第25話『偽りの妹-1』
カイナはクダリとこの子が兄妹だとは知らないため、クダリが逃走するとは想定していなかっただろう。カイナの反応は遅れ、複雑に入り組む寂れたビルの中でなんとかカイナから逃げ切る。通路の行き止まりでとりあえず一息をつく。
「お兄ちゃんっ!」
カレンは目に涙を浮かべさせて俺に抱きつく。抱きついてもなお、離さない右手の槍を見る。
「カレン、この槍は……?」
「え、忘れちゃったの……? もしかして、記憶喪失とか……?」
「ま、まあ……そんなところだ」
涙を浮かべて抱きついた妹を騙すのはなんか気が引けるが、記憶喪失にしておけば後々のことを考えれば誤魔化せるか。
「この槍はお兄ちゃんが戦争に行くときに渡してくれたんだよ?」
「せ、戦争……!?」
歴史で習ったことはあったにせよ、絶対に縁のない言葉だと思っていた。
「うん、でも、お兄ちゃんが死んだって知らせを受けたんだけど、本当は生きてたんだね! カレン嬉しい!」
この世界の俺は、死んだ? もし、そうだとしたら、俺はこの世界の妹にとんでもない嘘をついているんじゃないのか。
「……まあな」
しかし、今更嘘だなんて言えない。こうなったら、最後まで嘘をつき続けるしか……
「……お兄ちゃん?」
ずっと抱きつく妹の首を見ると何か紐のようなもので吊るしている。その正体は胸の部分につけられた金属製のペンダントだった。
「ペンダント……?」
「ああ、これ? これは中に写真が入ってるんだけど……どう、思い出さない?」
開かれたペンダントの中には精々親指の爪くらいの大きさの写真が貼りつけられている。その写真は砂の上に立つクダリとカレンの写真だった。この世界のクダリは先ほどカレンの持っていた白銀の槍を左手で地面に刺している。そして、カレンがクダリに抱きついている様子を撮った写真だ。どちらも笑顔で幸せそうだ。
「あのときはホントに楽しかったよね。これからもずっと一緒だよ!」
カレンは満面の笑みで話す。俺はさらに罪悪感が増していき、心に黒い何かが取り付いていると思うほど苦しくなる。
「お兄ちゃんどうしたの? やっぱり様子がおかしいよ?」
「――家族ごっこは止めなさい、クダリ!」
曲がり角からカイナが現れる。その表情からは冷静な怒りを感じ取れる。
「か、家族ごっこって。だって、この子は俺の妹――」
「確かにあなたの妹にそっくりだとしても、そもそもあなたとその子は生まれた世界が違うじゃない。所詮はその子も偽物に過ぎないのよ」
「ち、違うっ! この子はっ、妹は! カレンはっ! 偽物なんかじゃないっ!」
根拠はない。むしろ、カイナの言っていることが正しいのだ。だが、偽物で、本当の妹でなかったとしても、俺は彼女を見捨てることはできない。
「そう思っていても……あなたはこの子の兄ではないのよっ!」
カイナはカレンに手のひらを向ける。どうやら、俺のすぐ近くにいるカレンを狙い撃とうというつもりらしい。
「……っ、紅式――」
「止めてっ! これ以上、カレンのお兄ちゃんをいじめないでよっ!」
カレンが叫ぶと、カレンの体が光に包まれる。模擬戦のときとは違う、まるで、アイフィと初めて出会ったときのような……
「女神化完了、二等神界シェリゼ・カラッド、これより半身となり、マスターの援助を行う!」
光から現れたカレンは髪が銀に染まり、髪の先の方は深紅に輝いている。瞳の色も赤色だ。
「うーん、マスターは寝ちゃったみたいだからよくわかんないなあ……まっ、みんな殺せばいいんだよねっ!」
カレンの外見をして喋る謎の人物は白銀の槍を構える。
「霊魔槍・火炎!」
白銀でダイヤモンドのように輝く槍は先端にマグマを纏っているように燃えている。
『マスター、構えろっ!』
「え?」
アイフィからそんな警告を受けたが、クダリは理解が追い付かずに立ちつくす。すると、クダリの懐に現れた狂気のように笑うカレンが、炎のようなものをクダリに近づける。炎は弾丸の如く距離を詰め、のけぞって躱したときにはアイフィの作ったコートが焼ける寸前だった。




