第2話『偽りの学校生活-2』
授業が終わり、橙色の夕日が並ぶ家々を照らす。そこにできた影を通って我が家に帰る。
「あ、お帰り、お兄ちゃん」
そういってクダリをを迎えるのは二つ下の妹、カレンだ。今年度で小学校を卒業する歳だ。来年からは同じ中学に通うことになるのだろう。クダリと同じ黒髪で黒目だが、目は明るくぱっちりと開かれている。
人を避けている俺とは違い、妹は誰に対しても仲良くする陽気な人物だ。さぞや学校でも人気者なことだろう。
「……ああ、ただいま」
俺は別にそんな妹を嫌ったりしているわけではないが、好きという感情も持ち合わせていない。まあ、妹なんてそんなものだろう。
「ご飯できてるよ、どこで食べる?」
「自分の部屋で食べるよ」
「もう、また自分の部屋? たまには一緒に食べようよ」
「別にどこで食べてもいいだろ」
俺は今日の夕食である茶碗一杯に入れられたご飯とみそ汁、焼いた豚肉が一枚の半分とその横に添えられたブロッコリー二つをおぼんにのせて自室がある二階へ上る。
残さず食べ終えたクダリはテレビゲームに夢中になっていた。時計の針は夜の十時を示している。
「……それで、こう行けば……。で、ここに来るから……」
俺がやっているゲームはシミュレーションゲーム。どの敵をどのキャラで倒し、どこに行けば敵はどう動くか、こんな風に次の一手を考えるのが思ったより楽しくてこの種類のゲームを毎日している。
「……よっしゃー! クリアー! ……っと、もうこんな時間か、あまり眠くもないしな……。気分転換に散歩でもするか」
まだ春になったばかりで夜の風はまだ冷たかった。マフラーを着けてきて正解だったと思い、人影のない道路を歩く。徒歩十分で着く公園を折り返し地点と決めており、本来ならそのベンチで休憩して帰る予定だった。予想外なことにそのベンチには例の転校生が座っていたのだ。まだ、話したこともないし、無口な人だから話しかけづらいなどと、いろいろ考えた挙句取った行動は。
「……帰るか」
触らぬ神に祟りなしという言葉があったなあ、と心の中で不意に思い出し、来た道を引き返す。道路に靴の擦れる音が夜の静寂な道路に響く。
「……誰っ!」
その音を聞き逃すつもりもなく転校生はクダリの方を見る。クダリも先ほどの声に反応して転校生の方を見ていたので、見つめ合うような形になり、逃げられない状況になる。
人気のない寂れた公園の壊れた街灯が点灯と消灯を繰り返し、不穏な空気を漂わせる。
「……えっと、こんばんは……?」
「なんだ、あなたね。……ちょうどよかったわ、明日の帰り、ここに来てくれない?」
「……え、なんでだ?」
「それは……そのとき話すわ」
「まあ、別に構わないけど」
何かよくわからない変な気分で家に帰ってきたクダリは自室のベッドで寝転がった。黒いスマホの電源を入れ、SNSでコウトに相談してみる。コウトは一見チャラそうに見えるが、しっかり秘密は守るいいやつだ。
真っ白な背景に文字が表示される。
「なんか、女子から公園に来てとか言われた」
転校生とはあえて言わずに送る。そして十秒も経たない内に返信がきた。
「それ、告白じゃね?」
送られてきた文章を見て、転校生の冷徹な目を思い出す。いや、あの転校生に限ってそれはないだろうと決めつける。だが、内心ではそんなことを思っていてもどこかで嬉しいと思う自分がいたのかもしれない。俺は、落ち着かない気持ちで目を閉じた。
そして、待ちに待った学校帰り、いつものように夕日の建物を照らす影を通って公園まで歩く。
「ちょっと、早く着きすぎたか……」
ベンチで転校生が来るまで休憩する。公園に設置された時計の時刻は四時半。長く待つこともなく転校生はクダリの前に現れた。
「……待たせたわね」
「いや、さっき来たところだ」
「そう、じゃあ、早速本題に入るわね」
クダリはゴクリと固唾をのむ。もしかしたら、本当に告白なのか……。
「……あなたには悪いけど、黙って死んでくれない?」
吐き出された言葉はあまりに残酷で想像していた陽気な考えとはまったく真逆の言葉だった。冗談だと信じたかった、だが、目の前の少女が右の手のひらを空に向け、その手に火の玉が現れたのを見るとクダリは、明らかに冗談ではないことがわかった。