。しかし、そんなクダリの喜びとは裏腹に倒れる理事長を囲むみんなの姿、クダリと似た姿をした謎の男、とてもこの状況を見て喜べるものではないと悟った。
「みんなっ!」
俺はみんなの下へ疾風の如く走り出す。
「クダリっ!?」
「カイナ、いったい何があったんだ!」
「それは――」
カイナから一通り説明を受ける。カイナの世界から来た本物の俺が偽物の俺を殺そうとして、それを止めようとした理事長が殺されたこと。そして、理事長は俺と同じ偽りの世界の人間で女神と契約していたと。
「そして、これを……」
「これは……?」
カイナから渡されたのは一つの水晶だ。
「理事長のメッセージが入っているわ」
「メッセージ……?」
クダリが水晶を眺めていると、水晶が不意に淡い光を放つ。
『やあ、クダリくん。このメッセージを聞いているころには私はもう死んでいることだろう。今から、私は運命を変えられる絶大な力を持った君に願いを託す』
理事長の声はラボのみんなに届く大きさで流れる。誰も、言葉を声に出すことはなく、静かに理事長の声に耳を傾けている。
『私はずっと偽りの世界の人間でありながら、偽りの世界を破壊し続けてきた。しかし、壊しても壊しても増え続ける偽りの世界。はっきり言って偽りの世界を闇雲に壊すのは無謀だ。そこで、私の女神。レリアから運命の女神、アイフィアスの話を聞いた。その女神は運命を変えられるという絶大な力を持っていると私は知り、この世界を救う唯一の手段、それは君たちの力で偽りの世界という存在を運命を書き換えて最初からなかったことにするしかないのだ。だが、この手段を使えば偽りの世界の人間は全て消え去ることになる。それでも、自分勝手な願いではあるが、君に頼みたい。どうか、この世界を救ってほしい』
ここで理事長のメッセージは終わる。それと同時に、水晶の輝きも失われる。




