第32話『カレンの脱出』
「ええっ! また、偽りの世界に行くの!?」
「まあ、いろいろあって理事長にお願いされた。今回の件が終われば当分頼まれることはないだろうから最後のがんばりだ」
「そうね、今度は二人にもがんばってもらいましょうか」
こうして、放課後まで時間が過ぎるのはあっという間だった。カレンも含め、全員揃ったラボの中で雑談をしていた。
「ええ、怖いなあ……」
「まあ、今回はカレンもいるし、なんとかなるだろ」
そう、正式ではないが、カレンもラボの仲間に入っているので、寮の自室から連れ出してきた。
「もう、よく部屋に閉じ込めていた人が言えますね」
「えっ、部屋に……閉じ込めていた……? まさか、クダリ、そんな趣味が……」
リュウカが若干引き気味で話す。表情、仕草から察するに完全にわかってやっているだろう。
「そんなわけないだろ! あれは、わざとじゃなかったんだよ。遅刻しそうになったときいつも飛び出して鍵を閉めるんだけど、アイフィは鍵を閉めても通り抜けて俺の中に来れるんだからさ、それでつい……」
「まったく、それが女の子にすることですかっ」
カレンは腕を組んでそっぽを向いた。
「結局、どうやって放課後まで過ごしたの?」
カイナがカレンに問う。
「それはですね……」
「あ、もうこんな時間か。よし、アイフィ、行くぞ! カレンは留守番頼んだ!」
クダリは寮の扉を閉めて、鍵をかける。ベッドに寝ていたアイフィは光を発して姿を消す。
「え、ちょっと、待って! お兄ちゃん!」
そう叫んだころにはもうドアが閉められ、クダリの足音も聞こえなくなっていた。
「…………」
『置いていかれたの? マスター』
「どうやら、そうみたい……」
『むう、マスターにそんなことするなんて、あいつ殺しちゃおうか?』
「いや、さすがにそれはやりすぎだよ。それより、この状況どうする? このままじゃカレン、餓死しちゃうかも……」
ドアには外から鍵がかけられており、食料の保存庫らしき青い箱、これは前にクダリが言っていた、冷蔵庫というものらしいが、その中は何も入っていない。
『大丈夫だよ、マスター。人は一日食べなかっただけじゃ死なないらしいから』
「まあ肉体的にはね……。精神的には結構きついよ」
『食事か。殺すこと以外には興味ないから、私は取ったことないからなあ』
「女神は食べなくてもいいんだっけ? 今度、一緒に食べる?」
『まあ、マスターが言うなら……食べてもいいけど……』
どんどん声が小さくなっていって最後の部分はもはや耳元で囁かれているほど小さいアリのような声だった。シェリゼは友好的に接しようとするといつもこんな風に照れて声が小さくなる。いつも、殺す殺すと物騒な言葉を口に出しているが、根は優しい女神だ。
「やっぱりまずはこの部屋から出ないといけないよね……」
カレンは部屋の窓を開けて外を見下ろす。
「た、高い……さすがにここから飛び下りたら無事ではすまないね」
窓から見下ろした先に見える花壇には赤い花と白い花が交互に植えられているが、その花さえも指先くらいの大きさだ。
『なにかゆっくり下りられるものでも探そうよ』
「そうだね。……うーん、やっぱりロープとかあればいいんだけどそんな都合よくこの部屋にあるかな……」
『マスター、あれじゃないのか?』
「え? あ、ホントにあった!」
まさか、あるなどとは予想もしておらず、驚いて体が後ろに傾き、石でできた硬い壁に頭をぶつける。
「いたっ!」
『だ、大丈夫? マスター』
「う、うん。大丈夫……」
後頭部を両手で押さえて痛みが引くまで待つ。
「さて、後はこのロープをここにでも引っ掛けて……」
ロープは三本の縄が三つ編みのように編み込まれており、思ったより頑丈にできている。
「よし、脱出計画開始!」
ロープを全力で握り締めながらずれ落ちるように下りていく。足元の景色は花壇がどんどん大きく映っていき、だんだん緊張感が薄れていく。しかし、今、カレンの服装はクダリの周りにいた友達から貰った白い半袖に赤いスカートを履いているため、今、下から誰かに見られるのはとてもまずい。だが、ここは見たところ建物の裏側で誰も通る気配はない。きっと大丈夫だろう、そう思っていたのだが、どこからか茶髪の男性が現れ、垂らされたロープをたどって上を見る。ばっちり目が合った。
「きゃあああ!」
「え、ええっ!」
まだ二階のあたりまでしか下りられていなかったが、スカートの中を見られた瞬間、高さなどどうでもよくなってロープを掴んでいた手を放して男性に飛び掛かった。
「な、うわあああ!」
「い、いたた……。あれ? ちょっと、大丈夫ですか!」
飛び蹴りのような形で男性の顔面に着地してしまったため、男性は耐えられるはずもなく気絶する。
「どうしよう、シェリゼ……」
『うーん、逃げる?』
「そんなのダメだよ! やっぱり謝らないと」
『同意、マスターならそう言うと思ってたよ』
そして、十分ほど、男性が起きるまで待った。
「……う、うん……」
「あ、起きた!」
「あ、あれ? 君は……」
「ご、ごめんなさい! 別に蹴るつもりはなかったんです! スカートの中見られてちょっとびっくりして……」
「いや、別に構わないよ」
男性はそんな私の事情を全て把握したかのように咎めずに許す。
「しかし、この上は、もしかしてクダリくんの部屋かな?」
「え、お兄ちゃんを知ってるんですか!?」
お兄ちゃんの名前がこの顔も知らない男性から出てきて驚く。
「まあね、彼とは先ほど話してきたからね。君は、カレンさんでいいのかな?」
今度は自分の名前まで言われて不審者、またはストーカーなのかと感じ、後ずさりをする。
「別にそんな警戒しなくてもいいよ。私はここで理事長をやっていてね。君やクダリくんがここに通えるようにしたのも私ということだ」
「り、理事長! なんか、全然イメージと違うなあ……」
理事長など、そういう「長」とつく人の特徴はだいたい歳のいったおじさんという勝手なイメージをしていたのだが、実際は歳が近いお兄さんといった感じだ。
「ははっ、よく言われるよ。それで、どうしてカレンさんはこんなところでこんな危険なことをしているんだい?」
「えっと、それは……」
カレンはクダリに閉じ込められたことから今に至るまでの経緯を説明した。
「なるほどね、クダリくん、カレンさんを忘れるなんてよほど急いでいたんだね。それで、空腹に耐えられず部屋を飛び出してきたと」
カレンはこくこくと頷く。
「そうだな……。よし、私もこの後の予定はないからよかったら食堂を案内するよ。この時間なら生徒もいないだろうし」
「おお、さすが理事長!」
「それじゃあ、行こうか」
こうして、理事長に連れられ、一番、学校で人気の食堂で満腹まで食べ続けたのだ。
「……ということだよ」
「おいおい、理事長に、跳び蹴りって……」
クダリは、理事長に跳び蹴りするカレンの勇気に恐れを抱く。
「わ、わざとじゃないもん! そもそもお兄ちゃんが置いて行ったのが悪いんだし!」
「うっ……」
それを言われると心が痛む。




