第3話『偽りという真実』
「紅式初段フレイムバレット!」
転校生は左手で右の手首を押さえ、右の手のひらをこちらに向ける。間違いなく殺されると悟ったクダリは、先ほどいたベンチから横にずれるように駈け出す。できれば公園を出たいところだが、転校生が出口を塞ぐように立っているため通れない。
どうすることもできないまま立ちつくしていると、火の玉は右の頬ギリギリを通り抜けていった。通り過ぎた火の玉は公園のフェンスを跡形もなく吹き飛ばした。
「……な、なんださっきのはっ!」
「驚いた、こっちの世界の人は本当に魔法を知らないのね」
「こ、こっちの世界? 何を言っているんだよ、それよりなんで俺を狙う!」
昨日転校してきた少女が火の玉を手から出してクダリを殺そうとする。
俺はまったくと言っていいほど、この状況を理解できなかった。
「いいわ、特別に教えてあげる。どうせ、あなたはここで死ぬのだから」
転校生はこちらに向けた手のひらを下ろし、先ほどクダリが座っていたベンチに座る。クダリは殺意むき出しで会話する転校生からできるだけ距離を取ろうという気持ちで一歩後ずさる。
「まず、言っておくとあなたのいる世界は本来存在してはいけない偽物の世界なの。そして、それを生み出した『核』となる人物があなた。つまり、この世界を消すにはあなたが死ななければいけない。だから、あなたを殺しに来たわけ、大体の意味としてはそんな感じ、わかった?」
「な、何言ってんだよ……。俺のいる世界が偽物? 俺は小さいときからずっと暮らしてきたんだ、ちゃんと子どものころの記憶だってある! 偽物なはずがないだろ!」
いきなり、意味のわからない情報が頭の中を飛び交って立ち眩みがする。視界が曇り始め、まだ倒れるわけには行かないと片手で頭を押さえ、なんとか立ち直る。だが、次に見た景色は太陽が消え、建物が崩れ落ち、灰と化した世界だった。
「な、なんだこれ……」
「これが答えよ。核に精神的なダメージを与えると世界が崩れ始める。これで、わかったでしょう?」
「全てが――嘘だったのか……? 何もかも――」
くだらないことをいつも教えて勝手に一人で舞い上がっていたコウト、休み時間、飽きずに毎回俺の席に来るアイリ、いつもご飯を作ってくれて素っ気ない俺に構ってくれる妹。それら全てが嘘だった。
「この世界は――偽りだったのか……」
「そうよ、あんたの今まで過ごしてきた世界は全て偽り。……やっと現実を認識できたようね。真実を知って辛いとは思うけど、あなたにはここで死んでもらうわ」
転校生がベンチから立ち上がる。
……死ぬ。嫌だ、まだ死にたくない。こんなところで死んでたまるか。
――少年、運命を変えたいか。
少女のような声が頭の中で響く。なんだ、この声は。運命……。全てが嘘だと伝えられ、今、俺は殺されようとしている。こんな運命…………変えてやる!
――ふっ、いい心を持っている。その想いに応えて我も姿を現そう。
クダリの中から現れるように小さな光の集まりが体から出て行き、光はだんだん広がって人の形を模していく。時間が経つにつれ外見がはっきりとわかるようになる。髪はうなじ辺りまで伸びた宝石のように輝く銀の髪、目は濁りのない銀色をしている。服は地面まで届きそうなほど長い紺のコートを羽織り、中に白い服と水色のスカートを着ている。外見だけで見れば小学生と言っても過言ではない。
「少年の想いに応え、参上した。これより、貴殿をマスターと承認する」
少女は透き通るような足の膝の片方を地につける。
「君は……?」
「我は戦略の女神アイフィアス・リアスレイリア」
「女神……!」
それを聞いた転校生が目を開かせ、急いで手のひらをこちらに向けて火の玉をぶつける。
「紅式初段炎魔法・フレイムバレット!」
「甘いっ!」
少女が手を横に振り払うと烈風が火の玉を掻き消し、転校生も吹き飛ばす。クダリは、その壮絶な戦いに思考が追い付かず、何もできずその場に立ちつくしていた。しかし、だんだん目の前が霞んでいき、体の力も抜けていく。
「あ、あれ……? なんか、目の前が……」
自分でも声を発しているのかよくわからないほど感覚が薄れていく。最後は立つ気力もなくし、地面に倒れた。