第36話『ここではないどこか-1』
だが、クダリはそこで考えることをやめ、目を閉じて眠りについた。
そして、早朝、何か大きな衝撃に目覚める。その正体は腹部に座っているカレンだった。
「お兄ちゃん、起きて。友達が来てるよ!」
「友達……?」
カレンに起こされて窓の外を見ると、アイリとコウトが手を振ってこちらを見上げている。
「もう、そんな時間なのか!」
クダリは急いで支度をし、ご飯を食べずに出て行く。
「あ、遅いよクダリ!」
「ごめん、まさかこんな早く行くなんて思ってなかったから」
「もう、ホントに何も聞いてなかったんだね」
「あっははは……、ごめん……」
手を頭の後ろにあて、申し訳なさそうに謝る。
「もういいよ、さあ、行こっ!」
「――ここかあ、なかなか大きなところだな」
看板や壁には一切の汚れがなく、ホテルのように高く、大きな映画館だ。
「まあ、ここは超人気の映画館だからな」
「え? 映画館なんて映画が見れればどこでも一緒じゃないのか?」
「バカっ、迫力が全然違うんだよ。この映画館に行けばもう、他の映画館なんか家のテレビと同じくらいに感じるぜ!」
「それはさすがに言いすぎだろ……」
映画館には家族で二、三回ほど行ったことがあるが、どれも幼かったころだからあまり覚えていない。まさか、この二人と映画に行く日が来るとは思ってもみなかったな。
「――ねえ、どうして、どうして私をおいていったりなんかしたのっ!」
超巨大な画面の中で茶髪の女性キャラが黒髪の男性キャラに話しかける。
「仕方ないだろ、これから行くのは危険な場所なんだ。お前を連れてなんていけねえよ……」
「バカっ、私はあなたと最後まで一緒に居たいのよ!」
「エリー……」
エリーと呼ばれた女性と男性が互いに抱きしめ合う。
「うっ、うっ……」
右隣の席ではコウトが泣いている。
――なんで、お前が泣いてんの!?
「――ああ、いい映画だったなあ……」
「まあ、コウトの言っていた通り、確かに迫力は違ったな」
「だろっ!」
「まあ、そんなにこの映画館しか行きたくないみたいなほどには感じなかったけどな」
こうして、映画が終わると適当に歩いて時間を潰していた。
「明日――」
アイリの口からぼそっとそんな言葉が聞こえる。
「え?」
「明日もまたどこか行こうよ!」
「ええ、明日もか?」
さすがに映画に行って疲れた、俺だけ倍の重力がかかっているように体が重い。
「いいじゃん、せっかくの高一の夏休みだよ? 二年後は受験勉強で忙しいからみんなできないじゃん」
「まあ、そうだな……じゃあ、どこに行く?」
「え、ええっと……それは……」
アイリの行動から察するに何の案も考えついていないのだろう。提案したにも関わらず肝心の案がないとは困ったな。
「そうだな……じゃあ、光と闇のライブなんてどうだ?」
「な、なんだ、その痛々しい名前は……」
コウトが華麗に案を出してくれたのは嬉しいのだが、まったく話についていけない。むしろ、誰も知らないだろう。そう思っていたのだが……
「ええっ! あの光と闇!? 超人気じゃなかった!?」
見事にアイリが食いついている。まさか、知らないのは俺だけなのか。
「ああ、ちょうどチケットを従兄弟から貰ってな。どうしようかと思って放置していたんだが、この調子だと決まりだな。運のいいことに明日だからな。……ああ、そうだ。クダリ、光と闇の歌のリンクをLIMEに貼っておくから予習しておいたらどうだ?」
「あ、ああ、ありがとう……」
「――とは言ったものの、光と闇か……」
俺は自室でLIMEというSNSにコウトから送られたURLを見ていた。音楽を聴いたのは中学の合唱曲ぐらいだな。俺は音楽に興味はないし、音楽を聴こうとも思ったことはない。
「まあ、聴いてみるか……」
俺は青い文字で表示されるURLを指で押した。すると、動画が表示され、音楽が流れる。四分半くらいの長さだったが、俺にはその四分半が一瞬のように過ぎたように感じた。それくらいこの歌が素晴らしいと思えたからだろう。俺は気づかない内に一日中、何度も再生し続けていた。百回ほど再生すると今度は別の歌を再生し、何度も繰り返していると日が落ちた後の夜だったはずが、気が付けば早朝になっていた。
「なっ、もう朝か!」
「「クダリー!」」
外から聞き覚えのある二人の声が聞こえる。窓から見てみると、予想通りアイリとコウトだ。
「まずいな、寝てないのに……。まあ、でも待たせるわけにはいかないからな……」
俺は今日も朝食抜きで支度をして出て行く。
「だ、大丈夫、クダリ? クマひどいよ……」
鏡も見ていないので自分のクマまでは見えないが、そんなにひどいのか。
「光と闇の歌聴いていたら寝るの忘れちゃって……」
「はははっ、そんなにハマるかよ! 今日はライブだぞ、無理せずがんばれよ」
「わかってるよ。じゃあ、早く行こうぜ」
昨日知ったばかりなのに早くライブに行きたくて仕方がなかった。ライブ会場はそこそこ距離が離れているらしく、電車で移動することになった。電車も家族で二、三度乗ったことしかないため、切符の買い方から何までまったくわからなかった。
「クダリ、まずは行きたいところ押さないと……」
「違う、クダリ。そこは切符が出てくるところだ! そんなところにお金が入るわけないだろ!」
「クダリ、そっちの改札は通れないわよ!」
「クダリ、どこ行くんだ! そっちの電車は違う方面だぞ! 戻ってこーい!」
家族以外で行く俺の人生初の電車は超悲惨な結果となった。
「クダリ、お前……一人で電車とか絶対乗れないだろ」
「ええ、絶対放っておくとどこか消えてしまいそうね……」
「ご、ごめん……」
迷惑しかかけていなくて申し訳なくなってくる。
「まあ、俺らがついてるから安心しろって。ほら、電車が来たぜ」
コウトがゆっくりと減速する緑の電車を指差す。
「コウト、違う! 私たちが乗るのはもうひとつ後の電車よ!」
「「…………」」
結局、コウトも格好つけた割には大きな間違いを起こすところだった。




